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26話 シャーロット・ヴェルデ・ローラル

 私が作ったドレスがビリビリに破かれていることは、宰相のエミール様にも伝わったようで、私の作業部屋まで数人の使用人を連れて駆け足でやって来た。



「誰がこんなことを……」

「ここまでビリビリに破かれたら修復は不可能です。また一から作るしかありません」

「オルガ様、申し訳ありません。オルガ様からドレスの保存を引き受けたのにこんなことになってしまって……」

「レオンさんは悪くありません。悪いのはドレスをこんな風にした犯人だけです。ここ最近でこの部屋に入った人はいるんですか?」

「あくまでオルガ様の作業部屋なので、入る人はドレスの保存を頼まれた私か、掃除を担当するごく一部の使用人だけです。ですが、オルガ様のドレスを引き裂くような者がいるとは思えません」



 重い空気が部屋中に広がる中、若くてそばかすがチャーミングなメイドが、ゆっくりと手を上げると、たどたどしい声でと口調で、



「あ、あの、私にオルガ様の部屋の場所を聞いてきた人が一人だけいます」

「誰ですか?」



 アーニャは下を向いて口を尖らせると、小さな声で「イアン様、です」と呟いた。

 容疑者としてイアンさんの名前を聞くと動機はすぐに浮かんだ。

 私が作ったドレスが選ばれないように、ドレスをビリビリに引き裂いたのでしょう。

 そばかすの使用人の発言で、その場はイアンさんが犯人で決まりという空気になった。



「どうしますか? 国王にこのことを話して、イアン様を洋裁師候補から外してもらいますか?」

「否定するに決まっていますが、まずはイアン様から話を聞きましょう。オルガ様にはもう一度ドレスが作れるよう金貨30枚を用意してもらうよう頼んでみます」



 レオンは簡単に言うが、今からドレスを作ったら完成したとしてもギリギリで調整や修正はできないし、時間に追われる焦りで、完成した紺色のグラデーションドレス程のクオリティのドレスはできないでしょう。 

 お金だってこの非常事態が想定されていなくて、もう一度ドレスを作るためのお金が用意できない可能性だってある。

 つまり、私は危機的状況にいるってわけね。

 でも、優秀そうなレオンのことだから、うまくやってくれるでしょう。




「ドレスを作る資金は一銭も出せないってどういうことですか!?」

「申し訳ありません。皇帝陛下に事情を話し、ドレスを作る資金を出してほしいとお願いしたのですが、隣で話を聞いていた皇后陛下が「他の洋裁師たちも同じ条件で頑張っているのだから、どんな事情であれ再びお金を払うわけにはいかない」と言って、私のお願いを却下されてしまいました……」


 つまり、残り2カ月で金貨10枚以内に、シャーロット様に選んでもらえるようなドレスを作らなきゃいけないってこと!?

 紺色のグラデーションドレスですら安く仕上がったと思っていたのに、ドレスを作るときに渡された、資金の3分の1のお金でドレスを作るなんて無理に決まっているじゃない!

 レオンはこんなことになって責任を感じたのか、頭を深く下げて何度も謝って来た。

 確かにこんなことになって、レオンに腹が立たないかって言ったらうそになるわよね。

 でもあくまで悪いのは犯人よね。

 レオンに八つ当たりするのはやめて、今は金貨10枚でドレスを作る方法を考えましょう。




 作業部屋に戻った私は、机の上に紙を敷いて鉛筆を片手に、金貨10枚以内でドレスを作る方法を考えるけど、どうやっても所持金を超えてしまう。

 色付きのサテン(レインズ)生地を使うにしても、サテン(レインズ)生地を買うだけでお金のほとんどを使ってしまう。

 白のサテン(レインズ)生地を使う?

 いや、真っ白だとウエディングドレスと似た印象になってしまいそうだし、白のドレスは王族には嫌われているわよね。

 どうやって金貨10枚以内で成人の儀に釣り合うドレスを作るのよ?


 机に肘をついて、何かいいものがないか頭を抱えて考え込む。

 あー、ダメだ、何もいい案が浮かばないわ。

 頭をあげて、ふと、窓の外に視線を向けると、シャーロット様にそっくりな人と目が合った。

 いやいやいやいや、そんなわけないわよね!

 だってここ2階だし。

 一回窓から目を離し、腕で目をこすった後、もう一度窓を見る。

 うん、やっぱり人がいる。

 しかも、その人はあんなに大人しそうだったシャーロット様で間違いないわよ。

 どうやら2階の高さまで木に登ったみたい。


 一体何で?


