2話 さっそく行動に出ましょうか
とっさに体を起こすと、そこはいつも生活している私の部屋。
ベッドの隣のドレッサーの鏡に目をやると、つやつやのピンク色の長い髪に、白いクラリスの花の髪飾りをつけた、煌びやかな装飾と豪華な生地を使った華やかなドレスは、豪華な生活をしていた頃の私そのもの。
胸にあった痣が濃くなったことを確認することで、今まで経緯を思い出すと同時に、不幸な人生を送る以前の人生に戻ったことを察した。
机の上に、ヴェールトウ魔法学園の入学の手続きの冊子があると言うことは、長い歴史と権威のあり、生徒のほとんどが貴族のエリュトロン魔法学園の姉妹校の、ヴェールトウ魔法学園の入学式が間近に迫っていると言うことでしょうね。
状況を整理していると、メイドの一人が学園の入学式に着る、有名デザイナーにお金を惜しまず作らせたドレスが完成したと知らせに来た。
没落貴族になった時は、冬なのに薄くてみすぼらしい服ばかりで、寒さを防ぐことに精一杯でおしゃれなど考えられなかったから、久しぶりの豪華でおしゃれなドレスは楽しみすぎるわ。
ドレスが置いてある部屋に続く廊下を、鼻歌交じりでスキップしながら向かうほどに。
ドレスが置かれている部屋の前に着き、扉をゆっくりと開くと、オルガの目に入って来たのは、生クリームがべったりと付いたドレスと、その汚れを必死に布で拭っている中性的な見た目のメイドの姿。
「こ、これは……一体どういうことなの、かしら……?」
「も、申し訳ございませんっ! オルガお嬢様がこの部屋でドレスを見ながらおやつを食べたいと言っていたので、ショートケーキをお部屋まで運んでいたら足を滑らせてしまい、このようなことに……」
わ、私が楽しみにしていたドレスが……っ。
「本当に申し訳ありませんでしたっ。どんな罰も受ける覚悟です。クビでも拷問でも処刑でも何でもしてくださいっ!」
本当に許せないっ、私がどれほどドレスの完成を楽しみにしてきたと思っているの?! クビにしたってこの腹の虫は収まらないわ。
アンと言うメイドを睨みつけていると、この子をどこかで見たことがある気がした。
私は頭に手を当てて考え込む。
思い出したわ! このメイドはミオ・サクラの名前を世界中に広げると同時に、私の悪名を世間に広めるきっかけを作る、これから人気になる吟遊詩人だわっ。
そう、平民のアンは吟遊詩人を目指していて、皇都で開かれる才能溢れる吟遊詩人を発掘するためのオーディションに出るために、貴族の使用人たちに豪華な服を貸してほしいと頼んでいるところを目撃するの。
だが、ドレスを汚したアンは私の気まぐれで処刑は逃れたものの、屋敷をクビになり、路頭に迷っていたアンに偶然居合わせたミオ・サクラが、吟遊詩人オーディションに出るための素敵な服を作った。
後に有名な吟遊詩人になったアンが広げ、世界中にミオ・サクラの名前を轟かすと同時に私の屋敷での悪事を暴露して、世間に私の悪名を広げるきっかけになるがアンなのよ。
もしかして、アンの夢である吟遊詩人になるよう協力すれば、私のいい印象を世界中に広げて、私に対する平民のイメージを変えるかもしれない!
私が不幸な人生を歩まないためにも、アンを吟遊詩人にする手伝いをしましょう!
——となれば、まずはアンに好印象を与えるために、ドレスを汚したことを責めることはせず、許してあげることからね。
本当なら泣きじゃくるほど責めてやりたいところだけど、不幸な人生を歩まなくて済むなら、これくらい我慢しなくちゃいけないわね。
「いいのよ。あなたは仕事をしていたんだから、ちょっとのミスぐらいしょうがないわ。今度から気を付けるようにしてちょうだいね」
私の対応に、私の横で震えながらうなだれているアンも、壁際で怯えていたメイドたちも、体を跳ね上がらせた後、ガタガタと震えながら目を見開いて驚いている。
「いつもなら気に入らないドレスを持ってきただけで、メイドをクビにするオルガお嬢様がどうなさったんですか!?」
「こんなこと、今まで一度もなかったわ。大災害が起きる前兆かも……」
そこまで言う必要はなくない?
メイドたちが驚くのは、オルガと言う人間はわがままで、横暴だったっていう証拠でしょうけどね。
とはいえ、アンをクビにしなかったことで、路頭に迷ってミオ・サクラから助けられることはなくなった。
ゲームの世界では明日が吟遊詩人の発掘オーディションが開催されるはず。
だからアンが豪華な服を手に入れるために行動するのは今日。
今のうちにオーディションにふさわしい、豪華で華やかな服をすぐに出せるよう準備しておきましょう。
その時は夜中に起きた。
アンが手当たり次第に貴族の使用人に、豪華なドレスを貸してもらえないか頼んでいる姿を目撃する。
これで、豪華なドレスを貸してあげれば、吟遊詩人になったアンが、平民たちに私の功績を広めてくれるはず。
そして平民たちに好印象を与え、反乱を起こさせないと言う寸法よ。
我ながらいい案ね。
そうとなればさっそく行動よ!
