9話 貴族の傲慢さ
魔獣たちに囲まれながら木の板の上に紙を置き、デザイン画を描きながら話し合っているんだけど、魔獣の鼻息が頭に当たって集中できないわね。
気は逸れちゃうけど、これも好感度を得るため。
我慢、我慢。
「貴族の男性と結婚するクレアさんのウエディングドレスだけど、高級な生地を使って高級感を出せば、無理に装飾で豪華にする必要はないと思うの。平民のクレアさんを受け入れてもらうためにもクレアさんを生かしたドレスが作れるといいな。レフラー君はどう思う?」
ただ、今まで勉強してきた知識をもとに、実習のウエディングドレスの話し合いをする上で意見を求めただけなのに、リュウは口を開いてぽけーっとしている。
何、気を抜いているのかしら。
もう少しまじめに取り組んでほしいところだわ。
「どうかしたかしら? 何か言いたいことがあるなら遠慮なく言っていいのよ」
「いや、貴族のお嬢様が平民の俺に意見を求めたり、平民のことを考えてデザインしたりするとは思わなくて……。俺の貴族の印象は平民の意見など取り入れない横暴なものだったから」
あら? 私の心の広さに気づいちゃった?
まあ、勝手に進めたらリュウに悪い印象を抱かれ、悪名が平民たちの間で広がり、不幸な人生に一直線だからね。
それに前の人生で知ったけど、ではリュウはそれなりにいい腕に洋裁師だから、いいものを作る上では頼るのが最善でしょう。
「何言っているのよ。1人で考えるより、誰かと一緒に考えたほうがいいものができるに決まっているじゃない。あなたは貴族の印象が悪いみたいだけど、そうじゃない貴族がいてもおかしくないでしょ? レフラー君の意見も聞かせてほしいわ」
リュウはその言葉を聞いて、少し、ほんの少しだけ固まっていた表情が柔らかくなったと思いきや、私が持っていた木の板とデザイン画を奪い取って、私の描いたデザイン画に修正を加える。
「俺もお前の意見に賛成だ。クレアさんは身長が高いから、下手に派手にすると悪目立ちしてしまう。それに平民生まれのクレアさんが派手なものにしたら、貴族たちから反感を買うかもしれない。平民が貴族たちから認められるようなウエディングドレスを作るためにも、貴族たちはどんなウエディングドレスを着るのか知っておきたいな」
「そういうことなら、私の家で贔屓にしている洋裁師が営んでいる店に行ってみましょうよ。ウエディングドレスも作っているし、よく服を買っているからきっと引き受けてくれるわ」
貴族のウエディングドレスを見に行くという話を皮切りに、私とリュウの会話はどんどん広がっていった。
それは、すぐそばにいる魔獣の存在も忘れてしまうほど熱中した。
しばらくウエディングドレスと関係のない話で盛り上がった後、我に返ったリュウが話を切り上げ、魔獣たちを飼育している建物を出たころには夕方になっていた。
話をしてみてわかったけど、リュウが私にそっけない態度を取っていたのは、貴族にいい印象を持っていなかったからのようね。
理由は教えてくれなかったけど、あれだけ話が盛り上がったなら少しか貴族の印象が変わってくれたかしら?