 状況は理解できないけど、このまま放っておくわけにもいかないわよね。

 木から降りるよう注意しておきましょう。


 窓に近づくと、シャーロット様はテリトリーに入られた猫のように過敏な反応をする。

 歩み寄った足を止めると、シャーロット様は2階ほどの高さがある木から飛び降りようとしたので、私はとっさに窓際まで駆け寄り、大きな声で、



「私とお話しませんか!」

「…………は?」



 シャーロット様は私の突然の誘いにびっくりしたようだったが、そのおかげで木から飛び降りずに済んだわ。

 木から降りた後、私とシャーロット様は洋風の東屋でアフタヌーンティーを楽しみながら話をすることにした。






 突然の誘いにもかかわらず、シャーロット様が王宮の庭にある東屋に、香りが非常にいい紅茶と、手の込んだお菓子を用意してくれた。

 食べていいのか伺いながら紅茶を飲んでみると、紅茶は口いっぱいにいい香りが広がって、私がいつも朝に飲んでいる高いハーブティーよりも高級な感じ。

 私がいつも飲んでいるハーブティーより質がいいって、いくらするのよ!

 紅茶がここまでおいしいならお菓子も期待しちゃうわね。


 いくつものお菓子が机に置かれている中、小さなカップケーキを食べてみると、甘さが控えめで上品な感じ。

 甘さが強い貴族のお菓子とは違って、甘さが控えめなのはさすが皇族が食べているお菓子ね。

 問題なのは、木を登っていたとは思えない程静かなシャーロット様と話が続かないことよね。

 社会性に優れている私でも話が続かないってよっぽどよ!


 話をしませんかと言ったのは私のほうだけど、すでに帰りたい。

 でも諦めちゃいけない、諦めたらそこで試合は終了する。

 そうだ! 木に上っていたことを話せば会話が広がるかも!



「シャ、シャーロット様は木登りが得意なんですね。全然そんな印象がなかったので、目が合ったときはびっくりしました」

「はい。こう見えても動くことが好きで、小さいころは庭を走り回っていました。木に登ることははしたないことなので禁止されていますが、気分転換したいときは今でも内緒で木に登るんです。どうか先ほどのことは内緒にしてくださると助かります」

「は、はい、もちろんです。シャーロット様は見かけによらず、活発な女の子なんですね」

「ありがとうございます」


「…………」

「…………」



 会話が終わったぁ。

 この場にいることがつらくて仕方ない。

 早く帰りたいよぉ……っ。



「ドレス作りは順調ですか?」



 初めてシャーロット様から話を振ってきた!

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 なんとしても話を盛り上げて見せる!



「ええ、ドレス作りは困難なこともありますが、絶対にシャーロット様と成人の儀に見合うような素敵なドレスを作って見せます!」

「レオンからあなたが作ったドレスが切り裂かれていたと聞きました。しかもドレスづくりの資金は出せないと言われたとか。しかもドレスを作る期間も限られている。それでも素敵なドレスを作れるのですか?」

「……わかりません。残りのお金でドレスを作ろうとしているんですが、どうしてもお金が足りません。正直に言うと不可能に近いです。それでも、依頼された限り、どんな状況でも最高のドレスを作りたいと思っています」

「素晴らしいプロ意識ですね。感心しました」

「でも、なんでドレスを金貨30枚以内で作るようにしたんですか? 国の予算を惜しみなく使った成人の儀には釣り合っていませんし、王位継承者一位の成人の儀にしてはドレスに金貨30枚は安すぎやしませんか?」

「金貨30枚のドレスが安い、ね……」——と、耳を澄まさないと聞こえないくらいの声でつぶやく。

「金貨30枚という金額は洋裁師たちの腕を見るためです」

「と、言うと?」

「皇族のドレスを、しかも成人の儀のドレスを作る上で金貨30枚というのは結構ギリギリの金額で、素敵なドレスを作りながら、どううまくお金をやりくりするかを見ています。お金を無駄遣いせず、金貨30枚とは思えない程、豪華で素敵なドレスを作った洋裁師を私専属の洋裁師にするつもりなんです」

「でも、なんでシャーロット様はそんなにお金に厳しくするんですか?」



 失礼を承知で聞いてみると、予想外の答えが待っていた。



「私は、今の貴族と平民の大きな格差に疑問を抱いています。平民が汗水垂らして働いていながら黒と白一色の単純な作りの服しか着られない一方、貴族や王族は、平民が生活費を切り崩して国に払っている国税で、贅沢な暮らしをして豪華絢爛な服を着ている。それが納得できません」



 あ、あれぇ? 国民が抱いているシャーロット様像とはずいぶん違うじゃない。

 イメージのシャーロット様は平民のことなど顧みず、貴族社会を尊重するはずなのに、今、私の目の前にいるシャーロット様は、貴族よりも平民のことを考えているわ。

 一体どういうこと?



「でも、弱気で自分の意思を口にすることができない私は、周りの貴族社会を尊重する大臣たちの言うことを聞くことしかできません。そんな人、女帝に向いていませんよね」



 前の人生では、平民を顧みない最悪の女帝として処刑されるシャーロットだけど、本当は自分の意思を伝えられないだけで、平民のことをこんなにも考えていただなんて……。

 本当は処刑されるような悪役キャラではなく、国や平民のことを思う女帝にふさわしい人じゃない。

 この先、勘違いされたまま処刑されたらシャーロット様がかわいそうすぎない?

 よし、決めた!

 私はシャーロット様の意思を尊重しつつ、自分の意思を言えるような、自分に自信が持てるようなドレスが作ってみせる。

 そして、シャーロット様の処刑を防いでやる!


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