28話 シルク生地
皇宮から転送された場所は、賑やかな街の中のゴミで溢れ返っている路地裏だった。
本っ当に最悪! 気分下がるわー。
ゴミをかき分けながら、ゴミのにおいが充満する路地裏から抜け出すと、そこには大きく威圧感のある建物たちが大きな道を挟むように建っていた。
見た感じだと、上流階級の人が利用しているお店が並んでいる高貴な街という感じで、貴族らしき人が歩いていたり、馬車が走ったりしている。
時間がなくて焦っていたから、生地屋の名前と大体の場所を教えてもらっただけで、詳しいことを聞かずに転移されちゃったわ。
各国の王族が利用する生地屋だから、この重厚感のある店が並ぶこの辺に店があるのかな?
それにしても暑いなぁ、私が住んでいるリネッタ町ではまず体験したことのない暑さね。
なんか、店を探す前に冷たい飲み物を飲みたいわ。
暑い日差しの中、首を左右に動かしながら歩いていると、目の前に大量の荷物を山のようにして抱えて、フラフラしながら歩いている白髪の女性が前にいた。
なんか着ている服は、貴族の女性が着るようなバッスルドレスじゃないわね。
どの階級の服にも属さない感じの服ね。
この世界にもこんな服を着る人もいるのねぇ。
とか思って、前を歩く女性を凝視していると、ふらついた勢いで荷物が落ちそうになる。
とっさに落ちそうになった荷物を支え、ふらついた女性に抱き着く。
なんか柔らかくていい匂いがする……。
「大丈夫?」
「え、ええ、ありがとう」
「荷物を運ぶのを手伝いますわ。家は近いんですか?」
「そんな、いいわよ。家まで距離があるし。それに時機に付き人が来るので大丈夫よ」
「じゃあ、付き人の方が来るまで荷物を持つのを手伝うので、休憩できるところで待ちましょう」
「いいの?」
「はい。私も冷たい飲み物が飲みたかったので」
白髪の女性の荷物をアイテムボックスに入れ、白髪の女性と一緒に近くのカフェに行って、冷たいアイスティーを注文した。
白髪の長い髪を三つ編みでまとめている豊満な体をした女性はシェリーといい、グラジオス王国に住んでいて、今日は買い物をしにチェスター領の街まで来たそう。
付き人とは買い物をしている最中にはぐれてしまったそうで、人通りの多い道に面しているこのカフェで、見つけてもらうのを気長に待つことにしたとのこと。
「あなたはどこから来たの?」
「ローラル皇国の王都から布を買いに来ました」
「そうなの。着ている服はローラル皇国を中心として人気になっている、貴族のドレスのような作りだけど貴族の生まれなのかしら?」
「はい。公爵家の令嬢ですわ」
「やっぱりそう。着ている服が立派ですものね。布を買いに来たと言っていたけど洋裁師なのかしら?」
「はい。布を買いに来たのも依頼された服にぴったりの生地を見つける為です。そうだ、布を専門に扱うシャルロッテ生地屋という店を知りませんか? ずっと探しているんですけど見つからなくて」
「ああ、その店なら知っているわ。でも、あそこは予約制だから、予約をしていないといくら公爵家の令嬢とはいえ相手にしてもらえないわよ」
「そ、そんなぁ!」
わざわざ王宮の魔道具を使わせてもらってグラジオス王国まで来たのに、これじゃあ無駄足じゃないっ!
私が頭を抱えて絶望していると、白い髪の豊満な体の女性が閃いたように人差し指を立てる。
「当てがないなら、予約なしでも利用できて、品質も値段も文句のつけようのない生地屋を知っているわ。ここから歩いてすぐだから案内してあげるわよ」
「ここで付き人を待たなくていいんですか?」
「一人で待っているのも退屈でしょ? もう2度と付き人に会えないわけじゃないんだし、少し寄り道するくらい平気よ。これを飲み終わったらすぐ向かいましょう」
アイスティーを飲み終えた後、シェリーに連れられて大きな道から外れた小さな道を歩くこと10分。
繁華街から外れた裏道に、こんな身なりの綺麗なシェリーが贔屓にしている生地屋とは思えないような歴史を感じる建物に連れてこられた。
言葉を選んで言うと、なかなか趣のある建物ね。
「ここの店主は気難しい人だけど、腕のいい人にはそれなりの対応をしてくれるわよ!」
「へ、へぇ……」
素人にはろくな接客をしないってこと?