とはいえ、あれだけ話が盛り上がったんだから、以前のように私に悪い印象は抱かなかったはず。
きっと私の悪名が平民たちの間で広がる可能性も低くなったわよね。
不幸な人生から遠ざかったことを祈りましょう。
◇◇ ◇ ◇ ◇
リュウと皇都の広場で待ち合わせをして、オールバーン家の馬車でオールバーン家が贔屓にしている洋裁師の店まで向かった。
洋裁師には、私のほうから店にあるウエディングドレスすべて見せてほしいと頼んで、貸し切りしてもらったわ。
リュウは馬車に乗るのが初めてだったのか、馬車の中でずっとそわそわしていた。
そして、「馬車って意外と揺れるんだな」と一言呟くと、その後はさっきまでの緊張が嘘のようにずっと私と話していたわ。
話をしている内にオールバーン家が贔屓にしている洋裁師の店に着き、馬車を降りて店の中に入る。
貴族御用達の立派な外観のお店のドアをノックすると、上辺だけの笑顔が特徴的で、派手な髪型と上流貴族の格好の従業員が扉を開けてくれた。
その洋裁店は、貴族のオーナーが洋裁師と接客担当の従業員を何人も雇っていて、主に貴族を相手に商売している。
オールバーン家は値段を気にせず買うので、この店をやっていくにはかけがえのない上客だと、うちの屋敷で開かれたパーティーでお酒に酔ったこの店のオーナーは言っていたわ。
店の中は城のような装飾品が店内を飾っていて、貴族が経営する店ではよく見かける感じね。
いつも思っていたけど、この洋裁師の店は得に派手なのよね。
魔法石がふんだんに使われている店内は目がチカチカするわ。
一方で、貴族が経営する洋裁店に初めて入ったリュウは、立っているだけなのに目がチカチカする店内を見回すと、従業員たちに鼻で笑われていた。
この店の店内が悪いのに、平民だからってリュウを馬鹿にされると腹が立つわね。
ちょっとこの店の印象が悪くなったわ。
「オルガ様、この度はご来店ありがとうございますです」
「貸し切りにしていただいてありがとうね。また贔屓にさせてもらうわ」
「ありがとうございます。今日はこのお店で特に高価なウエディングドレスをご用意いたしましてございます。好きなだけ見て行ってくださいませ」
この従業員は初めて見るな。
顔が濃くて恰好が派手でうるさい感じで、しゃべり方や格好が上品なつもりなんだろうけど、逆に下品に見えるわ。
こういう人って自分はきれいだと思っているんでしょうね。
今度、オーナーに遠回しに注意しておきましょう。
用意してもらったウエディングドレスは、どれも主に上流貴族や王族くらいにしか使われない、この世界にしかない最高級生地のパティ―ニ生地ね。
パティーニ生地は柔らかく、細かい粒子がキラキラと光っていて、どんな服でも使える万能の生地よ。
この前習ったばかりだから、よく覚えているわ。
ドレスは上流貴族が着るドレスの生地を白くしてさらに豪華にした感じで、レースやフリル、魔法石などの装飾をふんだんに使った感じ。
ウエディングドレスの値段が上がる基準はパティ―ニ生地を使っているかと言うことと、装飾の量で決まるのよね。
用意されたウエディングドレスはどれも高級品で、もちろんパティ―ニ生地を使い、至る所にレースの装飾と宝石が散りばめていて、シルエットはどれも同じの上、うるさく、下品な印象を受けた。
私がウエディングドレスを着るとしたら、自分の素材を生かすためにシンプルかつ上品で、シルエットに種類のあるやつがいいわね。
リュウもあまりいいと思わなかったのか、辛気臭い顔でウエディングドレスを見つめている。
そんなリュウに対し、貴族の従業員は自慢げにウエディングドレスの感想を聞いてくる。
「どうですか? うちの店で一番高いウエディングドレスは?」
「え、ええっ……す、素晴らしいと、思いますぅ……っ」
リュウは必死にウエディングドレスを誉め讃えているようだけど、あの声の上ずりようから見て良いと思っていないことは確かね。
とはいえ、いまいちと思ったのは私も同感よ。
貴族の着るウエディングドレスを改めて見て思ったけど、高身長のクレアさんがこんなごちゃごちゃとしたウエディングドレスを着たら、悪目立ちしてしまうわ。
やっぱり、この世界にはないようなウエディングドレスを作ったほうがいいのかしら?
