高次機能障害になった人
頼んでいたチキン南蛮弁当と、お茶を取りに行って食べていると
「どうして、ここに来たんや。ケガか病気か」と、中年の男に荒々しく話しかけられ、
男を見ると食べづらそうに弁当を食べていて、身体に障害があるように見えた。
「病気で」と、簡単に説明をして、名札を見ながら「山口さんは」と、聞いた。
「俺はバイクの事故だ、30年ほど前の」
「え、30年ほど前って」
「19の時のバイク事故で、こうなったんやけど。その時に見て貰っていた医者に『何処も悪くない』と言われて、今から3か月前に家の近くに住んでいる看護師に、ここの病院の事を教えてもらって来たんや」
「え、そんな事があるのですか、酷すぎる」
「30年ほど前は高次脳機能障害は、まだ分かってなかったからな」
「でも身体の障害はあるでしょう」
「その頃は親も俺も何も知らなくて、当時の医者の判断で『障害は無い』と、言われていたから」
「バイクの事故ですよね。保険会社から、幾ら貰ったのですか」
「百万だけ」
「ありえない話だろ」と、隣の席で話を聞いていた山口さんより少し若そうに見える斎藤さんが話に入って来た。
「俺は脳に腫瘍あって私立の大学病院で見てもらっていたのだけど余り良い医者じゃないように思えて、民間の病院と別の国立の大学病院2つのセカンドオピニオンをして、民間病院では直ぐに『手術をしよう』と言われ、国立の大学病院では『様子を見ながら、手術を考えましょう』と言われ、民間の病院には行かず国立の大学病院で見てもらつて手術をしたのだけど、頭を開けて摘出出来ない場所に腫瘍があって、摘出するのは命に係わると判断したらしくてそのまま閉じた。
それから腫瘍が徐々に大きくなって来て「高次脳機能障害」と診断をされ、ここに来た。
ここに通院し始めて1か月後位の時に、自転車で転倒仕掛けて足を付いたら親指を骨折して、新しく仕事に行き初めて5日目だったけど仕方がなく足が治るまで仕事を休む事にした。それから1か月が過ぎて『そろそろ完治ですね』と、医者にいわれた頃に交通事故にあってな」
「どんな事故だったのですか」
「自転車が走っても良い歩道を、車とは対面方向に入っていて、青信号で左折しようと停車している車が見えたから、待ってくれているんだと思いながらスピードを落として歩道を渡っていたら車が急発進して来てぶつけられて、首と腰と左肩と頭を打って救急車で運ばれて病院に行った」
「最悪ですね」
「車を運転していたのが良い人で、直ぐに救急車と警察を呼んでくれたのだけど、
頭を打ったのと動揺していたのもあって、警察官の質問お中で『今は仕事をしていない』と話していて、保険会社から『休業補償は出せない』と言われて、凄く腹が立った。
「そんな事があるのですか、休業補償が出なくても慰謝料は出るのですよね」
「保険会社は達が悪くて、金の支払いを出来るだけ少なくしようとして来るから。
救急車で運ばれた病院で首、腰、肩のレントゲンを撮って、頭のCTを撮ったのだけど、入院にならずにそのまま帰された。
だけど痛みが取れなかったので、翌日に骨折で治療してもらっている病院に電話を掛けて
『交通事故に遭ったのて、保険対応で診察してほしい』と話すと、
受付の人に『交通事故の保険では見れません』と言われて、仕方なくネットで調べて、駅前の病院に電話を掛け、その病院で通院する事になったんだ」
『事故の保険で見れない』って、言われる事があるのですね」
「そうなんだよ。その事は後で話すけど」と、ため息をついて
「その駅前の、しろかねクリニックって言う病院が最低最悪の病院だって、
医者に事故の事を話すと『毎日リハビリに来て週に1回診察を受けろ、そうしていたら症状固定の時に後遺障害の14等級に該当するように診断書を書いてやるから』と、凄く偉そうな言い方をされて」
「それって、どう言う事ですか」
「18年前に車で信号待ちをしていたら後ろから車に追突された事があって、その時に後遺障害の14級に該当すると診断された事があった。
「後遺障害って何ですか」
「後遺障害と言うのは事故後、病院に通院をしていて、医者が「もうこれ以上よくならない」と判断した時に、事故の後遺症があるかを診断書に書いて、それを判断する所に提出をして後遺症があると認定されれば、その症状によっての等級が降り、後遺障害の慰謝料と、仕事に対しての保証の金が貰えるんだ。
一番低い等級が14級で1番高い等級が1級になるのだけど、自賠責保険、任意保険、裁判基準によって貰える金額が違って、弁護士を入れなかったら保険会社が金額を決める事が出来、安い金額を提示してきて、気に入らなかったら『裁判でもしてくれ』と、強気で出てくる」