私は貴族の使用人に頼みを断られ、うなだれているアンの後ろから話しかけると、アンは体を跳ね上がらせた後、ゆっくりとこっちに振り返る。
そして私であることを確認すると、ビシッと姿勢を正し、勢い良く頭を下げる。
「オルガお嬢様っ、どうかなさいましたか!? 私はまた粗相をしましたでしょうか!」
「いえ、そうじゃないの。吟遊詩人のオーディションに参加するあなたのために、私のドレスを貸してあげようと思って」
アンは私の提案を聞いてしばらく放心状態になったと思ったら、ゆっくりと廊下の壁まで歩み寄り、何度も頭を壁に打ち付ける。
「ちょっとぉっ、一体どうしちゃったの!?」
「これは私の都合から生み出された幻覚なんだっ。じゃなきゃあのオルガお嬢様が使用人(私)なんかのためにドレスを貸してくれるなんて言うわけがないっ。早く目を覚ましてよぉ、アン・マーベル!」
「ちょっといったん落ち着こうか、ね? ね!?」
壁に頭を打ち付けるアンを壁から離れさせ、赤くなった額をさすってあげた。
その行動にも驚いてパニクっているアンを部屋まで連れていき、ハーブティーを飲ませると、ようやく落ち着きを取り戻した。
「申し訳ありません、取り乱してしまって……。まさかオルガお嬢様にお茶を淹れてもらう日が来るとは思いませんでした」
「このハーブティー美味しいでしょ? 気持ちを落ち着かせる効能もあるのよ」
「はい、とても美味しいです。私はオルガお嬢様に良くしてもらったこの日を絶対忘れません」
お、大げさね……。
アンはハーブティーを全部飲み切ったことだし、本題に入るとしましょうか。
ティーカップを机に置き、衣装部屋の扉を開くと、そこには準備しておいた特に豪華で高級なドレスがずらっと並ぶ。
いつも衣裳部屋を整理しているアンだけど、ここまで豪華なドレスが勢ぞろいしている光景は圧巻だったのでしょう。
アンはためらいながらも、どれにしようか目移りしているようね。
平民のアンでは到底着る機会のない服ばかりだから、悔いのないよう迷うだけ迷えばいいわ。
それから私はハーブティーを飲みながらアンを待っていて、アンは一着一着手に取ってはどれにしようか迷っていたようだけど、ようやくお気に入りのドレスを見つけようね。
アンは一級品の真っ赤な生地に、魔法石がふんだんに使われたドレスを私のところまで持って来たわ。
ドレスを持って着たアンは、頬を赤くしておどおどしていて、私と目を合わせようとしない。
きっと照れ臭いのね、可愛いところがあるじゃない。
「いいわ、そのドレスはあげるわ」
「そんな! 今日一日貸してもらうだけで十分です。もらうだなんて図々しいことできませんっ」
「いいのよ。いつも私の周りの世話をしてくれているお礼よ。そうだ! 着るのに慣れておくように一回着てみたらどうかしら?」
それもそうですね、と私の部屋の隅の衝立の中で服を脱ぎ、手慣れた様子でドレスを着るアン。
一人でも難なくドレスを着られるのは、いつも私にドレスを着させている成果かしら?
だが、ここで問題が。
「あ、あれ? 胸が苦しくてチャックが閉まらない……っ」
どうやら豊満な胸を持つアンには、小さな胸に合った私のドレスがきついみたい。
貧相な胸にぴったりのドレスは、たわわと実ったアンの胸では合わないようですねー。
大きな胸も大変ですねー。
一方で絶壁の胸の私だと肩が凝ることもないし、邪魔になることもないのでいいですよー。
あ、あれ、前がかすんで見えないや……。
熱くなる目を拭い、ほかのドレスも試してみるけど、どれも胸がきつくて着るどころではない。
まさかこんな形で躓くとは……。
しょうがない、今すぐオールバーン家直属の洋裁師を呼んで、アンの体に合うドレスを作らせましょう。
だけど、アンによるとオーディションは明日の朝すぐに行われると言うことで、真夜中で残り数時間しか残っていない今では到底間に合わないのは確か。
平民の着る服で着るしか方法がないが、貴族が多く参加するオーディションでは、着飾って華やかさを演出しないと、まず選ばれることはないとのこと。
アンを吟遊詩人にしなければ、私の好印象のイメージを平民たちに広めることができないじゃないっ。
「いいんです、私はオーディションに出ることを諦めます。よく考えれば今の生活に満足していますし、吟遊詩人になることがすべてではないので」
そう言う割にはずいぶん未練ったらしい顔をしているじゃない。
本当は吟遊詩人になりたくて、稼いだお金でドレスを買うためにお金を貯めていたんだでしょう?
貧しい家族に仕送りしなくていけなくて、気に入らない者は即座に解雇する悪役令嬢の力を借りるほど、追い込まれていたくせに。
「アンの服は私が作ってあげるわ!」
「お、お嬢様が!? そんなことできるのですか?」
「私はいろんな服を着てきたのよ? 服を作るくらいなんてことないわ」
申し訳なさそうにしつつ、不安そうに表情を強張らせるアン。
大丈夫だよ、とアンの背中を叩いて半ば強引に納得させた。
そうとなればオーディションにふさわしい服を作ってあげましょう。
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