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落ちこぼれ貴族、ありったけの最弱スキルで成り上がる。

作者: 軌黒鍵々

 貴族。それはこの国———ショノリア王国での絶対的権力を掌握する存在。彼らは血統を誇り、王国の政治、経済、軍事の全てを牛耳る。はずだった...。


「クリバリー!! こんな事も出来んのか!! 何回同じことを繰り返したら済むのだ!!」


 父———現ホワイト公爵の怒声が、広い執務室に響き渡る。


 俺は拳を握りしめたまま、ただ頭を垂れるしかなかった。


「申し訳ありません……父上……」


 言葉を絞り出すのが精一杯だった。


 だが、そんなものが許されるはずもない。父は机を乱暴に叩き、苛立ちを露わにする。


「貴様は次期ホワイト公爵となる身なのだぞ! 領主としての才覚もなく、軍の指揮も取れぬとは……情けない!」


 分かっている。俺は何をやっても上手くいかない。


 戦の指揮を執れば敵に翻弄され、政務を任されれば貴族たちに言い負かされる。領地の管理も、交渉も、人の扱い方も、すべてが中途半端だ。


「あのバレット家に負けるなど、このホワイト家に汚点を付ける気か!!」


 父の怒声が、部屋の壁を震わせるほど響いた。


 俺は俯いたまま、何も言い返せなかった。


 バレット家———ショノリア王国で最弱と名高い貴族。


 軍事力は貧弱で、兵士の数も少ない。経済力も低く、領地の発展も遅れている。まともな騎士すらおらず、戦場に出ても真っ先に蹂躙されることで有名だった。


「貴様は次期ホワイト公爵となる身だというのに、そんな連中にすら勝てんのか!?」


「……申し訳ありません」


 それしか言えなかった。


 バレット家との戦は、圧勝するはずだった。いや、俺だけでなく、誰もがそう思っていた。


 こちらは歴史ある名門貴族、ホワイト家。軍の規模も、装備も、訓練度も、すべてが格上。兵の士気も高く、最弱と呼ばれるバレット家の軍勢など、相手にすらならないはずだった。


 それなのに———負けた。


「貴様は、ホワイト家の名を貶めたのだぞ!」


 父は机を叩きつけ、苛立ちを露わにする。


「貴様が軍を率いれば勝てると言ったのは誰だ!? まさか"最弱"のバレット家にすら勝てぬとはな……!」


 言い返せる言葉はなかった。


 事実、俺は無様に敗北した。


 バレット家の軍勢は相変わらず貧弱だった。数も少なく、騎士たちはまともに戦えない者ばかり。戦場での動きも鈍く、混乱する場面も多かった。


 それでも———俺は負けた。


「次の戦で必ず勝て。でなければ、貴様を後継者とは認めぬ」


「……はい」


 俺はただ、その言葉を噛み締めるしかなかった。


 次こそ勝たなければならない。


 最弱のバレット家に、二度も負けるなどありえない。


 俺は拳を強く握った。


 この国には、王がいない。


 それゆえに、貴族たちは王の座を巡り、互いに争い続けている。


 ショノリア王国は世界最強の国と謳われるが、その内部は混沌としていた。かつて国王が健在だった時代には、貴族たちは王の命のもとにまとまり、他国を圧倒していた。しかし、先代国王が崩御し、後継者を指名しないまま時が経つと、王家の血を引く者たちは影を潜め、代わりに各地の有力貴族たちが「次の王」となるべく、覇権を争うようになった。


