1.ブラックからの強制退場
「今日の授業はここまで。号令お願いします」
今日の授業が終わる。
時計を見ると16時。
このあとは部活をして、授業準備、事務作業をして……21時には帰れそうか。
今日はまだ早い方だ。
「はぁ―。もうひと頑張りするか……」
帰り際にスマホを見てみると珍しくメッセージがきていた。
「神埼先生お疲れ様です。。土日は家庭の用事が入っちゃって……すみませんが試合の引率よろしくお願いします」
(またかよ。これで何回目かよ)
残業時間が長いのはもう慣れたが、30連勤はきつい。
働かない奴は最低限の仕事をし、働くやつ(押し付けやすいやつ)がその尻ぬぐいをする。
何時間働こうが給料は変わらないから、働かないほうが得という変な世界だ。
仕事が終わると家に帰り、ご飯風呂を済ませ、寝る。
時間もなければ、趣味も無くなる。
この繰り返しを10年続けている。
「ふぅ。今日も疲れたなぁ」
倒れるように布団に入り、ふと考える。
(おれは何のために仕事してるんだろうなぁ。疲れでふらふらするし、たまには休んでゆっくり好きなことをしたいが……来週は休めると信じて頑張るか……)
ここでおれの意識は途絶えた。
「…てください。起きてくださいっ!」
「うぅん。うん?」
おれはわけも分からず目を開いた。
「も―早く起きてくださいよ―。せっかく生き返らせたのに目を覚まさないのかと思いましたよ」
謎の女性は続ける。
「よくここまで頑張りましたね。でも、精神と体力は限界だったみたいですよ?」
(ん?どういうことだ?ここどこだ?おれの部屋じゃないよな……)
周囲を見回し考えるが、この場所に思い当たる節はない。
「神埼さん、落ち着いてください。状況を説明しますから。まず、ここは天国です。神埼さんは過労で亡くなったんです」
「えっ。どういうこと?」
思わず口に出してしまう。
「10年間ほぼ毎月150時間の残業。加えて今回の30連勤。身体が耐えきれずに脳梗塞を起こしてそれが原因で……」
女神は申し訳なさそうにおれに伝える。
「そうか。死んでしまったのか。俺の人生ももう終わりか。何もできなかったな……」
周囲は真っ白な空間でじわじわと死んだ実感が湧いてくる。
いままでのことを振り返ると涙があふれてきた。
「落ち着きましたか?時間に余裕があるわけではないので続きをはなしますよ。神埼さんに提示できる案は2つです。このまま安らかに眠りにつくか、別の世界に転生し人生を送るか。どっちにしますか?」
「別の世界とはどんな世界ですか?」
「簡単に言うと剣と魔法の世界です。文明レベルは神埼さんのいた世界よりすこし劣ってますが、生活に困るレベルではないです。悲しい死に方をさせてしまったので、神埼さんには楽しい人生を全うしてほしいと思っているので是非こっちを選んでほしいです」
おれは遠慮がちに答えた。
「気持ちはありがたいが、その世界で生きられるほどおれはタフじゃなし……」
「大丈夫ですよ。前世で仕事を頑張った分のボーナスをつけて転生させてあげますから!特別に魔法の才能もあげちゃいます。次の人生ではどんな仕事につきたいですか?冒険者ですか?勇者?それとも国王ですか?」
「さすがに大それたものにはなりきれませんよ。うーーん……。以前から勉強を教えることは好きなので、それを生かした仕事に就ければ……」
女神は少し驚きながら言った。
「神埼さんはまた教員をやりたいと思うんですか?あんなにつらい思いをしたのに」
(そりゃそうだよな。教員になって過労で死んでしまったのにまた教員をやりたいなんて普通じゃ考えられないよな)
「変かもしれませんが、教えることには思い入れがあるんです。確かに教員の仕事は楽しいことよりもきついことの方が多かったかもしれない。……理不尽なことも山のようにあった。でも、教えたことが理解してもらえたとき、人の成長を見れたときはやっぱりうれしいと感じるんです」
少し間をおいて女神は優しく微笑んだ。
「分かりました。神埼さんがそうおっしゃるのであれば、その熱意をスキルに昇華しますね。次の人生ではあまり無理をしないようにしてくださいね。あとは目立ちすぎると大変な人生になってしまうのでこのスキルとさっき言った魔法を付与して……」
「ありがとう。次は後悔のない人生を送るよ」
そう答えるとおれはまた気絶するように眠りについた。
目を覚ますとそこは、自宅ではなかった。
小さな部屋に、簡素なベットと机しかない空間だ。
本当におれは異世界に転生したのかとあたりを見渡すと机には手紙が置かれていた。
「神埼さんへ
付与したスキルは3つ、固有スキルの教師、魔法(火、水、風、氷、雷)、秘匿です。
固有スキルの教師は鑑定、教育、武具扱い、スタミナの複合スキルで神埼さんのオリジナルです。5つの魔法は私からの特別ボーナスです。スキルの秘匿はステータスを隠すことができるのでうまく使ってください。
机の横の袋はアイテムバックです。10日分の食料と水と本『魔法書 初級編』が入ってます。しっかりと勉強してくださいね!
今世では楽しい人生を。
P.S. 山を下りたら近くに街があるのでそこに行ってみてはどうでしょうか。
女神より」
読み終わると手紙は光となって消えてしまった。
現状を確認するため、スキルの確認をしてみる。
じっと自分の体を見るとぼんやりと文字が浮かんできた。
ステータス
名前 アルス
スキル 教師(鑑定E/S、教育C/S、武具扱いE/A、スタミナD/A)
魔法(火E/S、水E/S、風E/S、氷E/S、雷E/S)
秘匿D/A
(女神さまの優しさでかなり恵まれたスキルをもらえたな。魔法が使える世界か。まずは使ってみたいよな)
魔法を試してみることにしたおれは外にあった木に狙いを定め、本に書いてあった呪文を唱えた。
「ファイヤーバレット、ファイヤーバレット、ファイヤーバレット」
しかし何も起こらなかった。
「呪文を唱えるだけじゃダメか」
本には魔法の発動には魔法への理解とイメージ、集中が大事だと書いてある。
体内には血液と同様に魔力がめぐっている。
その魔力を発動する場所に集める。
魔力を使って、魔法を発動する。
「身体の魔力を右手に集める……手のひらから火の玉を出すイメージをもって一気に放出する。『火弾』」
「やったっ、あつっ。やけどするかと思ったぞ」
テニスボール程度の小さな火の玉が右手より発現した。
魔法が成功したことに感動しつつも、手のやけど跡を見て魔法の難しさを感じた。
他4種類の魔法も試してみるが、『雷』が非常に厄介だった。
とにかく痛いのだ。
手の表面に集めた電気の一部が、身体にも流れてくる。
(まずは魔法に慣れるところからだな)
今後のことを考えつつ、小屋に帰った。