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第一話

初投稿です。

拙い作品ですが、楽しんでいただけたら幸いです。

「やっと見つけた、女神さま……!」


 学校からの帰り道。街中で、目の前に立った少女はそう私に呼び掛けた。


 彼女の顔には見覚えがあった。凛とした、まっすぐなまなざし。癖の着いた毛をポニーテールでまとめている。やや低めの身長。童女のようにかわいらしく、少年のように勇ましい。相反する二つの魅力が同居する、かわいらしい少女だった。


 知っている顔だった。

 だからこそ、私はすっとぼけることにした。

 

「はい、鳴上めいがみです」

「めい……がみ?」

「はい。鳴る、上に、と書いて鳴上。私のことを、今そう呼びましたよね?」

「いや、あの、わたしは! 『女神さま』って言いました!」

「同世代の方に、鳴上様なんて呼ばれるなんて、なんだか気恥ずかしいですね。あなたとはどこかでお会いしたことがあったでしょうか?」


 小首をかしげてそう問いかけると、目の前の少女は目をぱちくりさせた。困惑しているようだった。この機を逃さしてはならない。

 

「よくわかりませんが、何か誤解があったようですね。急ぎますので、私はこれで」


 そう告げて、足早に少女の横を通り抜けようとした。

 その手が、少女につかまれた。


「待ってください! あったことはあります! 間違いありません! あなたはわたしを異世界に転生させてくれた女神さまです!」


 さすがに無理があった。ごまかせなかった。

 私は観念した。どのみち同じことなのだ。学校からの帰り道に待ち構えていたということは、きっとこちらがどの学校に通っているかくらい把握しているのだろう。この場をごまかしたところで、おそらく追求は続く。


 仕方ない。まずは話を聞いてみよう。全く知らない相手じゃないだけマシと考えておこう。

 目の前の少女は、前園まえぞの 寧子ねいこ。こう見えて、かつて異世界に転生し、魔王を討ち果たした勇者だ。


 私は鳴上めいがみ かなえ。かつて、この現世で死んだ人間を、異世界の勇者として転生させる転生女神。……なんていう、おかしなバイトしていただけの、ごく普通の女子高生だ。




 中学生最後の春休みの夜。高校の入学を控えた私、鳴上 かなえは、自室で一人、ココアを楽しんでいた。受験勉強に励んでいた頃、夜にココアを飲むのがひそかな楽しみになっていた。受験も終わり落ち着いて、しばらく夜にココアを飲んでいなかった。久しぶりに飲みたくなって、ゆっくりと楽しんでいた時だった。


 ふと、気づくと。ココアの香りが消えていた。

 それどころか、そこは自分の部屋ですらなかった。

 白い大理石の床。あたりは雲と思しきモコモコに覆われている。空は青い。夜だったはずなのに、まぶしいほどの青さだった。

 自室でダラダラと座っていたはずの私は、いつの間にかそんなところに立っていた。目の前には直径だけで私の身長くらいはある、大きな光の玉が浮いていた。


「ここは……?」

「ここは天界。我は神だ」

「ココアは……?」

「話が終われば戻す。その時に飲めよう」


 私のつぶやきに、光の玉は律儀に答えてくれた。

 バカバカしいことこの上ない状況だったが、私はその言葉に嘘はないと思った。

 目の前の光の玉から放たれる圧倒的な力。それを本能的に感じ取り、理解していた。

 どこの宗教のどんな神かはわからない。それでも目の前の光の玉が、神と呼んで差し支えない存在だということは、どうやら間違いないらしい。

 そうなると、次の展開にも予想が着いた。

 

「危機に瀕した異世界がある。魔王を打ち破る勇者が必要だ」


 やはり、予想通りだ。小説やアニメで何度も目にした展開だ。続く言葉もいくつか予想できた。

 

「そこで、勇者を案内する転生女神のアルバイトが必要になった。そなたには、転生女神のアルバイトをしてもらいたい」


 予想とはだいぶを違う内容が続けられた。てっきり、私に勇者になれと言う展開だと思ったのに。

 私が小首をかしげると、神様は丁寧に説明を始めた。


 神様はまず、自らとそのとりまく世界について説明してくれた。


 神様は無数の世界のバランスをとる存在とのことだった。どこかの世界に異常が生じると、そこに力を送り込み、バランスを保つのがその役目だという。ところが、魔王と言う存在が生じると、力を送り込むだけではうまく行かないらしい。そこで、現世で命を失った人間に力を与え、勇者として送り込んできたそうだ。


 神様は私のいる世界を『現世』、そのほかの世界を『異世界』と呼んでいた。おそらく、こちらにわかりやすいように言葉を使い分けているのだろう。


 とにかく、そうした異世界のバランス調整は、かつては上手くいっていたらしい。ところが最近になり、発生する魔王は力を増していき、やみくもに勇者を送るだけではうまくいかなくなったそうだ。


