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29話 オーガンジー生地

 ディルクさんのご厚意で、工場を案内してくれることになって工場に足を踏み入れると、工場の7割を占めるほどの古びた魔道具が置かれていた。


 工場の3分の1は、チェスター領の名産品の綿や麻の原料の植物を糸にする機械や、グラジオス王国の名産である、酪農の羊などの毛を糸にする機械が置かれている。

 残りのスペースは大量の糸を織る魔道具がいくつも置かれていた。


 初めて見た布を織る魔道具は、機織り機の上に天板があって、織られた直後の布に天板の中に入っている魔法石の粉がまぶされると、あっという間に色がつく仕組みになっているようね。

 ディルクさんによると、布に色を付ける際には魔道具に魔法石を粉にしたものをまぶして色を付けるらしく、魔法石の組み合わせによっていろんな色ができるらしいわ。

 白い光魔法石は他の魔法石と混ぜると、色を薄くできるそう。

 絵の具で想像するとわかりやすいわね。

 そんな感じで、魔法石を使う色付きの布は白や黒い布より値段が跳ね上がるのよね。


 普段は色つきの布を家の業者が用意してくれるから、布の値段を深く考えたことはなかったけど、今回ばかりは色がついている布が高級品に見えるわ。

 気付いたんだけれど、魔法石で色を付ける機械や、機織り機の周りに人はいないわねぇ。



「機械の周りに人がいなくて大丈夫なのですか?」

「勝手に機織り機が布を織ってくれるから、人が必要なのは糸がなくなったら補充するくらいで、機織り機はミスをすることもなく、ほとんど人の手はいらないんだよ。だから工場には、2、3人ほど従業員がいればやっていけるんだ。」

「へぇー、そうなんですね」

「ここにある魔道具はどれも年季もので、もっといい魔道具(もの)は山ほどあるんだが、俺の先祖が代々使ってきたもので思い入れが強いんだ。メンテナンスは大変だけど、長いこと一緒にやってきたこいつらのほうが扱いやすいんだ」

「こんなにたくさんの魔道具が同時に動いているところを見ると壮観ですね。こうやって布ができるのね」

「私にはそんなに感動する理由がわからないわ」

「好きなだけ見て行ってくれ。ただし、魔道具には触るんじゃねぇぞ」

「ありがとうございます」



 私とディルクさんが盛り上がっている後ろで、一人の若い少年が筒状に巻かれた布を運んでいる。

 あれ、重そうだけど一人で運べるのかしら?

 とか思った直後、バランスを崩した青年は生地を床に落としてしまう。



「フランツ! 商売道具に何してんだっ。さっさと片付けろ!」

「す、すみませんっ」

「あの人は息子さんなのかしら?」

「いいや、あいつはこの工場で見習いをしているフランツっつう使えない男だ。あまりにもポンコツだから魔道具を触らせることもできやしねぇ」



 この工場は奥さんと一緒に経営していたそうなのだが、奥さんは2年前に亡くなってしまったので、今は見習いのフランツさんと2人で工場を回しているそう。


 ディルクさんが心配しているのは、この店の後継ぎがいないことらしい。

 ディルクと奥さんとの間には子宝に恵まれなかったそうで、後継ぎをこの工場で働く人の中から見つけようとしたのだが、気難しいディルクさんと馴染めず、従業員で残ったのはフランツさんだけだったらしい。


 だけど唯一残ったフランツさんは仕事もミスばかりの上、接客も苦手なそうで、後を継がせるには不安しかないから、後継ぎにするつもりはないそう。

 でも、こんな素晴らしい布が揃っているお店が無くなるのは残念過ぎるわ。



「お買い上げありがとうな。また贔屓にしてくれよ、サービスするから。シェリー様も服を作る際はぜひうちを利用してくれよな!」

「ええ、もちろんよ」

「とても有意義な時間を過ごせました。最後にフランツさんにお別れの挨拶をしてもいいですか?」

「別に構わないが、あいつにそんなことしなくていいんだぞ?」

「いえ、ぜひさせてくださいませ」



 フランツさんを探しに行くと、工場の奥の方でしゃがみながら何かを漁っている。

 背後に立ち、フランツさんに声をかけると、何かを持っているフランツさんは体をビクッとする。


 

「何を持っているの? 布?」



 あたりを見渡して何かを確認したフランツさんは、小さな声で「私に見てほしいものがある」と言ってきた。

 即答で引き受けた私に、フランツさんは木の箱の中に普通の布をカモフラージュにして、底にしまい込んでいたものを私に差し出す。

 それは、向こう側が見えるほど透けている布だった。



「親父さんに認められるために、目新しい布ができないか試行錯誤した末にできたのが、この透き通った布なんです。でも、服を作る上で透き通った布なんて、服の役割を果たしていないから、この透き通った布に需要性があるのか、腕のいい洋裁師のあなたに役に立つのか聞いてみたかったんです」



