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第五話-2

 なにか事件が起きないかとそわそわしながら遊園地をめぐった。


 いつまでたってもこれと言った事件は起きない。せいぜい蘭がポプリの小瓶を落として派手に中身をぶちまけたことくらいだ。あの時は遊園地のスタッフが迅速に片づけてくれた。なかなか訓練されたスタッフだと感心したものだ。


 そろそろ相談しようかと思った。私だけ不安を抱えているのに、三人ともとても楽しそうなのは、なんだか不公平に思えたのだ。


 でも、いきなり三人全員に話すとややこしくなるような気がする。こういう時に、一番に相談できるのは誰かと言えば……やはりマナだろう。よく言える目と優れた分析力をもつマナなら、何かしらいい答えを出してくれるに違いない。


 だが、遊園地というにぎやかな場所で、他の二人から離れて落ち着いて話せる場所なんてあるのだろうか。ざっと見渡すと、観覧車が目に入った。あそこなら都合がよさそうだ。


 思い立つと、マナの手を取った。


「マナ、二人で観覧車に乗りましょう」


 えっ、と一声漏らすと、マナは固まった。思えば、マナから触れることは多かったけれど、私から触れることはほとんど無かったような気がする。驚くのも無理はないのかもしれない。いつもこちらを触ってくる手は、こちらから握ると、思ったより小さくて細かった。


「ま、待ってください! なんで二人っきりで乗ろうとするんですか!? みんなで乗ればいいじゃないですか!?」


 寧子ねいこが問いかけてくる。本当の理由は話せない。かと言って、とっさに適切な言い訳も思いつかない。ならば勢いで押し切るしかなかった。


「いいえ。マナと二人きりで乗ってきます。待っていてください。二人とは、マナのあとで観覧車に乗ることにしましょう」


 私の言葉を受けて、寧子はなにやらガクリと膝をついた。蘭は「きゃ~」とか言いながら口元を抑えて赤面している。


 なんだかおかしなリアクションだった。でも、この二人がおかしいのは今に始まったことでもない。追ってこないなら好都合だ。とっとと観覧車の行列に並ぶことにした。


 マナはなんだかふわふわしてる。いつも周囲の観察を怠らないマナが、なんだか夢見るような目で私が手を引くままについてくる。少しだけ不安になった。この有様で、相談しても大丈夫なのだろうか。


 やがて順番が回ってきたので、観覧車のゴンドラに乗りこむ。いつも、マナは私の隣に座りたがる。ゴンドラでそれをやるとバランスが悪い気がして不安だった。ところが今は、特に文句を言うことなく、私が促すままに素直に向かい合わせに座ってくれた。


 ゴンドラの扉が閉まり、そして次第に上昇していく。地上が少しずつ遠くなる。遊園地の喧騒が、少しずつ遠のいていく。


「そ、それで……お話って、なんの話かな?」


 普段はこちらの目をしっかり見て話してくるマナが、目を合わせようとしない。目をそらし、ちらちらと時折こちらの方をうかがってくる。実に落ち着きがない。なんらかの異常を感じているのだろうか。それなら話もスムーズにいくかもしれない。


 さっそく、遊園地に来てから気になっていたことを話した。


 転生帰還者が三人も私のもとに集まったこと。それが三人とも女の子だったこと。偶然遊園地にいけることになったこと。あまりにも作為的で、だからこの遊園地で何らかの事件に巻き込まれるのではないかと言うこと。


 話すにつれて、始めはソワソワしていたマナは、どんどんテンションが下がっていった。


「あー、そういう話ねー。見てわかってはいたよ? でも今の私の『目』は、異世界の時ほどよく見えないから、違う可能性を見落としてるかもしれないって、考えちゃったんだ。考えちゃったんだよー」


 マナはなんだかひどくがっかりした様子だった。彼女はどういう話を想定していたのだろう。後で聞いてみるのもいいかもしれない。それはともかく、まずは私の疑問に答えてほしい。


 じっと見つめると、マナは観念したように口を開いた。

 

「まず君の勘違いを正しておくよ。遊園地の一日フリーパスを親戚からもらったというのはウソ。私が普通に買って用意したものだよ」

「え? なんでそんなことをしたんですか?」

「蘭ちゃんも加わったことだし、みんなで親睦を深めようと思ったんだよ。私がお金を出したら、気兼ねしちゃうとだろうからね」

「じゃあ遊園地で大きな事件に巻き込まれるなんてことは……」

「絶対無いとは言えないよ。でも、転生帰還者という理由で大きな事件に巻き込まれるってことは、まずありえない」

「どうしてそう言い切れるのですか?」


「だって、私たちは弱すぎる」


 あまりにも淡々と、当たり前のように。マナは言い切った。


「あなたたちは異世界を救った勇者ではないですか」

「勇者と言っても、レベルやステータスやスキルのある、ゲームみたいな世界での話だよ。そこでスキル任せに冒険してただけの人間が、こっちの世界でも強いわけないじゃないか」


