第五話-1
転生女神のバイトは、基本的に一人で行うものだった。船頭多くして船山に上るなんてことわざがある。転生者を導くのは、一人の転生女神が担当した方が混乱は少ないのだ。
しかし、もともとバイトを募るほどの人手不足だ。当然、私の他にも転生女神のバイトは存在していた。業務の性質上、そういった他の女神と出会うことは基本的にはない。
それでも何度か、他のバイトと出会う機会はあった。神様によると、私はバイトとしては優秀な方だったらしい。私の送り出した転生者たちは、魔王討伐の成功率が、他と比べて高かったとのことだ。
そのせいか、失敗続きのバイトを指導するよう、依頼されることがあった。指導には特別な報酬ポイントがつく。とっととポイントを貯めて、いいスキルを入手したいと思っていた私は、積極的に指導を請け負った。
失敗したバイトたちは、大抵が泣いていた。泣き崩れていた。仕事の失敗が続いて泣いているのかと思ったが、話を聞くとどうもそれだけじゃない。彼女たちは、自分が導いた転生者が道半ばに力尽き、異世界が滅ぶことを嘆いていたのだ。
そうした失敗バイトたちの記録には、どれも決まった特徴がある。直近の転生者の5人くらいは、過剰に大量のスキルを与えられているのだ。
その理由を聞くと、決まってこんなことを言った。
「転生者に死んでほしくないからです! 少しでも生き残れるよう、強いスキルをたくさん与えることの、何がいけないのですか!?」
何がいけないのかと言われると、何もかもがいけない。
物語では、スキルが多ければ多いほど強いという転生者もいる。だが、うちのバイト先の神様の与えるスキルは違う。大量のスキルには、いくつかの弊害があるのだ。
一つはキャパシティーオーバーだ。転生者が正常に扱えるスキルの数には上限がある。その上限は本人の資質やスキルの強さなど、様々な要素によって決まる。そして、その上限を超えると、スキルが正常に機能しなくなる。
『物理無効』のスキルが『物理半減』程度に弱体化したり、『無詠唱呪文』スキルなのに短い詠唱が必要になったりする。戦闘中、頼みにしているスキルが十全に発動しなければ、苦戦は免れないだろう。
もう一つは、スキルが多すぎると転生者が扱えなくなることだ。異世界での戦闘はただでさえ考えることが多い。敵の能力、敵の数、武器の有無。環境や障害物の有無など、様々な情報が刻一刻と変化する。
そこへ大量のスキルである。どのスキルが発動し、どういう効果を発揮するか。増えれば増えるほど把握は困難になる。大抵は自分の状態を見失うことになる。戦闘中に自分の状態もわからなくなれば、敗北は免れない。
最初に与えるスキルはせいぜい2つから3つ程度に抑える。他のスキルは異世界でレベルアップに伴い少しずつ入手していけば無理なく強くなれる。バイトマニュアルにも書かれた、転生女神の基本だ。
マニュアル片手に、そうした理屈を失敗バイトに語ると、更に泣き始める。失敗バイトも初めからこうだったわけではない。
最初はちゃんと、バイトマニュアル通り、厳選した少数のスキルを転生者に与えてきたのだ。しかし、何度か転生者が失敗すると、大量のスキルを与えるようになってしまう。
天界の書庫でも確認できることだが、転生者の死は悲惨であり、そのあと訪れる魔王によって滅ぼされる世界の様は凄惨だ。
自分たちの導きによってもたらした結果におびえ、失敗バイトたちは転生者へ過剰にスキルを与えるようになってしまうのだ。
だから私は目を閉じ、何かを抱くように両手を広げる。『転生女神の語りかけ』で、失敗バイトに諭す。
「あたなが導き、敗れた勇者たちに思いをはせてはいけません。滅んだ世界に目を向けてはいけません。それは転生女神の領域ではありません。神が受け止めるべきことです。私たち転生女神は、過去の過ちに囚われてはなりません。その失敗を糧に、次の転生者を導くのです」
私たちはバイトに過ぎない。仕事のおおもとの責任は神様がもつ。バイトはただ、仕事に励めばいい。それをいい感じに転生女神風味で聞かせてやる。
目を開くと、失敗バイトは驚いた顔をしている。そして大抵、こんなことを問いかけてくる。
「あなたはそれで、平気なのですか……? 転生者の最後を知っても、魔王に滅ぼされた世界をみても、なんとも思わないのですか……!?」
「気にしたこともありません」
そう答えると、失敗バイトは私のことを、化け物でも見るような目で見るのだった。
たぶん、気にするのが当たり前なのだろう。自分が関わった人間が死に、世界が滅ぶのなら、それを気に病むのは、おそらく自然なことなのだ。