 そこで、案内役をたてることにした。神様は強大だが、人間相手の細かい調整はできないそうだ。実際、何かを問いかければ律儀に答えてくれるが、こちらの意図まで読み取るような繊細さは感じられなかった。


「そこで、転生女神をアルバイトとして雇うことにしたのですか」

「その通りだ」

「でも私、突然そんなことを言われても、何をやっていいのかわかりませんよ?」

「案ずることはない。マニュアルは用意してある」


 目の前に突然、本が現れた。ハードカバーの異世界ものの小説のように、立派で分厚い本だった。パラパラとめくってみると、びっしりと文字で埋められていた。それでいて読みやすい構成だった。軽く読むだけで、転生女神としてやるべきことが、すっと頭に入ってくる。受験の時に使っていた、


 有名どころの参考書に匹敵するわかりやすさだった。思わず感嘆の息を吐いてしまう。


「凄いですね……これ、誰が書いたんですか?」


 疑問が口に出た。さっきの話によれば、神様はそういう細かい対応はできないはずだ。


「マニュアル作成のアルバイトだ」

「……有能なバイトさんだったんですね」

「スキル『マニュアル作成』を与えたら、いい仕事をしてくれた」

「あ、そういうことできるんですね。それなら、転生女神もその手のスキルを与えれば、マニュアルなんて要らないんじゃないですか?」

「むろん、転生女神にもスキルは与える。だが、それだけでは画一的な対応になり、我が勇者を送るのと変わらぬ結果となってしまう。マニュアル化された手順に、人の意思が加わった時、良い結果が生まれる。それは我の力の及ばぬ領域なのだ」

「そういうものですか」


 そして、マニュアルに書かれた諸条件を確認した。


 バイトは週二日、一回あたり2時間程度。報酬のひとつは賃金だった。だいたいコンビニでバイトをしたのと同じくらいの時給だった。これだけ見ると、しょぼい。だがこれは、周りにバイトの内容を詮索されないための偽装に過ぎない。


 本命は、報酬スキルだ。転生女神のバイトは報酬制で、うまく転生者を導いて異世界を救うことができれば、大量のポイントをもらえる。溜めたポイントで、好きな報酬スキルを取得できるのだ。


 報酬スキルはバイトマニュアルとは別冊になっていた。それだけで一冊の本となるくらい、その種類は膨大なものだった。


 スキル「鑑定眼」や「呪文の無詠唱化」など、見なれた物がたくさんあった。優秀なスキルは大量のポイントが必要だった。


 そして、私はバイトを始めることにした。


「あ、そうだ聞き忘れていました。なんで私、このアルバイトに選ばれたんですか?」

「そなたには適性があった……」


 その言葉を最後に、私は自分の部屋に戻ってこれた。幸い、ココアは冷めてなかった。色々と考える駅事はあったが、とりあえずココアを飲んだら落ち着いた気持ちになった。

 

 そして、転生女神のアルバイトが始まった。


 始めてすぐに気づいた。事前の説明と食い違うことがひとつあった。

 それは時間だ。


 現世と天界とでは時間の流れが異なっていた。天界でバイトは、体感でおよそ一か月もの長期間だった。でも現世に戻ると二時間しか経っていなかった。拘束時間は二時間。労働時間は一か月。法律が及ばない環境のバイトが危険であると、私は初めて学んだのであった。


 あまりにブラックすぎる労働環境だったが、つらかったかと言えばそんなことはなかった。


 バイト中は神様から『転生女神の加護』と呼ばれるスキルを与えられた。これは転生女神としてふさわしい能力を付与するというもので、様々な効果がある。まず身体能力が人の域を超える。バイト中は疲れることも眠くなることもなく、飢えも乾きもしなかった。トイレに行く必要もなかった。


 仕事面で困ることはなかった。最初の印象通りマニュアルは懇切丁寧で、わかりやすかった。スキル『転生女神の加護』は読解力や記憶力も強化してくれた。その能力でもってマニュアルを熟読すれば、迷うことなくバイトに励むことができた。


 事故や病気などで、現世で命を失い導かれた人たち。その人をひとまず落ち着かせ、異世界の勇者としての道を示し、その助けとなるスキルを選ばせる。


 大切なのは相手のやる気を刺激して、もっとも適したスキルを選ばせることだ。好き放題に選ばせるとろくなことにならない。うまく制限し、相手が納得するスキル構成を目指すのだ。


 私はその辺、どうも要領が良かったらしい。適当に勧めると相手は上手い具合に選んでくれた。


 転生勇者は様々な時間から招かれた。私が担当した人でも、10年前から来た人もいれば、逆に10年後から来たという人までいた。天界は現世と時間が切り離された感じらしい。そう思えば、現世で二時間、労働時間一か月と言う誤差は、まだマシな方なのかもしれない。

 

