4話 フリル袖のトップス/つけ襟/ショートパンツ
アンはオーディションで歌いながら踊ると言う異世界では見たことのない魅せ方をして、有名な吟遊詩人になる。
確か、吟遊詩人になったアンは歌いながら踊っていたわね。
そして、ミオ・サクラは中性的なアンを女の子らしくするような、制服を模した上品なスカートの衣装を作っていたわね。
だけど、吟遊詩人になったアンを見て、私は納得がいかなかったのよ。
いくら中性的なアンをかわいらしくするためとはいえ、長くて締まっているキレイな脚で歌いながら踊るアンには、体の長所を生かしつつ、動きやすいショートパンツを使うべきだと思うの。
でも、時間が限られている今、一から服を作るのは不可能ね。
『そこで私が提案するのは、アンが持っている服をアレンジして新たに素敵な服を作ると言うことです』
わぁっ、びっくりしたぁ!
突然頭の中で話しかけないでよ、びっくりするじゃないっ。
『す、すみません、そこまで怒られるとは……』
とはいえ、その作戦はいいわね。
アレンジすれば一から服を作る時間も手間もなくなるわね。
服を作ったことがない私でもわかるわ。
『平民は無料で服を配給される代わりに、白と黒の単純な服を着ることが普通。平民の着る服は貴族の着る服に到底敵わないけど、私が提案する服を作れば、貴族の着るようなバッスルドレスとは違う雰囲気を醸し出せるはずです』
確かに、下手に派手なドレスを着るより、目立つことができるかもしれないわね。
早速服を作りたいんだけど、本当に服を作ったことのない私でも服が作れるのかしら?
『ええ、簡単に作れますよ。私が服の作り方を頭の中に流すので、【洋裁神具】を使ってその通りに作ってみてください』
私、【洋裁神具】なんてもらっていないわよ?
どうやって出すの?
『頭の中で【洋裁神具】と心の中で唱えてみてください。服作りに必要なものが出てくるはずです』
えーと、心の中で【洋裁神具】と唱えればいいのね
『 【洋裁神具】 !』
美の女神の言う通りに心の中で【洋裁神具】と唱えると、手の平に光輝く玉が現れたと思ったら、玉がはさみに変わった。
まさか何もないところからはさみが現れるなんて……。
でも、驚いている暇はない。
朝までに服を完成しさせきゃいけないんだから。
『まずはトップスから作りたいと思います。私が説明しながら作り方の映像を頭に流すので、その通りに動くよう意識してください。そうすれば後は体が勝手に動いてくれるはずです』
そう言ってもなかなか難しいこと言っていない?
映像通りに動けって言われても、初めて見る映像通りに動けるのかしら?
ちょっと不安……。
でも、不幸な人生を歩まないためにも、このミッションをクリアするしかないのよね。
どうなるとしても、やれるだけのことはやってみましょう。
私が覚悟を決めた瞬間、頭の中に映像が流れてきた。
その通りに体を動かしてみると、動くことを意識するだけで、体が勝手に動いてくれるのよね。
『白いTシャツを裏返し、袖をカットしてください』
私は映像通りに体を動かすと、体はもっと繊細に、的確に動いてくれた。
勝手に動く体は、袖をカットしようと白いポロシャツを机に広げ、【洋裁神具】のはさみで切ろうとすると、一瞬のうちに両方の袖がカットされていた。
切った感覚はなく、気付いたら自然と望み通りの形になっていたという感じね。
この【洋裁神具】というものは、普通の洋裁師が使う裁縫魔道具とも違う、特別な道具みたい。
『袖をカットした白いTシャツとは別に、黒い服を半月の形に2枚切り抜いてください』
その通りに動くよう意識すると、【洋裁神具】の『はさみ』で、面倒な手順を踏まなくても一瞬で半月の形に切り抜けた。
確か、服を作る時って、型紙を作ってその通りに切ると言う手順があったはずよね?
もしかして【洋裁神具】を使えば、これなら一から服を作る時も、型紙を作らなくても体にぴったり合うように生地が切れるのかしら?
もしそうだとしたら、大きな時間短縮になるわね。
次は縫う作業が頭の中に流れてきたわ。
すると、手の中に『針』と『糸』を想像すると同時に2つとも現れた。
どうやらこの能力は複数の道具を出すことも可能のようね。
糸に針を通そうと右手に針を持ち、慎重に糸を通そうとすると、針の穴が1cmほど大きくなり、穴に糸を通した瞬間に穴が元の大きさに戻った。
すごいわ! イライラする面倒な作業がこんなに楽にできるなんて!