 ホワイト家も、その候補の一つだ。


 名門貴族として、軍事力・経済力ともに他を圧倒し、他の貴族を従えるにふさわしいと誰もが認めていた。少なくとも———俺が無様に敗北するまでは。


「貴様の失態のせいで、他の貴族が我々を軽く見るようになった」


 父の言葉が突き刺さる。


「貴族の間ではすでに噂になっている。『ホワイト家は落ち目だ』とな」


 今までホワイト家に従っていた貴族たちも、次第に距離を取り始めている。ホワイト家よりも有力な家に取り入ろうとする者も増えてきた。


 この国で王になるためには、力が必要だ。


 軍事力だけではない。政治的な影響力、経済力、貴族たちからの信頼———その全てを持つ者こそが、王として君臨できる。


 それなのに、俺は「最弱のバレット家」に敗北し、ホワイト家の威光に傷をつけた。


「……次の戦いでは、必ず勝利を収めます」


 俺はそう誓うしかなかった。


「当然だ」


 執務室から出ると次男である、リーブスが壁にもたれかけていた。


「よぉー、出来損ない。今日も父上に説教か? ダッセー。こんなのに任せてたらこの家が滅びるのも時間の問題だな」


 執務室から出た俺を待ち構えていたのは、ホワイト家の次男、リーブス・ホワイトだった。


 壁にもたれかかりながら、俺を見下すような笑みを浮かべている。


「……放っておけ」


 俺は無視して歩き出そうとするが、リーブスはそれを許さなかった。


「おっと、逃げるのか? 兄上?」


 肩を叩かれ、足が止まる。


「父上が言ってただろ? 『次の戦で負けたら、お前は後継者ではなくなる』 って」


「……知っている」


「俺としては、ぜひとも負けてもらいたいところだけどな。ホワイト家の名を貶める出来損ないが次期当主なんて、冗談じゃない」


 リーブスは俺と違い、幼い頃から剣の腕を磨き、戦術の知識を学び、貴族としての振る舞いを完璧に身につけていた。


 対照的に、俺は何をやってもうまくいかない。


「ははっ、兄上が次に戦う相手は……またバレット家か?」


 俺の表情を見て、リーブスは満足そうに笑う。


「うわぁ……マジかよ。最弱にすら勝てねぇのに、またやるのか? 何回恥を晒せば気が済むんだ?」


「……黙れ」


 絞り出すように言うと、リーブスは肩をすくめた。


「ま、せいぜい頑張れよ。次こそ負けるなよ? まぁ、どうせ勝てねぇだろうけどさ」


 リーブスの言葉を背に、俺はその場を離れようとした。


 しかし、次の瞬間、俺は足を止め、振り向いた。


「……笑っていられるのも今のうちだ」


「はぁ?」


 リーブスが鼻で笑う。


「一週間後の鑑定の儀で、俺の強さを証明してやる」


 俺の言葉に、リーブスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにまたニヤリと笑った。


「ははっ、兄上が? 強さを証明する? まさかとは思うが、本気でそんなこと言ってんのか?」


「本気だ」


 俺は拳を握りしめる。


 鑑定の儀———それはこのショノリア王国に生きる者にとって、人生を決める最も重要な儀式。


 毎年、15歳になった者は王国の大教会で神の祝福を受け、スキルと天職を授かる。戦士ならば《剣技》や《武芸》、魔法使いならば《火球》や《雷撃》など、戦闘向けのスキルを得ることが多い。商人や職人は、それに見合った能力を授かることもある。


 この国では、生まれながらの身分以上に「何のスキルを授かるか」が、その後の人生を左右する。


 そして、貴族の家に生まれた者にとっては、強力なスキルを授かることが名誉となる。


「ふぅん……じゃあ、兄上はそこで《神剣》でも授かるつもりか?」


 リーブスは俺を嘲笑うように言う。


 《神剣》———それは伝説級のスキル。過去に王になった者の中には、このスキルを持っていた者もいると言われている。


「何を授かるかは分からない……だが、俺はこのままでは終わらない」


 俺はリーブスを睨みつける。


「次期当主の座は、俺が守る」


「……へぇ?」


 リーブスは興味深そうに俺を見つめた後、ふっと笑った。


「じゃあ、楽しみにしてるぜ。兄上の"素晴らしい"スキルとやらをな」


 そう言い残し、リーブスはその場を去っていった。


 その一週間、俺はひたすら鍛錬を積んだ。これまでの自分の足りなさを痛感し、何度も失敗を繰り返しながら、それでもあきらめなかった。リーブスの言葉を胸に刻み、無駄に笑われることなく、証明してやると心に誓っていた。