 マナは恐ろしいことを口にした。転生女神としては聞き逃せない。多くの人の夢を打ち壊す、許されざる暴言だった。


 でも私は、転生女神と言ってもただのバイトだったし、それすら既にやめたのだから、気にするのをやめてスルーした。


「私たちに与えられたのは、少し便利なアクセ。こっちの世界では、ちょっと強い程度の女子高生に過ぎないよ」

「そうでしょうか。以前やった寧子との手合わせは、なかなか迫力がありましたよ?」

「あんなのお遊びに過ぎないよ。戦いとは言えない。鳴上さんが私たちの力を誤解したままだと危ないと思うから、私なりの戦力評価を教えておくよ」


 そうして、マナは理路整然と語りだした。


「寧子ちゃんはかなり戦える。同世代の男の子相手でも、一対一ならまず負けない。それでも、格闘技をちゃんとやっている大学生以上の相手に勝つのは難しいと思うよ。アクセのおかげで少々痛みに強くて回復力があるからと言って、体重差は容易に埋まるものじゃない。寧子ちゃんは小柄だしね」


 前にどこかで見たことがある。一定以上体重差が開くと、打撃は通用しなくなるという。だから格闘技の多くは体重で階級を分けているらしい。寧子は強いと思うけど、それでも背が高くて筋骨隆々な格闘家に勝てるかというと、さすがに難しいと思った。


「私は目端が利くから多少は有利に状況を動かせる。でも、しょせんはこざかしいだけの小娘に過ぎない。ただの女子高生じゃできることもたかが知れてるよ」


 それは過小評価だと思う。マナの能力は『衰えない視力』だけではない。彼女は見えたものを精密に認識し、正解を選び取れる。でも、それで何ができるかと言われると、具体的なイメージができない。


 例えば小説やマンガの主人公のように、その能力だけで巨大な組織を出し抜けるかと言われると……バカバカしくて想像する気にもなれない。マナは優秀だけど、「優秀な女子高生」を大きく逸脱するほどではない。


「三人のなかで一番強いと言えるのは、たぶん蘭ちゃんだよ」

「え? 蘭が?」

「彼女のスキルは強力で、しかもすごく使いこなしているからね。例えば十分な数の催涙スプレーを持たせれば、それだけでかなり強力だと思う。スキルで威力や効果範囲を上げれば、大抵の一般人を圧倒できるだろうね」


 蘭が催涙スプレーをまき散らせて無双する。それは割と簡単にイメージできてしまった。これまで蘭が自分に対して冷却シートやポプリを使う様は強烈があった。それを外に対して攻撃として使うのなら……そうとうヤバイことになるだろう。


 でも、それで大きな事件を解決できるかかと言えば、やっぱり違うような気がする。


「それらを踏まえて、私たちが安全に介入できるのは……10人程度の、素手での喧嘩くらいかな。結局のところ、私たちは普通の女子高生よりちょっと強い程度だよ。大きな事件に立ち向かうような運命を、神様がわざわざ用意するなんて、まず考えられないよ」


 マナはそう結んだ。


 転生帰還者が与えられるのはアクセ。世を乱さない程度の、ささやかなスキル。それには世を乱すような事件に対抗する力はない。

 考えてみれば当たり前のことだった。

 

「なんだ、ぜんぶ私の思い過ごしだったんですか……」


 勝手に危険が迫っていると考え、無意味に警戒してしまった。なんだか肩の力が抜けた。気を抜くとシートからずり落ちてしまいそうな気がする。


 わざわざ二人っきりの状況を作る必要もなかったかもしれない。

 窓から外をのぞくと、観覧車はまだ中ほどの高さだった。いい眺めだ。心配事が無くなったのだから、あとはのんびり過ごすのも悪くないかもしれない。


「ああ、でも、これは話しておいた方がいいかな。鳴上さんの思い過ごしじゃないことがあるよ」

「……何のことですか?」

「今日ここで、大きな事件が起きるかもってのは、思い過ごし。でも、私たちがこうして集まったことは、偶然じ、ゃないと思う」

「それはあなたたちがたまたま近くに住んでいたからで……」

「そう。私は鳴上さんと同じ学校だから、再開するのは難しくない。

 でも、近場とはいえ学校の違う寧子ちゃんが君を見つけるってのは、意外と起きないことだよ。

 ちょっと前まで引きこもりだった蘭ちゃんが、鳴上さんを見つけ出すのなんて、ほとんどありえない。まあでも、それらがバラバラに起きたのなら、そこまで不思議じゃない。でも実際には、私が鳴上さんと接触する時期に合わせたように、全てが重なるように連続して起きた。それはあまりにも出来過ぎてるよ」

