6話 フィッシュテールドレス/布花
私が着たいドレスは、真っ赤なフィッシュテールのドレス。
フィッシュテールドレスとは、前の丈が短く、後ろが長めになっている前上がりのデザインのドレスのことを言うわ。
フリルの袖に、スカートには青いフリルが施されたもの。
そして首元には、大きめの白い花がついたチョーカーも欲しい。
私は派手で高級なものが大好きだけど、下手に豪華なものにして平民に反感を買って不幸な人生を歩まないためにも、そこまで装飾を施さずに、手頃な値段の生地でドレスを作るべきと言う美の女神の意見を受け入れることにした。
私が作ろうとしているドレスは目新しさがあるから、下手に高級な生地を使わなくても、十分目を引くものになると思う。
方針も決まって、イメージも固まったことだし、早速やってみよう!
『ドレスを作る工程は5つです。
・採寸
・型紙作り
・仮縫い、生地裁断
・試着、補正
・本縫い
オルガの作ろうとしているドレスを一から作ろうとすると、採寸した数字をもとに型紙を作り、仮縫い用の布を型紙に沿って切り抜かなきゃいけません。
そして、仮縫いしたドレスを試着して型紙を補正してという工程を、体にぴったり合うまで繰り返します』
普通なら採寸したサイズをもとに型紙を起こし、型紙を布に写した後に生地を裁断、ようやく縫う作業らしいのだけど、【洋裁神具】を使ったとき、楽に作業を進めることができたわよね。
【洋裁神具】の力を使いまくってやりますよ!
部屋の真ん中に置かれた大きな机の上に、必要な材料を置いて作業に取り掛かる。
頭に流れてきた映像によると、型紙を作って、その型紙通りに仮縫い用の布を切り出していたわ。
まずは型紙を作らなきゃいけないのね。
紙の準備をしなくちゃ……。
私が机の上に置かれた紙に手を伸ばそうとすると、頭の中に美の女神の声が広がる。
『【洋裁神具】の『はさみ』を持てば、型紙を起こさなくてもよくて、仮縫い用の布を切りだすこともなく、試着と型紙の補正を繰り返さなくてもオルガの体にピッタリのドレスを作れます。多くの工程と時間を省けるはずですよ』
うっそだぁー、そんな都合のいい話があるぅー?
でも、アンの服を作ったときに【洋裁神具】の偉大さは思い知らされた。
【洋裁神具】なら可能かもしれないと思わされるほどに。
ここは美の女神を信じて、【洋裁神具】のはさみを使って、一発で布を切ってみましょうか。
布を持つと、手の中に『はさみ』が現れた。
2度目とはいえ、やっぱりびっくりするわね。
『はさみ』を持って布に視線を向けると、作りたいドレスの型紙に沿った光の線が現れた。この光の線に沿って切れば、私の体にぴったり合ったドレスが作れるのよね?
『ええ、そうですよ』
美の女神はそう言うけどやっぱりためらいは捨てきれないわね……。
でも、勇気を出してやるしかないわ!
もし失敗した時はボロクソに罵ってやるわ。
『型紙は身頃(上半身)とスカートに分かれています。
身頃(上半身)で裁断する型は9つ。
A前身頃 (服の前の部分) 3つ
B 前脇身頃(服の前の両脇部分) 2つ
C 後脇身頃(服の後ろの両脇部分) 2つ
D後身頃 (服の後ろ部分) 3つ』
これらを採寸した数字をもとに、完成したドレスを想像して『はさみ』を持つと、机の上
に置かれた布が型紙の形に光り出す。
勝手に手が動いて、光に沿って『はさみ』で布を切ろうとすると、気づいた時にはすべて
の型紙が一瞬の内に切られていた。
一瞬の神業で目に見えなかったわ。
光に沿って『はさみ』で切ると、きれいに生地が裁断できた。
『身頃を裁断したら次はスカート部分。
スカートで裁断する型は5つ。
A前スカート (スカートの前の部分) 1つ
B後脇スカート(スカートの後ろの両脇部分) 2つ
C後スカート (スカートの後ろ部分) 2つ
今回作るドレスはフィッシュテールというスカートの前はミニで、後ろは長いというドレスになります。
前スカートを短く、後ろ脇スカートと後スカートを長く型紙を切り出す必要があります』
ドレスを想像したら、想像したドレス通りに勝手に手が動いて型紙が切り抜けるから、深く考えることや、作業の手間もないのよね。
ドレスを想像しながら、ほかにも必要なパーツを切り出し、試しに私の体に合わせたトリソーに合わせてみたけど、一寸の狂いもなく、補正をしなくてもすぐに縫える状態に切られていたわ。
こんなに簡単に、しかも早く生地の裁断ができるなんて……。
美の女神がチートスキルと言うだけあるわ。
これならだいぶ早くドレスが完成するかも!