だが、私は気にならない。転生者は自分の意志でスキルを選んで冒険に旅立つ。それが失敗に終わっても、それは当人の選んだ結果だ。異世界の滅亡は、その住人たちの負うべきことだ。私の責任とは思わない。
失敗バイトの相手を何度か経て、わかった。私はおそらく、人間として何かが欠けているのだ。
神様は、私には適性がある、何て言っていた。きっと私は転生女神に向いた人間なのだろう。
友達はいても、親しい友人とまで呼べる存在はいなかった。いないこと自体、さほど気にならなかった。そんな私は、ふと、将来が不安になった。何かあった時に頼れる知り合いがいないかもしれない。それで大丈夫なのか、と。
しかしその不安も、スキル『老衰まで保たれる健康』で解消された。このスキルがある限り、たとえ頼れる誰かがいなくとも、そこまで困った状況にはならないだろう。少なくとも健康ではいられるはずだ。
仮にこのスキルでも対応できないほどの不幸に見舞われたら、その時はあきらめよう。それまでは穏やかに暮らしていきたい。そんな風に思っていた。
しかし今、私の望む平穏に、大きな危機が訪れていた。
「遊園地に着きましたー!」
寧子が元気に声を上げる。
私と三人の転生帰還者は、今日は遊園地に訪れていた。マナが親戚からで四人分の一日フリーパスをもらったので、行くことになった。
私のもとに、三人もの転生帰還者がやってきた。それも全員女の子と言う偏りっぷりだ。そこにきて、たまたま手に入ったフリーパスで遊園地に行くなんて、これもう何か事件が起きるとしか思えない。起こらないほうが不自然なくらいだ。そういうお約束を、天界の書庫で学んだ。パーティーのメンバーが揃った途端に強敵が現れたりするのが定番なのだ。
もちろん、私だけ欠席して三人だけに行かせるということも考えた。そういうそぶりを見せると、「鳴上さんが行かないならやめようか」などとという話になってしまう。それはそれでかまわないが、訪れるかもしれない事件にいつまでも悩まされるのは、私の望む平穏な生活にはそぐわなかった。
事件が起こるというのなら、さっさと対応すべきだった。そこで私は行くことに決めたのだった。
「今日の事、すっごくすっごく楽しみにしてました!」
寧子がはしゃいでいる。上はデニムジャケット、下は茶のキュロットにスニーカー。動きやすそうな寧子にはよく似合っていた。
「喜んでもらえてうれしいよ。いいタイミングでフリーパスが手に入ってよかった。今日はいっぱい遊ぼうね!」
マナは白のカーディガンの上にラベンダーのカーディガンを羽織っている。ふわふわとしたかわいらしい装いで、彼女の亜麻色の髪とあいまって、とてもよく似合っていた。
「おお、お、お友達と遊園地なんて、初めてです! き、緊張しますっ……!」
蘭は紺のシャツにベージュのスカート。地味な格好だけど、彼女は長身でスタイルがいいから、しゃんとしてれば目を惹いたことだろう。おどおどしながら背を丸めてしまっているので、イマイチしまらなかった。それでもその胸の大きさ気を引くらしく、あたりから男の視線を感じる。女の子はそういう視線がわかってしまうのだ。
それから、肩にかけてる妙に大きなバッグが気にかかった。何を持ってきたのだろうか。
「鳴上さん、普段着もかわいいね!」
「……ありがとうございます」
自分よりずっとかわいらしいマナにそういわれてしまうと、社交辞令とわかっていても、なんだか複雑な気分になってしまう。
今日の服装は無難で地味な青のワンピース。健康的で清潔感はある。私はそれだけでいい。どうせかわいくはなれない。
「め、鳴上さんのナマ私服っ……!」
蘭がなにやらテンションを上げ始めた。なんだろう、ナマ私服って。
みるみるその顔が赤くなる。彼女の赤面症は相変わらずのようだった。
「蘭ちゃん、ラベンダー!」
マナが蘭に呼び掛ける。すると蘭は大きなバッグをごそごそやり始めた。そして、小さなジャムくらいの小瓶を取り出して蓋を開けると、
「すううううううううう!」
瓶に鼻を近づけて、思いっきり吸った。
すると、見る見る蘭の顔は赤から色白へと戻っていた。
「え? なんですかそれ? 違法な薬剤の類はやめてくださいよ」
「ち、違います! 合法です! 合法なハーブです!」
私の言葉に反駁する蘭。どうしよう、すごくいかがわしい。人の多い遊園地の前で違法な薬物とか、本当にやばいのでやめていただきたい。
すると、マナからフォローが入った。
「違うよ、鳴上さん。蘭が使ったのはただのラベンダーのポプリなんだよ。神経の鎮静効果があるんだ。彼女のアクセ『ほどよく増す薬効』はハーブにも効果があるとわかったから、ちょっと試してるところなんだ」
「れ、冷却シートだと、肌が荒れてしまうんですっ……! ハーブが使えるとわかって、すごく助かってます!」