「何を言いたいんですか?」

「偶然が、偶然じゃないとしたらどうかな? そういう運命を導いたものがいたとすれば、偶然じゃなくて必然と言えるかもしれないよね?」


 運命を引き寄せる。そんな神がかった能力は、三人の転生帰還者にはない。しかし、私にはひとつだけ心当たりがあった。

 

「……まさか、私の『老衰まで保たれる健康』が、転生帰還者を集めたとでも言うつもりですか?」


 私の疑問の声に、マナはゆっくりとうなずいた。


 『老衰まで保たれる健康』については、三人の転生帰還者に話してある。話したところでデメリットはない。むしろ話しておかないと煩わしい。例えばみんなで買い食いすることになった時や、メッセージのやりとりが盛り上がって深夜に及びそうになる時、辞退する理由をいちいちでっちあげるのが面倒だったのだ。


 私のスキルの効果を把握したうえで、マナがそんなことを言い出すのは意外だった。


「私の健康と、あなたたちが集まることになんの関係があるのですか?」

「鳴上さんは勘違いしてる思うんだ」

「勘違い?」

「鳴上さんは『老衰まで保たれる健康』を、一人で健康になれるスキルと思い込んでいる。でも、きっと違うんだ。考えてみてよ。仮に鳴上さんが病気になった時、誰も頼れる人がいなかったらどうする?」

「そうならないための『老衰まで保たれる健康』でしょう?」

「家族や知り合いがいない状態で病気にかかるのは明確なリスクだよ。だからこそ、君のスキルはそんな状況を避けようとする。君を孤独にさせない。周りに常に人がいるように運命を操作するはずなんだ」


 言われてようやく気付いた。確かに私は勘違いしていたようだ。思えば私はスキルに影響されてきた。栄養バランスを考えて食事を摂るようになったし、早寝早起きをするようになった。


 日常の行動が影響されるなら、人間関係について影響があってもおかしくない。あまり人間関係とかを気にしない私にとって、それは見落としていたことだった。


「……なるほど。その理屈はわかりました。でも、なんで女の子なんですか? 私はバイト時代、男の子の転生者だって何人も導きましたよ? 女の子ばかり集まるのは不自然に思えます」

「それは簡単だよ。ちょっと想像してごらん。君を慕う男の子の転生帰還者が何人も集まったら、何が起こると思う?」

「……なんか、ケンカしそうですね」

「君を慕う女の子の転生帰還者が集まった、今はどう?」

「……なんか、仲良くしてますね」


 異性と付き合ったことはない。だから想像だ。いや、そんな私だからこそ、男のことが集まった時、うまく立ち回れる自信がまったくない。女の子相手の方がまだマシだろう。


 『老衰まで保たれる健康』について、考えてみたらわからないことが多い。スキルの効果は知っている。強く発動したときは、感覚でわかる。


 しかし、具体的にどう作用しているかは、自覚できない。このスキルは基本的に、未然に起こる何かを防ぐものだ。健康でいることのどこまでがスキルのおかげなのか、わからない。


「色々言ったけれど、ぜんぶ憶測だよ。今の私に『世の果てまでも見通す瞳』はないから、確信はない。それでもやっぱり、私たちが君に再会できたことは、何かの運命に導かれたことだと思う。 たとえそれが本当に運命だったとしても……君に会いたいと思って、出会った後も、君とこうしていっしょにいることも、間違いなく私たちの意思だよ。 鳴上さんには、そのことをちゃんとわかってほしいんだ」

「そこが不思議なところです。なんで私なんかといっしょにいたいと思うのですか? あなたならわかっているのでしょう? 私はろくでもない人間ですよ」


 話の流れで、一番疑問に思っていることが思わず口をついて出てしまった。


 私は自分がどんな人間なのか、一応は理解しているつもりだ。他人のことはどうでもよくて、自分の健康ばかりを考える。自分を慕っていると思しき転生帰還者の三人と、なるべく距離をおきたいなんて思っている。表立って言ってはいない。それが自分に不利益を招くのはわかっているからだ。だが、無理に隠そうとしているわけでもないから、言動の端々に現れていることだろう。


