10話 人を生かした服
それからもリュウと親しげに話していると、窓の外にクレアさんと旦那さんらしき人物が歩いている姿が見えた。
「リュウ、あれクレアさんじゃない?」
「本当だ、隣を歩いているのは旦那さんかな?」
リュウと一緒に渡し側の窓からクレアさん夫婦を見ていて、思ったことがあったわ。
2人が並んで歩いていると、旦那さんより背の高いクレアさんは周りから見ても目立っていた。
こうなってくると話が変わってくるのよね。
平民が貴族の家に嫁ぐことはなかなかないから、旦那さんの貴族の家族に認められるのも一苦労なはず。
クレアさんは貴族の旦那さんを立てるべきなのに、旦那さんより背が高い上、豪華なドレスを着て悪目立ちをするようなら、クレアさんは旦那さんと旦那さんの家族に恥をかかせてしまう。
できることなら、クレアさんの高身長を目立たなくして、悪目立ちせず、貴族の旦那さんの家族にも認められるようにしてあげたいわ。
それから授業以外の時間も、リュウと一緒に魔獣を育てている小屋で、どうやって背の高さをごまかすドレスをどう作るか考えていたわ。
でもいまだにいい案は浮かばないまま。
どうやっても納得できるドレスが浮かばないまま昼食のベルが鳴り、わざわざ離れている食堂に行くのはめんどくさいので、魔獣を飼育施設でお昼を済ますことにした。
魔獣の飼育施設で済ますとはいえ、お弁当を持ってきているわけではないので、アンに頼んで昼食を運んでもらうことにした。
リュウの分も用意すると言ったんだけど、「俺は昼食を持ってきているから大丈夫」と言って聞かないので、私の分だけ持ってきてもらった。
アンは食事を持ってくる際、やけにリュウを凝視していたけど、同じ年頃の男の子に緊張していたのかしら?
照れくさいのか私から離れようとしなかったわ。
食事を持って来たアンは、洗濯ものの途中だったことを思い出し、しぶしぶ私の寮の部屋に戻っていった。
食事も来たことだし、さっさと食べてまた話し合いましょう。
私は、この国の貴族が主食とする白いパンと、牛肉柔らかくなるまでワインで煮込んだスープに、サラダを持ってきてもらった。
アンによると日替わりの食事の中から、私好みのものを選んでくれたらしい。
さすがアン、私の好みをよくわかっているわ。
私がスープをすする横で、リュウは主に平民が食べる黒いパンと、蒸した芋にバターをのっけて食べていた。
あくまでリュウの食べているものは平民が食べるもので、貴族御用達のホテルのシェフが作っていて、高級食材を使っている学園の食堂の料理のほうがおいしいに決まっている。
でも蒸した芋の余熱でバターが溶けて良い香りが漂ってくると、どうしても食べたくて仕方がないわ。
「リュウ、その芋を分けてくれない? 私のスープとパンも食べて良いから」
「俺はいいけど、オルガが食べているものほどおいしくないと思うぞ」
「いいの、平民が食べているものを食べる機会がないから興味があるの」
「いいぞ、ほら」
リュウはバターが溶けた芋を半分に割って私にくれた。
まだほんのりと温かい芋を頬張ると、バターの塩っ気がほんのりと甘い芋をさらに甘くして、芋もホクホクだ。
芋は平民が食べるものと思っていたけど、こんなにおいしいだなんて!
「この芋とっても美味しいわ! こんなにおいしいものを食べていなかっただなんて、ほとんどの貴族は損をしていたのね」
「大げさだなぁ」
私は食事の作法など気にせず、豪快に芋にかぶりついていると、リュウは私を指さして腹を抱えて笑う。
「ははははっ、鼻にバターがついているぞ。本当にオルガは今まで見てきた貴族とはまるで違うな!」
「だって、こだわりにこだわった慣れない料理より、素材を生かした料理の方がおいしい時があるじゃない。それと一緒よ」
「確かに! いいお肉を塩コショウで焼いたり、新鮮な野菜を素焼したりするのが一番おいしいかもな」
「自分が持っている良さを生かすのが一番ということかしらね」
…………待って?
もしかしたら、それはクレアさんも一緒なんじゃないかしら?
身長の差を目立たなくするのではなく、クレアさんの高身長で細身の体を生かした素敵なウエディングドレスにしたらいいのでは?
派手な装飾をつけずにシンプルなものにすれば、下手にこの世界の高級品のドレスを着るよりも目立つこともないだろう。
身長の差を目立たなくすることはできないかもしれないけど、身長が高く、細い体を逆手にとるような素材を生かすドレスを着て、義理の両親や周りに身長が高く、細い体は長所だと知ら占めれば、平民のクレアさんも貴族たちから認められるはず!
美の女神、ぴったりの物はある?
『はい、ありますよ。これです』
美の女神の声とともに頭に流れてきたドレスの映像は、今まで見たこともないシルエットの物で、クレアさんの細身の体と身長を生かすにはぴったりね!
それに今まで見たことのないシルエットだから、派手な装飾を使わなくても目立つことができそうね。
「これで行こう!!」
「わっ、びっくりしたぁ! 手が止まって固まったと思えば急にどうしたんだよ」
「リュウ、こういうドレスはどうかしら?」
ペンを持つと、板の上に置いた紙に頭の中に流れてきたドレスをそのまま描き出す。
『私が最善だと思ったドレスは、【マーメイドライン】と呼ばれるドレスです。
上半身から膝までがタイトなラインで、膝から下がフレア状になっているもの。
体にぴったりとフィットすることで体のラインがわかり、女性らしくエレガントな雰囲気になることが特徴です。
マーメイドラインのドレスは、身長が高く、スリムな体系の女性に似合うデザインで、パリコレモデルのような体系のクレアさんにはピッタリ。
それに、コルセットを使わないから、着るのも楽だし着心地もいいからクレアさんの負担も少ないはずですよ』
リュウは私の描いたデザイン画を見て、目を丸くして固まっている。
確かに驚くのも無理はないわね。
この世界には体のラインに沿ったドレスは存在しないのだから。
「た、確かにこのドレスならクレアさんの高身長を生かすことができるかもしれない。でも、本当にこんなドレスを作ることは可能なのか? 俺が今まで見てきたドレスとはまるで違うから作り方がわからないぞ」
「大丈夫、私に任せて!」
とはいえ、デザインに時間をかけたせいで、期日まで時間が迫っているのに、やらなきゃいけないことは山のようにある。
まずすることと言えば、ブライダルインナーを着たクレアさんの採寸ね。
実習の時に渡されたクレアさんの体のサイズは、コルセットをつけた状態のものだったから、ブライダルインナーを着てもらって採寸しないと。
リュウと話し合った結果、明日の朝一番にクレアさんの家がある皇都から西にある『キヌイ』という町まで馬車で向かうことにした。
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