「でもあんなに深く吸い込まなくて大丈夫なはずだよ。次はもうちょっと目立たないようにしようね?」
「は、はい!」
注意を促すマナに、姿勢を正して返事をする蘭。蘭が姿勢を正すと、その動きでカバンが揺れて、中からガチャガチャと音がした。どうやらほかにもポプリを用意しているようだ。
『ほどよく増す薬効』はその名の通り、薬効を増すスキルだ。言われてみれば確かにハーブにもその効果は適用できるのだろう。マナは異世界ではパーティーを取り仕切っていた。こっちの世界に来てからもいろいろ考えているらしい。
どうやら蘭は、もう二人と打ち解けたらしい。そう思うと、ちょっと気になる事があった。
「そういえば、蘭は二人とは手合わせしたんですか?」
「え? え? て、手合わせってなんですかっ……?」
「転生帰還者はお互いの力を知るために、軽く手合わせをするそうです」
「……な、何をするんですか……?」
「素手で殴り合う感じですね」
「……!」
さっきまで赤くなっていた蘭が、今度は青くなって震えあがった。
この様子だと手合わせはまだしていないようだ。
寧子とマナに目を向けると、なんだか驚いたような顔をしている。
「蘭さん! 蘭さんはヒーラーですよ。アタッカーでない人と手合わせなんてしませんよ!」
「蘭のアクセはもうわかったからね。力は十分に見せてもらったよ。手合わせなんて必要ないから安心して!」
「ほ、ほ、本当ですか……?」
おびえる蘭を、二人してなだめる。私はなんだか置いてけぼりな気分を味わった。
戦士と魔法使いが殴り合いと言うのもおかしな話だったが、それでもヒーラーは例外らしい。転生帰還者の感覚ってよくわからない。
蘭が落ち着いたところで、私たちはようやく遊園地に入ることにした。
「……なぜ、最初に行くのがお化け屋敷なのですか?」
先導するマナについていくと、そこにはおどろおどろしく装飾されたお化け屋敷があった。
遊園地の定番ではあるが、最初に選ぶには違和感がある施設だった。
「暗い迷路みたいな場所って、ワクワクします!」
「そうだね。それに、視界が悪い場所は早めに潰しておきたいんだよね。最初に来るのはここしかないと思うよ」
寧子もマナもやる気満々という感じだった。普段はあまり異世界のことを話さないけれど、遊園地でテンションが上がっているのだろうか。まるでダンジョン探索を前にした冒険者みたいなことを言っている。
「ア、アンデッドは苦手です……効かないデバフが多過ぎる……嫌いっ……アンデッドなんて、どいつもこいつも早く成仏してちゃえばいいのにっ……!」
蘭も蘭で異世界での経験を引きずっている。
私は考える。ここで何らかの事件にでも出会うのだろうか。小説やマンガだと、偽物のお化けの仕掛けの中に、本物のお化けがいる、なんてのが定番である。
そこからパニックホラーみたいな展開になって、食料のあるフードコートとかで立てこもるのだ。
とりあえずスマホで遊園地のガイドマップを見て、フードコードの位置を確認する。道はわかりやすい。迷うことなくたどり着けるだろう。
そして私たちは、意を決してお化け屋敷に乗り込んだ。
結論から言ってしまうと、お化け屋敷ではこれといった事件に出遭うことはなかった。そしてまったく楽しくなかった。
寧子が先行して危険を探る。そして、仕掛けが動く直前に、マナは私をかばうように前に出る。マナはアクセ『衰えない視力』によって、この程度のうす暗さなら、問題なく見えているようだった。二人のおかげで仕掛けがあるのが事前にわかってしまい、お化け屋敷のドッキリ感をまったく味わなかった。
蘭は私の後ろを警戒していた。そして、お化けが出ると、私のことをぎゅっと後ろから抱きしめた。背中に柔らかく質量のあるものが押しつけられる。圧倒的なボリューム感だった。そのたびに胸囲の格差を思い知らされた。大きな胸とは、人を圧迫できるのだ。初めて知った。できれば一生知りたくない類のことだった。
やがて、お化け屋敷は終わった。私は一度もドッキリすることがなかった。ただ、薄暗いお化け屋敷から明るい外に出られたとき、やった終わったという感慨を抱くばかりだった。
「と、とっても! とっても楽しかったです!」
蘭は興奮している様子だった。一息つくたびにラベンダーのポプリを吸っている。それでも、赤面と言うほどではないけれど、頬が赤くなるのは収まらなかった。
「わ、わた、私! ずっとソロだったから、パーティを組んで冒険するのにあこがれてました! なんだかちょっとだけ、夢がかなった気分です!」