 フランツさんの作った布を凝視していると、いつまでたっても戻ってこない私を心配したシェリーとディルクさんがいつの間にか後ろに立っていた。



「おい、フランツ。そのスケスケの布はどうしたんだ?」

「す、すみません、俺が作りました!」

「ということは何か? 俺の許可もなく勝手に魔法石の粉や、魔道具を使ったのか!?」

「本当にごめんなさいっ、俺はどうしても親父さんに認められたくて、この店を終わらせたくなくて!」

「俺が子供同然のように大切にしている魔道具を勝手に使うなんて、許されることじゃねぇんだよ! それに、そんなスケスケの布が服作りの役に立つわけねぇだろ。お前はクビだっ! 今すぐ俺の目の前からいなく……」

「フランツさん、ありがとう! 私はこの生地を求めていたの!」



 目を輝かせながらフランツさんの手を握る私の発言と行動に、ディルクさんは目を丸くしてフランツさんに対する怒りの言葉を途中で止める。

 フランクさんも私の反応は予想外だったようで、口を半開きにして下げていた頭をゆっくりとあげる。


 私が欲しかった布とは【オーガンジー生地】のこと。

 オーガンジー生地は独特の透け感とハリ、軽やかさがあり、ボリューム感が出るのが特徴。

 美の女神がシルク生地の特徴を説明した時に、オーガンジー生地があれば素敵なドレスができると言っていたのよね。

 オーガンジー生地の特徴は、今まで見たことも、聞いたこともなかったから、この世界には存在しないものかと思っていたの。

 まさか、本当に存在するなんて!



「だけど、このスケスケの布をどういう風に服に使うのかしら? とてもオルガが目を輝かせてまで求めるものとは思えないけど?」

「そうだ、オルガは腕のいい洋裁師だから使い道を知っているかもしれねぇけど、普通の人からしたら扱うのは難易度が高いんじゃねぇのか? この生地とフランツを認めるのは、この布に需要があるのか、この布でどれだけ素敵な服が作れるのかを確かめてからだ」

「わかりました。じゃあ、この布を使って素敵な服を作って見せたら、この布を私の店に卸してほしいんです。構いませんか?」

「もしそうなれば、この布の作り方を知っている唯一の職人のフランツをクビにするわけにはいかなくなるわね。ディルクはそれでいいのかしら?」

「……しょうがねぇ、それで手打とうじゃねぇか。実際、フランツがこのミルワード生地屋にふさわしい職人かハッキリさせたかったから、ちょうどいい機会なのかもしれねぇな」

「親父さん……っ」

「ただし、俺がこの店に必要のない布と思ったら、この布は店では売らねぇし、フランツもクビにする。それでいいな?」



 その条件で納得した私とフランツさんは、シャリーをモデルにしていくつもの熱い眼差しを受けながらオーガンジー生地を使った服を作ることにした。


 シェリーに体のサイズを聞いたところ、服作りに必要な数値がわかっていたので、美の女神にアドバイスしてもらって、すぐに服作りに取り掛かれた。

 服作りの生地は店にあるものを使っていいとのことだったので、白のオーガンジー生地と同系色の白の綿の布を選ばせてもらった。

 【洋裁神具】を使って白の生地で膝丈の鎖骨を露出した【ベア・ショルダー】のワンピースを作ると、何もないところから針と糸ができた驚きと、あまりの速さに3人は言葉を失っていた。

 次にオーガンジー生地を足首まである丈で、長袖にハイネックのスケスケのワンピースをシェリーの体のサイズより大きめに作る。

 これで作るものは完成。

 あとは、シェリーにインナーとして白の【ベア・ショルダー】のワンピースを着てもらい、上からオーガンジー生地で作った手首まである袖と、足首まである丈のシースルーワンピースを着れば……。



「スケスケの生地をこんな風に使うなんて……。こんな服を着たのは初めてだわ」

「こういう透けているコーデのことをシースルーコーデというんですが、全身をシースルーで覆うことで、女性らしい印象を与えるの。そして、透け感があることによって本人はもとより周りにも清涼感を与える効果がある上、見た目を軽く感じさせるわ」

「この服、通気性があって着心地がいいわ。今の暑いグラジオス王国で着るには直接日光が当たることもなく、暑さを感じさせない清涼感があって最高だわ」

「使い方はこれだけではありません。ドレスのスカート部分に使われることが多く、生地を重ねても透明感があって高級感を出せます。他にも洋服はもちろん下着やカーテンにも使えますわ」

「そ、そんなに使い道が……」

「この布はいろんな使い方があります。少なくとも私はこの布を求めていましたわ。そんな布を作り出したフランツさんを評価するべきよ。私の為にもこの布をこのミルワード生地屋で扱ってくれませんか?」



 ディルクさんは腕を組んで下を向いていたと思えば、フランツさんが握っていたオーガンジー生地を奪い取って、真剣な眼差しで見つめる。



「フランツ、これからしばらく休みがないから覚悟しとけよ」

「え、なんで……?」

「この布を大量生産するからに決まってんだろ。出来ないとは言わせないからな」

「は、はいっ、できます!」



 それから、貴族の間でディルクさんの奥さんの名前が使われたオーガンジー(ハロネ)生地を使ったドレスが流行して、ミルワード生地屋の人気商品になり、フランツさんがディルクさんの右腕の名にふさわしい職人になるのはしばらく先のお話。


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