神様、元の世界に戻してください!〜彼のいない日常〜
「何よっ……! 竣のバカ!!」
「美織!?」
私は、そう捨て台詞を吐いて、店から飛び出していた。
背中に彼の声を聞いていたが、脇目も振らずに走った。
何よ。何よ。
竣ったら。
せっかく一緒にこの夏着る水着を買いに来たのに、他の女の子に鼻伸ばしちゃって!
どうせ私は貧乳ですよっ
そんな憤りを感じながら、帰途についていたときのことだったのだ。
「危ないっ! 美織!!!」
「?!」
ププーーーッ!!
キキキキッ!!!
ドンッ…………!
車の停車音が聞こえた。物凄い衝撃。
何もわからないまま世界は暗転した。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
目が覚めるとぐわんと一瞬、世界が歪んだ。
息が上手く吸えず、何かが違う気がした。
言葉にはならないが、何だか違和感を覚える。
奇妙な感覚がまとわりつき、そして初めて自分がパジャマ姿で自室のベッドにいることに気づいた。
昨日のことは……。
記憶を探るとズキズキと頭痛がする。
とりあえずパジャマから制服に着替えると、スマホを手に取り、竣に連絡を取ろうと思った。
昨日の喧嘩をなしにするのは腹が立つけど、いつまでも意地を張るのも大人気ない。
そうして、竣にLINEを送ろうとしたとき。
「あれ……。竣の名前がない」
LINEの宛先に竣の名前がない。
そういえば、竣の住所はどこだっけと思い返してみて、よく思い出せない。
私は、ざわざわと総毛立った。
鞄を手に取ると階下のリビングに駆け降りた。
「美織。そんなに急いで、朝ご飯は?」
キッチンでお母さんがのんびりと言葉をかける。
「行ってきます!」
「美織!?」
私は急いで家を飛び出していた。
足早にバス停へ急ぎ、学校へと向かう。
学校なら誰か竣のことを知っている子がいるだろう。
ジリジリとした思いで教室に飛び込むと
「美織。おはよう」
「沙都!」
クラスメイトの沙都が先に教室に来ていて、その場に駆け寄った。
「ねえ沙都! 竣のLINEのID知らない?!」
気色ばんで詰め寄る私に
「竣って……誰?」
一瞬、沙都は不思議そうな顔をした。
「誰って……クラスメイトで、私の、カレ」
「やだなぁ、美織。美織にカレなんていないじゃない」
ヘラりとそう軽く笑われ、慄然とする。
竣がいない。
私にカレは、いない……。
どういうこと?!
私は教室後方の竣の席を振り返ったが、そこにあるはずの竣の机はどこにもなかった。
どうして……?
竣……。
その日、竣のいない教室で授業を受けて、一人で帰宅する私はすっかり『竣のいない日常』というものに憔悴していた。
それは灰色で。
面白くもなんともなくて。
竣は居るだけで、人を笑わせて。
竣は居るだけで、人を幸せにした。
それなのに。
もう戻れないの?
竣のいたあの頃には……。
私の目から涙が零れ落ちる。
竣……。
竣……。
竣……!!
『ああ、神様!
竣のいる、元の世界に戻してください……!!』
そう、心から祈った。
その時だった。
キキキキキキキッッッ!!!
ドンッ……!!!
私は道の真ん中で車にはねられ、世界はまたも、暗転した。
美織……
美織……
優しく誰かが私を呼ぶ。
竣の声が、聞こえる。
その時、一条の光がさした。
「……竣」
「美織……!!」
目を開けると、目の前に竣がいた。
私はベッドに寝かされていた。
「竣……私……。ここ、病院……?」
左腕には点滴針が刺さり、枕元には何やらモニターがピッピッ…と機械音を鳴らしている。
「ああ。良かった」
竣が息を吐くようにそう言った。
私の右手を握り、涙ぐんでいる。
「事故に遭ったの、覚えてないか? 車に轢かれて。……ごめん!! 俺のせいで。丸二日も目を覚まさないなんて」
ダンプに。
目を覚まさない……。
「私が事故に遭ったのって……」
「あの店を飛び出した後さ」
あの後、私は……。
竣が学校にもどこにもいなくて。
下校中、車にはねられて……。
おかしい。
夢でも見ていたんだろうか。
「美織。ごめん。こんな目に遭わせて」
竣が私を、私だけをまっすぐ見つめている。
その目は澄んでいる。
ああ。
きっと神様が、『竣のいない世界』を私に……。
「……私も、ごめん。あんなことでむくれて、ガキっぽくて」
「美織」
見つめ合う。
自然と軽く唇が触れ合い、お互いの手を握りしめた。
竣との愛と信頼は完全に元に戻っていることを感じた。
そうして、私は『竣のいる世界』へと帰ってきた。
その夏。
「竣! また他の女の子見てる」
ビーチサイドで、私は竣の右手を思い切りつねった。
「イタタ。いや、美織が一番可愛いよ?」
「もー。調子がいいんだから!」
なんて、あの後改めて買いに行った水着姿で、私たちは犬も食わないケンカをしてる。
この何気ない日常を大切に過ごしながら。
本作は、武頼庵さま主催『if……物語』企画参加作品でした。
参加させてくださった武頼庵さま、そしてお読みいただいた方、どうもありがとうございました(^^)
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