 三人が私を慕っているのは、転生女神のバイトをしていたからだ。第一印象だけは良かったはずだ。でも、そろそろ愛想を尽かされてもおかしくないように思う。その筆頭がマナだ。彼女の優れた洞察力なら、私がどんな人間か、とっくにわかっていることだろう。


「そうだね。鳴上さんはひどい人だ。みんな君のことを慕っているのに、全然振り向いてくれない。いつも迷惑そうにして、私たちのことを遠ざけようとしている。でも、でもね」


 マナは深く呼吸して、私のことをじっと見た。いろんなことをたくさん見えるマナの瞳が、今は私以外を見ていないように思えた。


「君は、私たちのことを、否定しない」

「……否定しない?」

「そう。考えてみてよ。異世界での冒険を話したところで、誰が信じてくれる? 仮に信じたとして、受け入れてくれると思う?」

「そういう人も探せばいると思います」

「……いるわけないよ」

「例えば転生帰還者同士なら、お互いに理解できるでしょう?」

「そんなわけ、無いよ」


 マナは言い切り、目を伏せた。


「私たちはお互いの冒険を受け入れられない。心の底では否定している」

「お化け屋敷では仲良さそうにパーティーを組んでいたじゃないですか」

「こっちの世界では仲良くできるよ。寧子ちゃんのことも、蘭ちゃんのことも大好き。

 でももし、異世界で冒険していたころに出会っていたら……断言できるよ。とてもパーティーは組めなかった。寧子ちゃんの命をすりつぶすような戦い方は許容できない。蘭ちゃんみたいに時間をかけすぎる攻略も許せない。私にはどっちも無理。でも、寧子ちゃんや蘭ちゃんだって、全てを見通す私を受け入れられなかったと思う」


 初めて知った。三人のそれぞれの冒険については、天界の書庫で知っていた。しかし、お互いがそれをどう思うかなんて、考えが及ばなかった。三人の冒険はそれぞれにおかしい。似た者同士ぐらいに思っていた。

 だから、私は素直に感想を漏らした。


「そういうものですか」


 その言葉に、マナは彼女には珍しく激昂した。

 

「そう、そう、そう! 鳴上さんのそういうところ! 君は私たちの冒険も当たり前のことのように受け入れてしまう! 私たちがお互いをどう思っているかを知らされてもおんなじ! 普通じゃない!」

「目の前の事実を受け入れるのは、当たり前のことでしょう?」

「当たり前じゃないよ! 誰だって、自分の知る現実が大事なんだ! 自分の価値観を壊されるのが嫌なんだ! 私が寧子ちゃんや蘭ちゃんの冒険を受け入れられないのだって同じことだよ! 受け入れがたいことがあったら、誰だって否定する! ありえないとか、間違ってるとか、おかしいとか、そう言って相手を否定して、自分の価値観を守ろうとするんだ! それが普通なの!」


 マナの言葉に、失敗バイトたちの姿を思い出した。

 失敗バイトたちは、転生者が命を落とし、異世界が滅びる様を悲しんだ。

 そして、そのことを理解しない私のことを、化け物をを見るみたいな目で見た。

 そうか、あれは。相容れない私のことを否定して、自分の価値観を守っていたのか。


「異世界でのレベルも、ステータスも、スキルも失った私たちは、心の中に穴が空いたみたいなんだ。君は、そんな私たちを哀れんだりしない。同情もしない。近づいてきてくれない。でも、否定はしない。そんな君の近くは、すごく居心地がいいんだ……」


 マナはそういうと目をぬぐった。涙があとからあとからあふれてきて、止まらないようだった。


「私たちは君に君に救われてるんだ。ことあるごとにバイトだと言うけれど、私たちにとってはホンモノの女神様なんだよ……」

 

 違う、と言いたかった。

 マナがどれほど信じようと、私はバイトで転生女神をやっていただけの人間だ。それも、世間ではろくでなしに分類されるような人間だ。


 そう思っても、なぜだか口にする気にはなれなかった。


 それに、たった今、言われたばかりだ。結局のところ、私は転生帰還者を、否定せずに、その存在くらいは認めてしまう。だから、私はつぶやいた。

 

「そういう、ものですか」

「そういう、ものなんだよ」


 マナは泣き笑いしながら、私の言葉をなぞった。

 気づけば、観覧車は頂点を過ぎ、下りに向かっていた。

 