 いかに需要が増えたと言っても、バイト期間中、ずっと転生者の相手をしているわけでもなかった。実際には転生者の相手をするより、待ち時間の方がずっと長かった。


 天界は暖かでおだやかで、しかし殺風景だった。天界そのものは広いようだけど、転生女神のアルバイトが行ける場所は制限されているようだった。自由に行き来できるのは、異世界転生者を迎える神殿と、転生女神アルバイトの控室。そして書庫があった。

 

 その中で暇をつぶせる場所と言えば、書庫だけだった。そこにはこれまで異世界に転生した者たちが本として記録されていた。過去の転生者を知ることは、転生女神のバイトにとって役立つことだ。マニュアルでも書庫の記録を積極的に読むことが推奨されていた。


 書庫の本は一見、紙製の普通の本だ。しかし、意識を集中すれば、『女神の加護』の効果で映像として鑑賞することもできた。私は暇があれば書庫で勇者たちの物語を読みふけっていた。

 

 そして知った。異世界で成功する転生者は、実は一握りしかいないという事実を。

 

 大抵の人間は転生時に与えられた強大な力におぼれ自滅する。魔王軍の幹部に倒されることもある。普通の魔物に倒されることだって珍しいことじゃない。転生者のあまりに強すぎる力が危険視され、守るつもりだった人間に闇討ちされることすら、少なくなかった。


 そうなると、転生女神のバイトの報酬についても考えを変えるようになった。あまり強すぎる報酬スキルを入手しても、ろくなことにならないを思うようになった。例えば戦闘系の強力なスキルを得たとして、現世でなんの役に立つというのだろう。日常を生きるには邪魔になるだけではないだろうか。そんな風に考えるようになっていった。


 それに、報酬スキルの一覧ブックには、気になる記述があった。

 

 「強力なスキル構成になった転生女神のアルバイトは、異世界で勇者となる権利が与えられます」

 

 初めて見たときは胸躍る内容だった。自分も異世界で勇者として活躍することをちょっと夢見たりした。しかし時間が経つにつれ、その夢も消えていった。まわりくどい書き方をしているけれど、つまりこれは、考えなしに強力なスキルをとりまくったら、異世界送りにされるということではないだろうか。


 アルバイトを始めて半年が過ぎていた。このままなんのスキルも得られないのは嫌だった。かと言って、成功できるとは限らないと知った今、異世界に行きたいとも思えなかった。


 報酬スキル一覧ブックを何度も読み返し、無難で、ほどほどに強力で、悪目立ちしなくて、今後の人生に有用なスキルを求めた。弱いスキルの組み合わせも色々検討した。


 考えあぐねた結果、ようやくぴったりのスキルが見つかった。

 

 スキル『老衰まで保たれる健康』だ。

 

 地味な名称だが、かなり高位のスキルだ。因果律干渉系の常時発動型のスキルだ。このスキルの所有者は老衰まで健康が保たれる。スキルがそうした運命を導いてくれる。よく食べてよく眠れる。病気にめったにかからない。怪我をすることもまれとなる。


 なんらかの感染症が周りでどれだけ流行しようと、自分だけは運よく罹らない。仮に罹ったとしても、重症に至るまでに特効薬が開発されたり優秀な医者に治療してもらえたりして事なきを得る。


 このスキルは、異世界勇者にはあまり役に立たない。むしろ邪魔になる。勇者と言うものは、自分から積極的に危険に立ち向かうものだ。それはスキルに逆らう行動で、むしろスキルがあると、その効果で危険の少ない冒険となる。そうした冒険は、必然的に得られる報酬もしょぼいものとなる。それでは勇者は強くなれない。魔王に勝つ日も遠のくことだろう。


 だが、平和な現代日本においてはにおいてはほぼ不死身になれると言っていい、超有能スキルだ。あくまで「ほぼ不死身」だ。このスキルにも限界はある。個人のスキルの範疇を超えるような、あまりに大きな災害からは逃れられないらしい。


 たとえば極端な話、巨大隕石がぶつかって地球崩壊ともなれば、健康も何もない。また、因果律の外にある現象……たとえば異世界勇者のチートスキルなどは防げないらしい。


 それでも十分な性能だ。なにより、このスキルは人にばれにくいのが素晴らしい。はたから見れば、ちょっと運がいいだけの健康な人に過ぎない。大きすぎる力のせいで、陰謀に巻き込まれるなんてこともないだろう。そういうのは異世界勇者たちの物語でおなかいっぱいだ。

 

 アルバイトを一年続け、必要なポイントを貯めると、すぐさま『老衰まで保たれる健康』を入手した。


 そうして私は、円満に転生女神のバイトを辞めたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「むろん、転生女神にもスキルは与える。だが、それだけでは画一的な対応になり、我が勇者を送るのと変わらぬ結果となってしまう。マニュアル化された手順に、人の意思が加わった時、良い結果が生まれる。…
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