4-5 御犬様に酷い事、しないで!
ご機嫌で山から下りた二人組。山小屋に他の獲物を置いてから、犲を朸の真ん中へ。仲良く担いで、エイサホイサ。
「名主さま。ご注文のイヌ、お届けに上がりました。」
背を下に、四つ足を縛られブラリ。
「ご苦労さん。・・・・・コイツ、生きてるのか?」
長時間、逆さ状態。グッタリするのは当たり前。
「はい。ほら、鳴け。」
土の上に下ろされ、朦朧とする吉生。その鼻を、猟師の一人が縄で叩きました。ヒドイ!
「キャィン。」 イタッ。
名主は『気の毒だ』とも、『可哀そうだ』とも思いません。『これだけ弱っていれば、木に縛るのも楽だろう』と、恐ろしい事を考えています。
黙って目配せ。恭しく差し出された袋を受け取り、ウンと頷きます。使用人がスッと下がりました。
「褒美だ。」
銭が入った袋を、手前に居た狩り人に。
「ヘイ。」
両手を前に出し、頭を下げたまま一歩さがり、二人で中を確かめます。
「確かに。」
猟師が見合い、ニッタァ。朸を持って去りました。
使用人たちが縄やら何やら持って、奥からゾロゾロ。
一人が輪っかを作り、吉生の首に。もう一人が頭に麻袋を被せ、口を閉じました。落ちないように縛ってから荷車に乗せ、裏庭へ。
大きな松の木に、シッカリ縄を結びます。
一人が四つ足を縛っていた縄を解き、もう一人が麻袋を取って逃げました。けれど変わらず、グッタリしたまま。
「竹竿を持ってコイ。」
「はい、ただいま。」
物干し場から一本、使い込まれた竹竿が持ち出されました。再利用しようと除けていたソレは、長さ2mほど。
バシッ。
「キャイン。」 イタイ。
バシッ。
「キャイン。」 ヤメテ。
儀式が始まりました。
木に繋がれた犲を痛めつけるだけ痛めつけ、憎しみを抱かせます。それから水と食べ物を、目いっぱい首を伸ばしても届かない場所に。
痛みや渇き、飢えに苦しむ様を、人間は黙って観察。頃合いを図って。
バシッ。
前足あたりの土を叩かれ、恐怖を覚えました。
バシッ。
後ろ足あたりの土を叩かれ、怒りに震えました。
バシッ。
鼻先あたりの土を叩かれ、殺意を覚えました。
「ガルルゥ。」
牙を剝き、人間を睨みつける吉生。
バシッ。バシッ。バシッ。
聞き慣れない音に混じって、唸り声が聞こえます。胸が締め付けられる、涙が止まらない。裏庭へ行きたいのに、使用人が邪魔をする。
何かがオカシイ。
秀は大人しく部屋へ行き、コッソリ抜け出す事にしました。どうしても確かめなければイケナイ。そう強く、強く思ったのです。
「やめてぇぇ。」
前に飛び出し、両手を広げました。
「御犬様に酷い事、しないで!」
届かない場所に立ったのはタマタマ。少しでも木に近ければ、嚙み殺されていたカモしれません。
「離れろ、秀。」
「嫌だ。」
駆け寄った使用人、三人掛かりで抱えられ、蔵に放り込まれました。
グスグス泣きながらドンドンと扉を叩き、大声で叫びます。『御犬様を放して』『山に御返しして』と繰り返し、繰り返し。
儀式は中断。秀の声が、獣の声に聞こえたのです。それはもう大慌て。
恐れ戦いた名主は考えました。『このまま続ければ、倅にイヌが憑依する』と。
いったん憑依すると、家筋の子孫に伝わります。そうなると犬神筋と呼ばれ、婚姻はおろか、交際までも避けられてしまうのです。
「犬は逃げないように、シッカリ縛っておけ。」
「ハイ。」
今夜は蔵に押し込めて明日、遠縁に預けよう。それからだ、儀式を遣り直すのは。成功すれば、憑き物落としにも使える。
兄からコッソリ、脱出法を聞いていた秀は真夜中すぎ、蔵から抜け出しました。物置から稲刈鎌と籠を、台所から干し肉と椀を持ち出し、吉生に近づきます。
「ヴゥゥ。」 ヤルノカ。
「シィィ。御犬様、ごめんなさい。山にお送りします。縄を切るので、動かないでください。」
正直フラフラ、立つのも辛い。それでも噛み殺そうと思いましたが、直ぐに思い止まりました。秀からは嫌な感じが、全くしなかったのです。
縄が切られ、首にキツク食い込んでいた縄も解かれました。
吉生は椀に入れられた水を飲み、ホッと一息。首と腹の下に腕を入れられ、尻も支えて持ち上げられます。それからユックリと、籠の中へ。
狭いけれど、暴れませんでした。
「御犬様。満月ですけど、吠えないでくださいね。」
・・・・・・?
「蓋をします。あっ、干し肉です。お召し上がりください。」
そう言ってポトッと入れ、そっと蓋を閉じました。




