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閑話 イアン・ダグラスの想い

 この俺、イアン・ダグラスは上流貴族の長男の生まれで、家督を継いでほしい家族の反対を押し切り洋裁師になった。

 俺は周りの貴族たちに愛想を使って権力争いをするより、洋裁師になって新たな人脈を作り、家の繁栄の力になって家族を喜ばせることのほうが性に合っていると思う。

 何より手先が器用で、おしゃれに敏感だったから、洋裁師が俺の天職だと思ったんだ。

 魔法学園の入学間近にようやく夢を見つけて、洋裁師になりたいと言った俺に家族はこう言った。


『 何もできないお前が洋裁師として成功するわけがない 』——と。


 俺の存在や意思を否定された気がした俺は、絶対に洋裁師として成功して、家族を見返すと誓った。

 そこから魔法学園の裁縫学科で勉強を重ね、老舗の洋裁店で修業を重ねて洋裁師ギルドに入り、自分の店を持った。

 俺は洋裁師としてもっと力を得るために、洋裁師ギルドのギルド長にごまをすって依頼をもらい、貴族が気に入るような豪華絢爛で派手なドレスをつくると、貴族から好評を得て次から次へと依頼が舞い込んで来るようになった。

 俺のドレスは貴族たちから気に入られ、洋裁師ギルドの中でも売れっ子の洋裁師になると、自分の店を持ち、はあっという間にゴールデンランクになった。

 そして気づけば国を代表する洋裁師になった。


 俺の作るドレスはみんなが褒め称え、誰もが俺のドレスを着たがった。

 今、この国には俺以上の洋裁師はいないだろう。

 だが、家族は俺を認めなかった。

 なんでだ? 俺は結果を出したじゃないか。

 貴族たちは俺のドレスを着たがるし、洋裁師ギルドでも売れっ子の洋裁師になって、自分の店はゴールデンランクになり、金もある。

 俺はこれ以上どうやったら『何もできない俺』から抜け出せるんだ。

 どうしようもない消失感に襲われていたある日、ローラル王国、第一王女の成人の儀のドレスを作ってほしいという依頼が舞い込んできた。

 これはチャンスだ。

 王族の依頼を成功させれば、さすがの家族も俺を一人前の洋裁師だと認めるだろう。

『何もできない俺』からも脱却できる。

 俺は2つ返事で依頼を引き受け、王宮に向かった。

 第一王女の従者によると、5名の洋裁師の中から一番素晴らしいドレスを選ぶとのことだったが、俺以上に素敵なドレスを作れる奴などいないに決まっている。

 ましてや隣にいる親のすねをかじっている世間知らずの学生で、洋裁師ギルドのギルド長の誘いを断って、平民相手に商売しようとしているような、ブロンズランクの洋裁師(女)に負けるわけがない。

 ——と、思っていたのに、俺は王宮の敷地の端にある迎賓館に作業部屋を用意されているのに対し、世間知らずなお嬢様の洋裁師(女)には第一王女が生活を送る別邸に作業部屋を用意されていた。

 あんな洋裁師(女)がこの俺よりも優遇されているだと!? 俺よりもあいつが優れていると言いたいのか?

 レオンが言うには、第一王女が指名して選ばれたらしいがそれがなんだ。

 俺の作るドレスは誰もがほしがる魅力的な物なんだ。

 あんな自分の身なりも気にしないような奴に負けるわけがない。

 そうと決まれば、誰よりも早く、第一王女も気に入るような豪華絢爛なドレスを作ろう。

 俺は誰よりも早く作業を始めて2カ月が経ち、仮縫いに入ったところだった。



「あの洋裁師(女)のドレスが完成しただと!?」



 ただのドレスを完成させるのにも間違いなく2カ月以上かかるぞ。

 それなのに、洋裁師人生に関わる第一王女の成人の儀のドレスをそんな短期間で作るなんて。

 おそらく、今までの仕事とは比べ物にならないほどの重圧なプレッシャーのかかるドレス作りがうまくいかず、周りの洋裁師には敵わないと思い、勝負を投げ出したのだろう。

 きっとあの洋裁師(女)と同じで、デザインも作りも甘い考えのドレスに仕上がったに違いない。

 気分転換に、どれほどのものに仕上がったのか、高みの見物と行こうじゃないか。

 俺は第一王女の別邸に出向き、使用人にあの洋裁師(女)の作業部屋とドレスがある場所を聞き出し、こっそりと周りの様子を伺いながらで侵入した。

 


「な、なんなんだ……、このドレスは……っ」



 クローゼットを開け、目の前に飛び込んできたのは、落ち着いた色合いなのに地味なわけでもなく、魔法石が全体に散りばめられているのに、下品な印象がないバランスのいいドレスだった。

 スカートは同系色の青が、上から下に行くにつれて薄くなっていて、金貨30枚以内で作ったとは思えない華やかさがある。

 洋裁師として長い間商売をしてきたが、こんなドレスは見たことがないし、思いついたこともない。

 どうしてこんなドレスを作ることができるんだ。

 そこら辺の洋裁師とは次元が違う。

 驚くのはそれだけではない。

 手縫いされたところは縫う間隔がどれも均等で、ドレスの裏地を見ても表のようにきれいない縫い目。

 糸のほつれもなければ、縫い代が見えるところもない完璧な仕事だ。

 この丁寧で完璧な作業をしているのに、なんで2カ月という短期間でこの完成度が出せるんだ?

 この完成度と技術は人間が作れる代物ではない。

 他の洋裁師たちのドレスは見ていないが、間違いなくこのドレスが選ばれる。

 このドレスがある限り俺のドレスは選ばれることはない。

 そうなったら俺は『何もできない俺』のままだ。


 …………そんなのダメだ。


 このチャンスを逃したら俺が家族から認められる機会はない。

 だから、何としても第一王女に俺のドレスが選ばれないといけない。

 その為ならなんだってやってやる。

 俺は腰にぶら下げている短刀を手に取り、ドレスに手を伸ばす。

  ドレスに短刀の刃を当て、何度も上から下に振り落として、修正が不可能なほどドレスをビリビリに引き裂いた。



「これで俺は、『何もできない俺』から抜け出せる……」


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