4-7 金儲けの道具
ニホンオオカミ絶滅の原因は複数あり、確定するのは困難。
けれど狂犬病やジステンパーを含む、家畜伝染病の流行。ソレによる人為的な駆除、開発による自然破壊など、多くの要因が複合したのでしょう。
現存する日本最古の医書、『医心方』全30巻。
平安時代中期、丹波康頼によって編述・泰進。隋唐の医書を引いて漢方医術の諸説を纏めたもので、医学史上の価値が高い。
その中にナント、狂犬病の症状に関する記述が!
狂犬病の正確な起源は不明。けれど古代メソポタミアには既に、狂犬病が存在します。
古代ギリシャおよび古代ローマの賢人は、狂犬病の恐ろしさを理解していました。罹患した動物を介して、広まるのだと。
平安時代の日本に、狂犬病が流行していたのか。それは分かりません。けれど、平安時代といえば陰陽師。
伝説になった高級公務員、安倍晴明。その晴明と法力を争ったと伝わる、蘆屋道満。
オカルトなアレコレは、後世の作り話でしょう。歌舞伎や浄瑠璃のネタになってマスし・・・・・・。
実際の晴明は国家機関、陰陽寮に勤める公務員。
陰陽寮には中国的な占いを行う陰陽師、暦を作る暦博士、天変を監視する天文博士、水時計を管理する漏刻博士などが所属。
これらに関する技能教育も行われていました。
陰陽道の呪術により吉凶の判断や、除災などを行う術士。人を呪うのが仕事ではアリマセン。けれど当時は怪異な現象が起きると、陰陽師が呼ばれました。
今昔物語集にも鬼、出てきます。
何のコッチャと思われますよね。けれど鬼、噛みつきませんか? 人肉モリモリ食べませんか?
百鬼夜行。アレ、落ち着きがなくなって徘徊した御一行様では?
夜を好むのではなく、光や音に過剰反応するため、暗くて静かな場所を求めて彷徨っていた。なんてコト、考えられませんか?
「秀、秀! 大変だ。」
「お父さん、何事ですか。」
生家、丹沢家は豪農。末っ子で病弱だった秀は母の実家、富永家に引き取られます。両親は本気で恐れました。このまま村に居たら、犬神憑きになると。
話を聞いた伯父は呆れ果て、秀を預かるのではなく養子にしました。
妹夫婦だけではアリマセン。秀を山に置き去りにした甥も姪も、余所余所しい態度をとっていたのです。
「丹沢の家が、オオカミに襲われた。」
「ソレは有り得ません。」
犲は人を襲いません。山を下りたら民家では無く、家畜小屋を襲います。冤罪ダメ! 再調査を求めます。
「ん? いや、しかし・・・・・・。あのな秀、妹が。お前を産んだ母が、食い殺された。」
「御犬様は、生きた人など食べません。」
丹沢家は昔から代替わりの度、魔除けの儀式を執り行っていました。田畑の他に山も所有しているので、生贄には困りません。
実は丹沢家。秀が富永家に引き取られてから毎年、犲を惨殺していました。理由は簡単、金。
藁にも縋る思いで丹沢家を訪れた人に、高値で売りつけていたのです。
憑依信仰者でなくても、『憑き』や『持ち』は敬遠されます。
霊媒の憑依のような、統制的なモノなら望ましい。けれど憑かれた霊によって病気や、精神異常を起こすようなら?
憑依するのは狐や狸、猿や犬猫など、犲を恐れる生き物が多いのです。だから治療に失敗した人や、その親族が『憑き』を遠ざけるため、犲の頭骨を欲します。
秀の祖父の代までは然ういう、本当に困っている方に『魔除け』として、無料で譲渡していました。
けれど実父は金儲けの道具として、殺していたのです。
「『御犬様の祟り』と言われても、仕方ありませんね。」
「そうだな・・・・・・。」
「私を『返せ』とでも、言ってきましたか?」
言ってきた。『秀には大神が憑いているから、丹沢家を守ってくれるハズ』なんて、都合の良い事をネ。
「勿論、断った。がな、葬儀に出れば。」
「解りました。葬儀にも、法要にも出ません。」
祖父の代とは違う。親不孝と罵られても、御犬様を金儲けの道具にするような家に戻る気など、微塵も無い。
「落ち着いたら一緒に、墓参りに行こうな。」
「はい。」