4-3 御犬様
「ウッ、兄さん。グスッ、姉さん。どこぉ。」
蕨や薇が入った籠を背負い、同じ所をグルグル。山菜採りをしていて、兄姉と逸れてしまいました。
「巣穴からは遠いが、近づいている。」
群れの長、由吉がキリリ。
「ドッチが行く。」
群れの副長、吉次がキリッ。
「オレが行く。そろそろ生まれるんだろう? 菊の側に居てやれ。」
オスに出来る事なんて、高が知れている。けれど、側に居れば心強いだろう。たぶん。
ガサッ。ガサガサ。・・・・・・ピョン。
「う、兎かぁ。」
ちょっぴりチビる。
「もう、驚かすな・・・・・・よ。」
目の前には、冬眠明けの熊。お察しの通り、腹ペコ。
「おっオイラ、ゴクリ。不味いよ。」
ジリジリと後ろに下がりながら、呟く秀。
熊は目が悪いので騒がず喚かず、幹にピッタリ隠れて居れば遣り過ごせます。けれどチビりました。ほんの少しでも、匂いで知られてしまうでしょう。
泣き叫びながら、走って逃げたい。けれど、そんな事をすれば死ぬ。
祖父の教えを思い出し、泣くのも鼻を啜るのもグッと我慢。ゆっくりユックリ幹に添い、焦らず後ろに回ります。
ガサッ。
熊の前に、鹿が飛び出しました。追われていたのでしょう、目が点です。素早く方向転換。逃げようとした、その時。ガブリッ。
秀は目を閉じ、幹に隠れています。裏で何が起こっているのか、全く分かりません。鹿の鳴き声がして、それからグチャグチャ聞こえました。
オイラの代わりに?
怖いコワイ恐ろしい。今すぐ、この場を立ち去りたい。けど、駆ける自信なんてナイ。転ぶ気しかシナイよぉぉ。
カァァ、カァカァ。
立ったまま気絶していた秀は、カラスの鳴き声でハッと我に返ります。
暖かくなったとはいえ、日が暮れれば冷えるもの。ブルッとして思わず腕を摩った秀を、一頭の犲が見つめていました。
「あっ。」
目が合った、逃げられない。秀は静かに目を閉じ、その時を待ちます。
「・・・・・・ん。」
幾ら待っても、ちっとも痛くならない。オカシイ。
薄ぅく目を開くと、同じ場所に犲が。ただジッと、秀を見つめています。パチクリしてからユックリと、木から離れて歩き出しました。
ココは山奥、方向感覚なんて有りません。だから秀は北へ北へ、巣穴の方に進みました。マズイと思った犲、由吉は先回り。秀の前にタッと出ます。
「食べるの?」
・・・・・・ジィィ。
「違うの?」
・・・・・・ジィィ。
道を教えてくれている。何となく、そう思った秀は歩き出しました。反対方向へ。
暫く歩いて振り向くと、由吉の姿が。『見守られている』と感じた秀は微笑みを浮かべ、ズンズンと歩き続けました。
「ドッチだろう。」
分かれ道に出たので振り返り、ニッコリ。
「御犬様。里へ続くのは、どちらでしょうか。」
由吉は秀が、賢い子だと見抜いていました。
熊を見ても騒がず、木に隠れて遣り過ごす。己を見ても騒がず、物を投げつけない。だから山裾まで送れば、一人で帰れると判断したのです。
一方の道に立ち、通せん坊。少し考えてから秀は、里へ続く道を選びました。やっぱり賢い。それからも幾度か、同じように。
「あっ、里だ。」
見覚えのある場所に出た秀が、思わず叫びました。それからクルリと由吉に向かい、ペコリ。
「御犬様。麓まで送っていただき、ありがとうございました。」
頭を上げると、タッと山へ。『もう迷うなよ』と言われたような気がして、胸がポカポカした秀は御辞儀します。御犬様の姿が見えなくなるまで。
一緒に山に入った兄姉は薄情にも、帰宅してから弟を置き去りにした事に気づきました。祖父母、両親からもキツく叱られ、揃って蔵へポイッ。
罰として、夕飯は抜きです。
「居たぞ、見つけた。」
男衆が総出で、秀を探していました。
「父さん。」
トタトタ駆け寄り、ギュッ。
「御犬様が山奥から、麓まで送ってくださったんだ。ずっと、ずっと守ってくださったんだよ。」
兄姉と逸れた事、熊に出くわした事、鹿が身代わりになった事など、いろいろ話しました。
そんな秀を抱きかかえ、家路を急ぎながら考えます。『この子は運が良かったダケ』『もし犲が飢えていたら、食い殺されていただろう』と。
彼は知りません。犲と野犬は、全く異なると。山にいるイヌは全て、人を食らうと思い込んでいたのです。
飼い主と逸れた猟犬や、飼い主に捨てられた犬が野生に戻り、人を襲うのを幾度も見てきましたから。