 鑑定の儀がいよいよ明日と迫り、俺は少しの緊張と共に、深く息を吸い込んだ。


「明日だ、明日がすべてだ」


 一度決めたらやるしかない。どんなスキルが授けられるのか、正直なところわからない。しかし、どんな結果でも、その先に進む覚悟だけはあった。


 翌日、朝早くに教会に到着すると、すでに多くの人々が集まっていた。貴族や商人、農民など、王国中の人々が集い、長い列を作っていた。祭壇に向かって進み、神の前で一人一人が祝福を受けるこの儀式は、何世代にもわたって行われてきた。


 ゆっくりと祭壇の前に立った。高くて美しいステンドグラスが太陽の光を浴び、神の祝福が降り注ぐように感じられた。


 教会の神官が静かに声をかける。


「さあ、クリバリー・ホワイト様。神の祝福を受ける時です。」


 その言葉に、胸が高鳴る。


 神の手が俺に触れ、スキルが授けられる瞬間が訪れる。身体が熱く、心臓の鼓動が高まり、目の前が一瞬真っ白に染まる。次の瞬間、俺の手のひらに光が集まるのを感じた。


「……これが、俺のスキルか?」


 その光が収束し、儀式の結果が明らかになる。


 周囲の空気が一瞬静まり、神官がその結果を口にする。


 神官がしばらく黙っていた後、ようやく口を開いた。


「……天職は『ニート』。スキルは……『ゴミ拾い』。」


 その言葉が、教会内の静寂を一気に破った。周囲からは、驚きと疑念の混じった視線が一斉に注がれた。


「ニート……? ゴミ拾い……?」


 思わず耳を疑うような結果に、私の心は一瞬、凍りついた。


 教会の空気がどんどん重くなる中、私の視界に映るのは、嘲笑うように笑うリーブスの顔。まさか、こんな結果になるとは……。


 周囲の貴族たちの顔も変わり、低く囁き合う声が聞こえてくる。


「ホワイト家の次期当主が……ニートに?」「まさか、ゴミ拾いなんてスキル……」


 神官は、私の反応に気を使うことなく、そのまま続けた。


「これが神から授かったお力です。どうか、ご自身の道を歩まれますように。」


 その言葉を最後に、儀式は終了し、私は教会の外に出ることとなった。顔を上げれば、待っていたリーブスが悠然と立っていた。


「おいおい、兄上、どうだった? まさか本気で『ニート』なんて天職、授かると思ってなかっただろうな?」


 リーブスはすぐに私の顔を見て、楽しそうに笑った。その笑顔が、私の胸を痛くさせる。


「見たか? 最弱のニートがホワイト家の後継者だなんて、笑い話にもならないな。」


 だが、私はその言葉に黙って頷くことはしなかった。


 家に戻ると、重々しい空気が館を包んでいるのを感じた。


 執事や使用人たちの視線が、痛いほどに俺に突き刺さる。誰一人として声をかけようとはしない。それどころか、顔を背ける者までいた。まるで疫病を運ぶ者を見るかのように——いや、それ以上の蔑みと失望が込められているようだった。