無事に生地も裁断できたことだし、あとは縫う作業だけね。
ドレスを縫う前に、お父様に買ってもらったばかりの魔道具のアイロンをかけたことだし、いよいよ縫う作業だ。
『各身頃を順に縫い合わせ、すべて縫い合わせたら仕付け糸(布同士がずれないように縫っておく糸)を取ります。
裏地を製作したら身頃は完成です。
身頃が完成したらスカート。
スカートも身頃と同じように各部分を縫い合わせていき、裏地をつけます。
スカートと身頃をくっつけ、最後にアイロンがけをしたら完成です』
完成したドレスを客観的に眺めてみると、豪華な装飾をつけなくても華やかで、貴族が着るような【バッスルドレス】より上品さを感じるわ。
自分が作ったとは思えない程出来がいい。
点数をつけるとしたら120点ね!
早速アンを呼んで、私の作ったドレスの着方を教えながら、着るのを手伝ってもらったわ。
着た姿は想像していたものより良くて、着心地もコルセットを締めている【バッスルドレス】の時よりもだいぶ楽。
アンも私に私の作ったドレスを着せるのは楽だと言っていて、このドレスは一石二鳥、いや、三鳥にもなるわ。
完成したドレスも着られたことだし、屋敷中を歩き回っていろんな人にこのドレスを見せびらかすとしますか!
私が胸を張りながら堂々とオールバーン家の屋敷の中を歩き回ると、使用人たちの視線は私のドレスに行っていることが身をもって感じたわ。
あぁーーーーっ、気持ちい――――っ。
注目を集めるのは気分がいいわぁーーっ。
よっぽど私のドレスは目を引くのか、このオールバーン家の使用人たちが恐れている私に直接、私の着ているドレスはどうしたのかと聞いてくる者もいるほど。
やっぱりバッスルとコルセットを使わないドレスは目を引くようね。
でもちょっと待って。
使用人たちの着る制服とは、まるで違う服を着ていたら使用人たちから顰蹙を買うかしら?
もし使用人から顰蹙を買って憎まれるようなことがあれば、周りに私の悪い噂を流して平民たちにも広がるかもしれない。
そうなれば平民たちは反乱を起こし、私の破滅の道にも繋がってしまうわ!
一方で、幽閉されたときに使用人たちを味方につけておけば、少しでもマシな幽閉生活が送れるかも!
そうとなれば使用人たちに好印象を与えるために、何か贈り物をしよう!
でも贈り物と言っても何にしよう。
高級なものにしても謙遜して受け取らないだろうし、食べ物にしたって贈ったという証拠が残らないし……。
使用人たちの贈り物を何にしようか庭を歩きながら考えていると、庭のクラリスの花が目に入った。
そうだ! 私もクラリスの花の髪飾りとチョーカーをつけているから、クラリスの花を布で作って使用人たちに贈れば、私が贈ったという証拠にもなるだろうし、私に仕えている使用人という証にもなるんじゃないかしら?
私に仕えている使用人だと周りに認識させておけば、幽閉されたときに私に優遇しないと周りから冷たい目で見られるから、嫌でも良くしてくれるかも!
うん、ポジティブに考えましょう。
そうとなれば、さっそく布でクラリスの花を作ってみようかしら。
庭から自分の部屋に着くと、部屋にはドレス作りの作業をした後のまま。
ドレス作りで余った布でクラリスの花でも作ろうかしら。
そう言うことなら、チョーカーに付けたクラリスの花で余った白い布でいいわね。
私の髪飾りとチョーカーと同じだし。
美の女神、布でクラリスの花を作りたいからサポートよろしく。
『了解しました。
材料
・10㎝~15㎝の布
・ヘアピン
1.布は裏面を表にする。
正面から右に面している一辺を上の一辺に合わせて三角にする。
2.三角になった上野三角の一辺をくし縫い(針崎だけを動かしてごく細かい間隔で縫うこと)にする。
3.「2」で縫わなかった三角部分を合わせて紐状にする。
4.糸を引いてギャザーを寄せる。
5.縫い初めの部分をヘアピンで挟む。
6.ギャザーを調整しながらくるくる巻いていく。
7.巻き終わったら取りこぼさないように気を付けながら巻いた部分を縫い留めて巻くときに使ったヘアピンを取り外して完成です』
この作業も【洋裁神具】を使ったから、たくさんの使用人に贈るクラリスの花でもだいぶ早くできたわ。
この完成したクラリスの花にピンを取り付けてブローチにしてみた。
「さっそく配るとしますか!」
私は屋敷の中を歩き回り、手当たり次第にクラリスの花のブローチを、屋敷で働いている使用人に配った。
結構数を作ったおかげで、ほとんどの使用人に渡すことができて、私も達成感がある。
私の贈り物に対し使用人たちの反応は、私からの贈り物は初めてだったから、だいぶ動揺していて受け取っていいのかためらっているようだった。
私が笑顔で「いつもありがとう」と感謝の言葉を述べながら無理やり受け取らせると、戸惑っているようだったけど予想以上に喜んでくれたわ。
中には嗚咽を吐きながら泣いてくれる人も。
余った布で作ったとはいえ、こんなに喜んでくれるなら作った甲斐があるわね。
これで幽閉されたとき、少しでも幽閉生活がよくなることを祈りましょう。
一通り配り終えると、お気に入りのドレスを脱いで明日の入学式に備えて、いつもより早めの時間に眠りについた。