「あれ、シェリー様じゃないですかい。今日はどうしたんだ?」
「今日はディルクさんの布が欲しい人を連れてきたのよ。私の顔を立ててこの人に生地を売ってあげてほしいの」
シェリーの後ろに立つ私が頭を下げると、ディルクというミルワード生地屋のスキンヘッドで髭を携えた強面な職人は、顔見知りであろうシェリーの親し気な対応とは違い、私には眼光を鋭くして睨みつける。
いかにも気難しい職人という感じね。
「今日はどんな生地がほしいんだ?」
「まずはこの店にどんな布があるのか、一通り見せてほしいですわ」
ディルクという職人は不機嫌そうに私を睨みつけると、何も言わず店の中へ入っていった。
中に入っていいってことよね? 中に入るわよ?
恐る恐る店の中に入ると、店の外観とは対照的に布がきれいに収納されていた。
肝心の布はどれも品質のいいもので、布が光沢を帯びている。
ここまできれいで品質のいいものは見たことがないわね。
「素晴らしい、それぞれの布の特徴を生かしつつ、一つ一つに糸の最善な織り方がされている。こんな品が作れるのは優れた技術と長年の経験を積んだ職人だけです。ディルクさんが腕のいい職人だということは、ここにあるたくさんの布を見ればわかりますわ」
「お! 嬢ちゃんわかるのかい。いい審美眼を持っているようだな!」
「はい、ここにあるものはどこからどう見ても一級品です。ここに来てよかった」
「いやぁー、そんなこと言ってもらえるのは嬉しいねぇー。職人冥利に尽きるってもんよ。好きなだけ見てってくれ!」
本当に品質のいいものばかりね。
奥の方に糸も売っているじゃない!
糸もきれいに色がついていて、艶もある。
間違いなく買いね。
糸も買っておくとして、私がほしい布がどこにも見当たらないわねぇ。
「あの、虫の繭の糸で織られていて、上品な光沢があり、吸収性、放湿性、染色性に優れている布はありませんか? 確か『シルク生地』と呼ばれていたはずなんですけれど」
「もしかしてラウラ生地のことか? あまり有名じゃないのによく知っているな」
ディルクさんのよると、ラウラ生地は謎に包まれた【美麗王朝プルクラ】のハイエルフや、ハイヒューマンなどが作っている生地だそうで、美麗王朝プルクラの住む森のみに生息する『ペトラ』という虫の繭からできているそう。
生地の特徴も書物に書かれていたシルク生地と一緒で、紫外線をカットしてくれて、染料が繊維の奥まで浸透して、深みのある上品な色合いになるとのこと。
ラウラ生地は美麗王朝プルクラの住人のみが作れる上質なもので、手間もかかっているので高級品の類だが、値段とは反してパティ―ニ生地ほどブランド性がなく、虫の繭でできているという悪い先入観で売れ行きが悪いので、あまり出回ることがないらしい。
シルク《ラウラ》生地を扱う店も少ない一方、ミルワード生地屋は美麗王朝プルクラの職人と直接生地の取引をしているので、シルク生地が手に入るそう。
ラウラ生地は、美の女神が説明したシルク生地とほとんど特徴が一致する。
私はこの生地を求めていたのよ!
「シルク生地は買う人が少なくてなぁ。取り扱うことをやめようと思ったこともあったけど、シルク生地の魅力をわかってくれる人が来てくれてうれしいよ」
「白のシルク生地はいくらしますか?」
「本当なら金貨6枚くらい貰いたいところなんだが、売れないせいで在庫が溜まっているし、お嬢ちゃんが気に入ったから金貨5枚で手を打とう」
「ありがとうございます! すごく助かりますわ。じゃあ、この金の糸もください」
「おお、いいぞ。金貨1枚だ」
できれば、アレがあればドレス作りの幅が広がるし、よりいいものができるんだけど、店の中を一通り見たけどどこにもなかったな。
まあ、アレが無くてもドレスはできるし、深入りされたくないから聞かなくてもいいか。
ブックマーク、評価をいただけると励みになります。
お気に召しましたらよろしくお願いします!