この世界のウエディングドレスがどのような物か真剣に観察していると、私の後ろに控えていたリュウに、やけに私に媚びを売ってくるオーナーがわかりやすい作り笑いを受かべながら話しかける。
「この度はうちの店に来ていただきありがとうございます。平民のあなたには見たことのないものばかりでしょう」
「ええ、そうですね。俺ではまず見ることのない高価な服を見られてとても光栄です」
「そうでしょう、そうでしょう。平民のあなたではこのような高価なドレスは縁遠いものでしょう。オルガお嬢様がいなければあなたにはまず見せなかったでしょうね。オルガお嬢様と縁があったことに感謝していただかないいと!」
「は、はぁ……」
こいつ、やけにリュウを下に見ているわね。
いくら家で贔屓にしている洋裁師の店のオーナーで貴族とは言え、偉そうにも程があるわ。
今度リュウに失礼な態度を取ったら私が許さないわ。
「大体、公爵家の令嬢のオルガ様とはどういう関係なのですか? まさか恋人とか!」
「まさか! ただの同級生です」
「そうですよね、失礼しました。オルガお嬢様があなたのような貧乏くさい平民と恋仲になるわけありませんよね。オルガお嬢様にはもっと高貴で位の高い殿方ではないと釣り合いません。あなたのような底辺のどこぞの知れない下賤など、オルガお嬢様の視界に入ることすら許されないという自覚を持ったほうが……」
もう我慢できないっ!!
「あなた、少し失礼が過ぎるんじゃない? 確かにレフラー君は平民よ。だけどただの平民じゃない。この私と親しくしていて、あなたより腕のある洋裁師の才能を持つ特別な平民よ。これ以上リュウを馬鹿にするならこの店との関わりを絶たせてもらうし、あなたの店の悪評を私の家とつながりのある貴族たちに広めてやるから覚悟なさいっ」
「も、申し訳ありませんっ、悪気があったわけでは……っ。気に障ったのなら謝りますので、今後ともご贔屓にしてくださいませんか?」
「謝る相手を間違っていないかしら?」
店のオーナーは屈辱的というかのように歯を食いしばると、リュに深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。
リュウは戸惑っていたようだけど、してやったりとでも言わんばかりに笑みをこぼしていたわ。
それからオーナーや従業員たちは、さっきまで見下していたリュウにも私と同じような態度で接していたわ。
たくさんウエディングドレスを観察することもできたし、そろそろ帰ろうかしら。
店を出て馬車に乗ると、オーナーや従業員たちは私たちが見えなくなるまで頭を下げていた。
私の機嫌を損ねたら店の経営に大きくかかわるから機嫌取りに必死のようね。
まあ、これからも贔屓にさせてもらうけど、今後もこのようなことがあるようなら、関係を考えさせてもらうことにしましょう。
「ありがとうな、俺のことをかばってくれて」
「いいのよ、私も腹が立ったから」
「お前は、俺の知っている貴族とは違うのかもな」
リュウはなぜ、今まで私にそっけない態度を取っていたのか話してくれた。
リュウは貴族にいい印象を持っていなかったと言う。
なぜかというと、両親の営んでいた洋裁店が邪魔だった貴族が、権力を使って立ち退きを強要して嫌がらせをするようになり、洋裁店を閉めることになったからだそう。
それだけではない。
自分たちは平民の税金で豪華な暮らしをしているのに平民を見下し、横暴な態度をする貴族は嫌う理由しかなかったと言っていた。
「でも、オルガは俺の知っている貴族とは違う。平民の俺を対等に扱ってくれて、平民の俺のために怒ってくれた。そんな貴族は初めて見た」
「やっと名前で呼んでくれたわね、うれしいわ」
「オルガも俺のことを名前で呼んでくれ。できることなら友達になってくれると嬉しいんだけど……」
「もちろんよ! これから仲良くしてね、リュウ」
やっとリュウと親しい関係を築くことができたわ!
これで破滅の道からまた一歩遠ざかることができた。
よくやったわ、私!
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