19話 未知の料理
馬車の運転手に街に行くよう指示すると、数分で街がたくさん並んでいる大通りまでやって来た。
町は人で溢れ返っていてとても賑やか。
私とリュウとアレックス、アンは馬車を降り、アクセサリー店や雑貨屋を一通り回って、リュウとアレックスから意見を聞いては、欲しいものを買い漁った。
もちろん私の私利私欲を果たすだけのために買い物に来たわけじゃない。
町にある洋裁店を見つけ次第入って、リュウと一緒に今後の洋服作りの参考にするためにいろんな洋服を観察して、気に入ったものは値段など気にせず買ったわ。
満足する頃には荷物持ちのアンだけは持てなくなるぐらい買ってしまって、リュウとアレックスにも荷物を持ってもらった。
「荷物を持ってくれてありがとう。みんなにも買ってあげたのに本当にいらなかったの?」
「ああ、俺は間に合っている」
「僕もです」
「私もオルガお嬢様の買い物に同行できるだけで幸せです」
「そう、それならいいんだけど。それより、休憩を兼ねてどこかで食べない? おなか空いちゃった!」
「それなら俺のおすすめの店があるぜ。ちょっとぼろいけど味は保証できるぞ」
「いいわねぇ、そこに行ってみましょうよ」
リュウがおすすめする店は貴族たちが多くいる町から外れて、平民が利用する町の人通りの少ない通りにあった。
それは『フルモス』という名前の店で、リュウの言う通りぼろくて、店をやっているようには見えなかった。
本当に入っていいのか疑問に思いつつ、店に入っていくリュウの後ろについていくと、ピンク色の長い髪をお団子にしてバンダナを被った若い見た目の女性の店主が、新聞を読みながら店番をしていた。
「へーい、適当に座りな」
「ババア、いつものスイーツを頂戴」
「あいよ」
店主の態度は悪いものの、店内の雰囲気はぼろいのにどこか味があって魅力的ね。
なんだか今まで高級な店ばかり利用していたから、こういう感じの店は新鮮だわ。
でも、このぼろい店で出されるスイーツとは一体何なのかしら?
ガタついて座り心地の悪い木の椅子に座って待つこと数分でリュウがよく頼むスイーツが出てきた。
それはいろんなものを食べてきた私でも見たことがないもので、リュウ以外の皆も初めて見るようだった。
「これは、豆……?」
「そうだ。これはタール豆を甘く煮て、穀物をすりつぶして丸めたものを入れた『モルタール』という料理だ。アタイの地元で食べられていたものだな」
いやいや、豆を甘く煮たものなんて見たことないし、穀物をすりつぶして丸めたものはもっちもちで初めての感触だわ!
まさかこんなところで未知の物と出会うなんて。
こんな得体のしれないもの食べるのが少し怖いわ。
私やアレックス、アンがためらう中、リュウはあっつあつの『モルタール』に臆することなく、汗をかきながら夢中で喰らいついている。
見た限り、体に害はなさそうね。
私は意を決して『モルタール』を頬張ると、ねっとりとした甘さともっちもっちの感触がハーモニーを奏でて、今までにない美味しさを出していた。
「何これ、すっごくおいしい!」
「よかったぁ、この料理は好き嫌いがはっきり分かれるから、オルガが気に入るかドキドキしていたんだ。気に入ってもらえてうれしいよ」
「他にも変わった食べ物はないの?」
「そうだなぁ、豆からできた調味料とか、真っ白な穀物とかならアタイの地元にあるぞ。だが、店に出すことは不可能だな」
「なんで?」
「この店はあともう少しで閉店するんだ」
「ど、どうしてだよ! 初めて聞いたぞ。俺、この店がなくなったら『モルタール』が食べられなくなるじゃないか!」
「気に入らない話なんだが、この店の土地に新しい店を建てたい貴族から、立ち退きを要求されていて、今まで何度も断っていたけど、嫌がらせがうちどころか周りにも及んでねぇ。自分は構わないが、これ以上周りに迷惑をかけないためにも、この店を閉めて立ち退くことにしたんだ」
食べられないとなったら余計食べたくなるじゃないっ。
それに、そんな身勝手な貴族のために、こんなにおいしい料理屋さんがなくなるほうが気に障るわ。
こんなおいしい料理が食べられる場所を簡単に失って堪りますかっ。
「安心して、この店は私が守って見せる」
「でもどうやって? 相手は伯爵家なんだぞ?」
「そんなの何の壁にもならないわ」
一度家に帰った私はお父様にお願いして、日本食を出す店主の店を閉店に追いやろうといた貴族に圧力をかけて、店の土地に新しい店を立てることを中止させると同時に、店や周りの人たちに嫌がらせをすることをやめるよう契約書を書かせた。
伯爵家の貴族は不満げだったが、少し脅しを入れると怯えてあの店とは二度と関わらないと約束したわ。
そしてお父様にお願いして、日本食を作る店主の店をもっと立派で新しいものに作り替えるよう上目遣いでお願いすると、即答でОKをもらい、翌日工事に取り掛かった。
やっぱり、私は2度目の人生もわがままであることは変わらないようね。
店主は驚くことがありすぎて理解が追い付いていないようだったけど、1週間後に店が完成するとようやく現実味を帯びたようで、私に何度もお礼を言ってきた。
「ありがとう、本当にありがとうっ。店を閉店せずに済んだだけではなく、こんなに立派な店を建ててくれるなんてっ。この恩はいつか必ず返す」
「お礼ならこれから店主さんの地元の料理をたくさん食べさせてもらうことでいいわ。これから私も贔屓にさせてもらうから楽しみにしているわね」
「もちろんだ! これからは無料でいくらでも食わせてやる」
これであの美味しい料理が食べられる~っ。
楽しみでしょうがないわ!
後日、リュウとアレックスに店の立ち退きを退かせ、経営を続けられるようにしたうえ、店も新しくしてあげたと伝えて、「また一緒に行こう」と誘った。
私の行動力にリュウは体を跳ね上がらせて驚いた後、穏やかな表情になると優しい声で、
「オルガは本当にいいやつだな。まるで女神様のようだ。オルガみたいなやつと一緒に居られて俺は幸せだ」
リュウは精一杯短い腕を伸ばして私の頭を撫でると、穏やかに微笑むと、アレックスはリュウの手を払って私の頭を撫でる。
2人は揉み合いになっているけど、リュウもアレックスもまたあの店の料理が食べられることがうれしいのね。
またリュウとアレックス、アンと一緒に、この店の料理を食べに行こうかしら。
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