『半月の形になった生地のカーブになっているところの上から2.5mm、5mmの部分を波縫い(布の表と裏を等間隔で縫っていく縫い方のこと)して、片側の糸を同時に引っ張ります』
この作業を始めると、手が見えないぐらいの速さで布を縫うができ、30秒もしないうちに黒色の2つのフリルが完成したわ。
アンも私の早業と謎の力に目を丸くしながら、机に体を前のめりにして無言で見つめる。
あんまり見られると気が散って集中できないけど、【洋裁神具】と美の女神の力のおかげで目にも止まらない速さで作業が進む。
そのフリルを脇下の縫い目から、フリルの端を肩の方にギャザーを寄せて縫い合わせると、袖にフリルがついた。
『最後にトップスの丈をおへそが見えるくらい短くしてください』
映像通りになるよう意識して体を動かしたら、あっという間に完成だ。
「す、すごい。袖のところかわいいですね」
「袖をフリルにすると、華やかさが増すし、二の腕を細く見せる効果もあるらしいの」
「らしい?」
「な、何でもないわ。気にしないでっ」
「でも、それは助かります。私は筋肉質で二の腕が太いので」
『次に『つけ襟』を作りますよ』
えー、まだ作るのー?
『ほら、早く準備して』
「私が作るのはこれだけじゃないみたいよ。楽しみにしていて……」
「は、はぁ?」
次につけ襟作り。
美の女神が言うには、洋服の襟の部分だけが単体になったアイテムのようね。
『つけ襟はシンプルな服に着ければ襟元にアクセントをプラスできるし、顔周りを華やかにする効果もありますよ』
なるほど、そんな効果があるのね。
それに、シンプルで似た服が多い平民には使い回しがきくから、重宝されるものになるだでしょうね。
『オルガの言う通りです。わかっているじゃないですか』
いろんな服を着てきたからね。
おしゃれのことなら任せておいて!
『つけ襟を作るには、本来ならC←このような形の型紙を作って、型紙に沿ってペンで写し、ペンに沿って2枚の布を縫い合わせる作業なのですが、本来なら縫いづらいであろう、切り抜かれた布の周りを縫います』
そんなやりづらい方法でいいの?
『私の力と【洋裁神具】を舐めないでください』
先ほど同様、流れてきた映像通りに体を動かすと、やりづらい方法など関係なしに、すごいスピードで的確に縫われていく。
『ここでポイントなのが、周りを全部縫うのではなく返し口を作ることです』
どうして返し口を作るの?
『見ていてください』
頭に流れた映像は、返し口から表に返せば縫い目が裏に隠れて、綺麗なつけ襟がほぼ完成した。
なるほど、裏返すことで縫い目を隠すのね。
最後に、つけ襟の端に黒い服から作った紐を取り付け、蝶々結びで縛ればつけ襟の真ん中にリボンがつく。
「それはどうやって使う物なんですか?」
「これはつけ襟って言って、肩にかけると、襟のついていない服でも襟のある服のように見えるの」
「襟があると何か違うのですか?」
「つけ襟は顔周りを華やかにする効果があるの。あると無いとじゃ雰囲気がだいぶ変わってくると思うわよ」
「へぇー、そうなんですか」
美の女神に教えてもらったんだけどね。
『作るものはほとんど完成しました。最後のショートパンツ作りに取り掛かるとしましょう』
頭に流れた映像は、白のパンツの裾を太ももの半分の位置で裾上げをしている。
私もその通りに体を動かすと、的確に体が動いてくれる。
『これは、オルガの意見を参考に思いついたショートパンツというボトムスです。アンは歌いながら踊るから、オルガが思っていた通り、ミオ・サクラが作ったような動きが制限される上品なワンピースより、動きやすい短めのボトムスは最適だと思います』
そうね、アンは脚が長く、細くて締まっているから、ショートパンツにして脚を出すことできれいな脚を生かせると思うわ。
貴族の間では、脚を出す服を着ることはまずない。
下品と思う人はいるかもしれないけど、そこはアンのダンスでカバーしてもらうしかないんだけど美の女神はどう思う?
『いいと思います。体の長所を服で生かし、美しく見せるのは大事なことです。何もためらうことはありません』
ありがとう、自信がついたわ。
そして服作りで余った黒い布を一枚の長い布にして、腰に縛ってアクセントを加えると……。
「できた!」
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