 両開きの大扉をくぐり抜け、父の書斎に入ると、そこには父上が待ち構えていた。その表情には、怒り以上の冷徹な決意が宿っていた。


「座れ、クリバリー」


 その低い声に、自然と背筋が伸びる。言葉に従い、重い足を引きずるようにして椅子に座る。


 父は机越しにじっと俺を見据え、やがて深くため息をついた。


「……私は失望した」


 その一言が、胸に鋭く突き刺さる。


「最弱のスキル、『ゴミ拾い』……そして、天職は『ニート』か。ホワイト家の誇りは、この瞬間、地に堕ちた」


「……」


 俺は何も言えなかった。スキルの結果も、天職の結果も、自分自身で否定することなどできない。それは、神から授けられたものだからだ。


「クリバリー、お前は今後、ホワイト家を背負うことは許されない」


 父の瞳には冷酷な決断が滲んでいた。それは俺に対する絶望と怒り、そして未来を守るための鉄の意志だった。


「今日限りで、お前をホワイト家から追放する」


 追放——。その一言に、胸が締め付けられる。


「……何か、言い訳があるか?」


 父の問いに、俺は拳を強く握りしめたまま俯いていた。今更、何を言ったところで状況が変わるわけではない。


「……ありません。ただ、これまで育てていただいたことには、感謝しております」


 やっとの思いで、それだけを口にした。


 父は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに無表情に戻り、冷たい声で言い放った。


「立て。そして出て行け。この家に、お前の居場所はもうない」


 椅子から立ち上がり、力の入らない足を引きずるようにして扉の方へ向かう。


「二度とホワイト家の名を語るな」


 その声を背に、俺は振り返ることなく館を後にした。冷たい外気が肌を刺し、孤独が全身を包み込む。


 家の外、冷たい風が俺の顔を打つ。神の祝福を受けるべき儀式が、まさかこんな結果になるとは予想もしていなかった。


「ニート……ゴミ拾い……」


 耳を疑う言葉が何度も頭の中で響く。周囲の貴族たちが低く囁き合う声が聞こえ、そのすべてが俺を嘲笑っているように感じられた。ああ、これが俺の運命なのか。


 ――いや、違う。


 頭をよぎるのは、リーブスの顔だ。あいつの冷ややかな笑い、あの嘲笑。それが、俺の胸に突き刺さる。


 周りがどんなに何を言おうと、俺は負けたわけじゃない。たとえ「ニート」という天職を与えられ、スキルが「ゴミ拾い」だとしても、俺にはまだやり直す道があるはずだ。


 だが、この街ではどう考えても生きていけない。貴族としてのプライドも、地位も、すべてが崩れ去った今、もうこの場所にいることができない。


 俺は決心した。


「ひとまず、森の中で暮らすしかない。」


 誰もいない場所で、自分を見つめ直し、やり直すことに決めた。街に戻れば、たぶんまた馬鹿にされるだろう。リーブスや他の貴族たちの目線が俺を追い詰めるのが目に見える。


 馬鹿にされることに耐えられる自信なんてない。だから、少なくとも今は人里離れた場所で、静かに過ごしてみよう。


 銀貨20枚と食料3日分、そして「ゴミ拾い」なるスキル。このスキルが一体、何に役立つのか。おそらく、他の者たちには大して意味のないものだろう。だが、俺にはまだ分からない。少なくとも、試してみる価値はあるはずだ。


「ゴミ拾い……か」


 ひとりごちるように呟く。自分でも不安だった。あんなスキルを神から授けられて、どう活用すればいいのか全く見当がつかない。だが、今はもう選択肢がない。


 手に持つ銀貨を数える。20枚。これでしばらくの間は食い繋げるだろうが、いずれ底をつく。そんな時に、もしもゴミ拾いというスキルが役立つなら、少しでも頼りにしよう。


「まずは試してみるか」


 私は足を止めて周囲を見回した。街の片隅に、捨てられたゴミの山があった。古びた布切れや壊れた器物、誰かが放置した食べ物の残骸。周囲に人は誰もいないが、きっとこれも「ゴミ」だろう。


「よし」


 決意を固め、スキルを使ってみることにした。どうせ、今は他に頼れるものがない。試してみる価値はあるだろう。ゴミ拾いのスキルを発動させると、目の前のゴミが光り始め、その中に何かが輝いて見えた。


「な、なんだ?」


 驚きながらも、私はその輝きを手に取る。手のひらに乗せられたのは、ただの壊れた瓶の破片のように見えたが、どうやらそれはただのゴミではなかったようだ。視界の端に「アイテム獲得」の通知が表示され、驚愕する。


「こ、これが…ゴミ拾い?」


 武器に食料、さまざまな物が集まってゆく。目の前に転がるそれらは、ただのごみのように見えるかもしれない。だが、俺にとってはそうではない。誰かが捨てた物、使わなくなった物が、俺にとっての貴重な資源になる。


「誰かにとってはゴミでも、俺にとっては宝だ」


 武器がいくつか転がっているのを見つけ、ちょっとした手間をかけて整える。食料も無駄にすることなく、拾っていく。誰かが捨てた物、それらは俺の力になる。


 この最弱スキルで成り上がって、絶対にこの国の王になってやる。


 心の中で呟き、拳を握りしめる。ゴミ拾いスキルだとか、ニートだとか、そんなものは関係ない。ただ、王になる。それだけだ。


人気がでたら長編で書こうと思います。

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