寧子とマナは、そんな蘭を暖かな目をしてみていた。そういわれると、お化け屋敷の中での彼女たちは、きちんと役割分担のできた冒険者のパーティーのようだった。まあ、私はパーティーの一員というより、ダンジョンから助け出されるお姫様みたいなポジションで。協力した感じは皆無だった。
「よかったですね」
とりあえず、そう返しておいた。
蘭はにっこりと笑った。ラベンダーの香りのする、とてもいい笑顔だった。
次はジェットコースターに乗ることになった。ちょっとした危機感があった。もし、乗っている最中に何か事件に遭ったら、相当に危険なのではないだろうか。
でも、他の三人は乗りたがっていたようだし、あまり気にしすぎて楽しめないのもバカバカしい。危険を避けるたいだけならそもそもここに来るべきではなかった。なんだか良く変わらない覚悟を決めて、乗ることにした。
ジェットコースターは一両に二人乗るタイプだった。私の隣に座るのはだれかともめた。最終的にはジャンケンで決めることになった。
マナだけはグーチョキパーを書いた紙を事前に伏せておくという形式になった。マナはその観察力で、事前の動作から高確率で相手の出す手を読めてしまうのだ。公平なジャンケンのためにそういうやり方になったらしい。なんか、この三人はいろいろと面倒くさい。
そして、寧子が勝った。なんだかんだで勝負強い子だった。
ジェットコースターは想像以上の速度だった。思わず悲鳴を上げてしまいそうになる。周りはきゃーきゃーとにぎやかだ。でも、なんか叫んだら負けたような気がするので、私はぐっとこらえていた。
やがて、速度がいったん収まった。ジェットコースターは次の段差に向けて、ゆっくりと昇っている。頂点まで登り切ったら、またあのすごい加速を味わうことになるのだろう。
ふと、ゴトンゴトンという音の中に、はあはあという荒い息が混じっていることに気づいた。やけに近い。隣を見ると、寧子が激しく呼吸していた。頬は紅潮し、瞳は濡れていた。これは見たことがある。寧子は、性的に興奮している。でもなぜだろう。寧子をそういう状態にするのは、強い痛みか厳しい言葉だけのはずなのに。
そんな疑問に気を向けていたら、突然に景色が高速に流れ始めた。ジェットコースターがついに下りに入ったのだ。私にとっては完全に不意打ちだった。
「きゃあああああああああああああああ!」
そんならしくもなく悲鳴を、思いっきり上げてしまった。
「楽しかったですねー!」
「……ええ、意外と楽しめました」
なんだか悔しい気持ちになったが、それでも楽しかったことは認めざるをえなかった。
普段、あんなに大きな声を出す機会なんてない。周りに合わせて大声を張り上げるというのはバカバカしくも思えたけれど、実際にやってみると、なかなか気持ちのいいものだった。ジェットコースターにこだわらわなくても、たまにはカラオケに行ってみてもいいかもしれない。
それにしても、寧子はなぜジェットコースターであんな状態になっていたのだろう。
「寧子は随分ジェットコースターが気に入ったようですけど、どういうところが気に入ったのですか?」
「うまく言えないですけど、何て言うかこう……身動きが取れない状態で、凄い力で振り回される感じが新鮮で楽しかったです!」
寧子がまた新しい性癖を開いてしまったような気がする。
日常のふとしたことで勝手にレベルアップするのはやめていただきたい。
時間もちょうどよかったので、ジェットコースターのあとはフードコートで食事を摂ることにした。
ジェットコースターの感想をあれこれ言い合い、食事も一段落ついたころ、ぽつりと寧子は語りだした。
「鳴上さん。私、鳴上さんに再会するまでは、外国に行こうと思っていたんです」
「旅行ですか?」
「いいえ。戦いを求めて、危険な国に行くことを考えていました。こっちの世界では異世界のような痛みがありませんでした。日本では無理でも、例えば戦争しているような国なら、きっと異世界以上に過酷な戦いがあると思ったんです。そこでなら生きてる実感をつかめるかもしれないなんて、思っちゃったんです。バカみたいですよね?」
冗談めかして言っているが、まったくもって冗談ではない。寧子はそんなことを本当にやりかねない。
アクセがあるから、寧子はそれなりに戦えるだろう。ひょっとしたら優秀な兵士になれるのかもしれない。でもきっと、長生きはできない。
「でも、今はそんな場所に行きたいとは思わないです! 鳴上さんと再会できてから、毎日楽しいんです! だから、鳴上さん! ありがとうございます!」
私は何もしてない。むしろ寧子のことを遠ざけようと日々考えていたりする。それなのに感謝されるのはおかしな気分だった。でも、なにも応えないのもおかしく思えて、
「ええ、どういたしまして」
そう答えると、寧子はとびっきりの笑顔を見せるのだった。