4-6 もう、怒ってナイよ
幾ら満月でも、夜は夜。
一人なら転んでも良いけれど、背負った籠には御犬様が。目立つケド危ないから、提灯を持ち出そう。足元を照らすために。
たまに番犬に吠えられるも、秀は迷わず山に向かいます。畑からシシが出てきた時、叫びそうになりました。慌てて口に手を当て、グッと我慢。
怖い、けれど怖くない。御犬様がいらっしゃる。酷く傷つけられて、御怒りだろうな。ごめんなさい。ごめんなさい。
秀は気づきません。仲間を探しに山を下りた犲、数頭に囲まれていると。野犬の群れから守られていると。
吉生の匂いを辿って、名主の家に。
人が寝静まるまでヒタスラ待ち、『そろそろ出るか』と思った時、人が出てきた。吉生に危害を加える気は、無いらしい。
小さいから、この家の子だろう。犲を恐れず近づき、水を飲ませた。
吉生を持ち上げた時、飛び出そうと思ったが止める。提灯がコワイのも有るが、吉生の声が聞こえたのだ。『美味しい』と。
敷地の外に出た時『生きてるか』と声を掛けた。
吉生は小さな声で『うん』と一言。続けて『この子に助けられた。山に帰してくれるって。だから、襲わないで』と。
仲間に知らせ、何頭かで分けて受け持つ。シシやイヌを脅すのを。『あの子に近づけば、命は無い』と解らせるために。
人の子から犲の匂いがするのだ。ドウコウしようと思う、愚かな獣はイナイ。それでも犲を救い出し、山に帰そうと夜に出歩く子だ。守ってやりたい。
トコトコ歩いて、山裾に到着。
秀はユックリ腰を落とし、静かに籠を下ろします。吉生をソッと抱き上げ籠から出すと、土の上に正座しました。
「御犬様。家の者が酷い事をして、本当に申し訳ありません。雨乞いの生贄にしようと、御犬様を。」
膝の上に置いた手が、ギュッと握られます。手の甲に、ポタリと涙が。
「雨が降らないからって、こんな事。」
唇を噛み、肩を震わせて。
・・・・・・泣いてるの? ボクもう、怒ってナイよ。助けてくれて、水を飲ませてくれた。干し肉、美味しかったよ。
「クゥゥ。」 アリガトウ。
秀の頬をペロリ。タッと山に入り、仲間の元へ。
「ウ、ヴォォン。」 ボク、タスケテモライマシタ。
キョトンとする秀の横を、数頭の犲が走ります。
「ウ、ヴォォン。」 コノコニ、テヲダスナ。
「ウ、ヴォォン。」 ナカマヲ、スクッタ。
「ウ、ヴォォン。」 オレタチノ、ミカタダ。
「ウ、ヴォォン。」 ワカッタラ、ホエテシラセロ。
「ヴォォォン。」 ワカリマシタ。
少し離れているとはいえ、近くで犲の遠吠えを聞いたのです。
耳がキンキン、お目目チカチカ。それでも秀は正座したまま、真っ直ぐ前を向きました。
視線の先には助けた犲、吉生。群れの長である由吉が寄り添い、頭を下げました。それからタッタと引き上げ、静かになります。
秀は土下座し、良心にかけて誓いました。
『努力を怠らず出世して、御犬様を守る力を得ます。時は掛かりますが必ず、必ず良い大人になります』と。
ココまで無事に辿り着けたのは、多くの御犬様が守ってくださったから。
夜に子が一人、出歩いたのです。野犬に襲われてもオカシクありません。なのに傷一つ負わず、チャンと生きています。
スクッと立ち上がり、山に一礼。籠を背負い、提灯を持って家路を急ぎました。
親に叱られるのは構わない。けれど生きて帰らなきゃ、御犬様を守る大人にはナレナイ。それはイヤだ。
秀は帰宅後、速やかに縄を回収。持ち出した籠と稲刈鎌を物置に、椀を洗って台所に戻す。それから蔵に戻り、ホッと一息。
蔵に入ったのを見届けた犲が数頭、静かに立ち去りました。
日本国内での感染は1956年にヒトとイヌ、1957年にネコで確認されたのが最後。それ以降、日本で狂犬病を発症した事例は全て、海外経由だそうで。
イヌに限らず狂犬病に感染している動物が、ペットとして世界中から持ち込まれる可能性は高い。
また海外へ行った際、日本に居るのと同じノリで現地のイヌ、ネコ等に手を出し、感染する可能性も。
コワイよ、狂犬病。