 あれから、マナは顔を伏せて黙ってしまった。こちらからかけるべき言葉も見つからず、私はただ観覧車の窓から、近づいていく地上の風景を眺めていた。


 もう数分で降りることになる。そう思った時、マナはようやく口を開いた。


「ごめんね。いろいろしゃべりすぎたよ。私らしくなかった……」

「いいんです。いろいろ知ることができてよかったです」


 正直なところ、彼女の言ったことは理解できたけど、そこに込められた気持ちみたいなものはよくわからない。それでも、なんで転生帰還者が私のもとから去らない理由はわかったように思う。それは私にとって、いい情報ではあった。


「私が本音を吐いても、きっと鳴上さんは怒りも悲しみもしない。そうだと思ってた。だから言わないようにしていたのに……なんで言っちゃったんだろうなあ……」


 彼女はどうやら自己嫌悪陥ってしまったらしい。周りにいる人間がこんな状態のままだと、私の健康を損ねる危険がある。


 こういう時に私がやることは決まっていた。


 目を閉じ、何かを抱くように両手を広げた。

 目を閉じるのは、神秘的な雰囲気が出るから。相手にこちらの考えが読まれづらくなるから。相手を見ないことで、相手のことを気にせず好き勝手語れるようになるから。

 そうして、私は、『転生女神の語りかけ』を始めた。

 

「気を落としてはいけません。あなたは結果が見えていながら、意思を通すために挑んだのです。

 それは尊くて、価値のあることです。今は結果が見えなくとも、あなたの挑んだことは、いつか必ず、意味を持ちます。

 だから下を向いてはいけません。あなたの進むべき道は、前へと続いているのです」


 またしてもあまり深く考えず、それっぽい綺麗ごとを並べてしまった。


 目を開くと、マナは伏せていた顔を上げていた。先ほどの暗さはほとんどなくなっていた。どうやら落ち込みからはひとまず脱してくれたらしい。


 マナはこちらのほうを見ようとはせず、もじもじしていた。しばらくして、ようやく口を開いた。

 

「……鳴上さん。その女神様みたいな語りかけは、むやみにやっちゃダメだよ」

「なぜですか?」

「鳴上さんが女神様みたいに語りかけてくると、胸に響くんだ。心があったかくなるんだ。気持ちよくなっちゃうんだ。蘭ちゃんの時、周りの人もうっとりしてたでしょ? 転生女神のバイトだった鳴上さんを知らない人にも、きっと同じくらい効くものなんだ。私にもよくわからないけれど、そんな危ないもの、簡単に使っちゃダメなんだと思う」

「わかりました。むやみにはつかいません。でも、さっきのは仕方ありません。落ち込んでいるマナを見ていられなかったのです」

 

 私の言葉を受けて、マナは真っ赤になった。蘭の赤面に負けないくらい、耳まで赤くなった。

 そうこうするうちに、ゴンドラの扉が開いた。ようやく地上に着いたのだ。

「さ、さあ、鳴上さん、行こう! 二人とも待ってるよ!」


 マナが手を差し伸べてきたので、その手を取った。その手に引かれ、立ち上がる。ところが、立ち上がってからも更に手を引かれた。


 ぎゅっと抱きしめられた。そのことに驚く暇もなく、頬に柔らかいものが触れた。熱くて、濡れた、、柔らかい感触。


 キスされてしまった。


 そのことをちゃんと理解する間もなく、マナは私を離れてゴンドラの外に駆け出した。そのあとを追い、地上に降り立つ。なんだかよくわからない。不思議な気分だった。

 

「ごめんね、嫌だった?」

「嫌じゃ、ありませんでした」


 そう答えてしまう自分が不思議だった。

 マナがパッと明るい笑顔を見せた。


「ドキドキした?」


 胸に手を当ててみた。心臓の鼓動は、いつもと大して変わらなく思えた。


「ドキドキはしてません」


 そう答えると、マナはぷいっと向いてしまった。


「今は、それでいいよ」


 そうつぶやいて、歩きだしてしまう。その先には、寧子と蘭が待っている。

 今はそれでいい、か。私もそう思う。三人の転生帰還者たちを遠ざけたいと思っていた。しかし、マナによれば、彼女たちにとってはそれが心地いいらしい。


 そんなおかしな関係は、しかし、私にとって、そこまで嫌なことじゃなかった。ドキドキするほどのことでもない。私の健康を害するものでもない。なら、しばらくはこのままでいいか、なんて思った。

 

「鳴上さん! 今度は私たちと観覧車です!」

「わ、わた、私! 友達と観覧車に乗るのにあこがれてました! 今日はいいことばかりです!」


 ああそうだ。この二人とも観覧車に乗ると約束してしまっていたのだった。

 やっぱりこの状態はどうにかしなきゃいけない。私はそんな風に思いなおすのだった。



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