4-15 金の亡者
何でもカンでも西洋化しようとした明治政府により、大神と崇められていた犲は殺され続けました。
北海道に生息していた別亜種、エゾオオカミは1894年前後に絶滅。牧場を荒らす害獣として、駆除されたのです。
しかし、ニホンオオカミは山から出ません。エゾオオカミとニホンオオカミは違うのに、政府は同じオオカミとして処理。
御犬様の有難みについて、意見する人も居ました。けれど、お上の考えは絶対。取り付く島も無い。
すっかり暗くなったのですが、僅かな光が雪に反射して、明るく感じられます。
満面の笑みを湛え、雪の上をザクザクと歩く猟師たち。乱れる足跡を見て確信しました。近い、と。
「居た。」
小さく上下する腹を見て、犲の生存を確認。酷く衰弱している獲物に、弾を打ち込む事は無い。そう判断して、銃床で撲殺。
鳴き声すら出せず殺されたのは、オスの幼体でした。
「ヒッヒッヒ。ドコに売る?」
「まずは、役場かな。」
思っていたより安かった。
金欠政府に出せるのは、蚊の涙ほどの報奨金。『無い袖は振れぬ』と言われ、怒って役場を出ます。
二人は無い知恵を絞り、学校に売り込みました。結果は同じ。蚊の涙が、雀の涙になったダケ。プリプリ怒って飛び出し、頭を抱えます。
そんな時、噂を聞きつけました。異人がオオカミを求めて、奈良に来ていると。
「奈良ってもヨォ。」
撲殺してから既に、三日経過。腹が少し青くなって、腐ってきました。
「鷲家口なんてド田舎には、来ねぇよなぁ。」
実は来てマス。ニホンオオカミを求め、滞在中。
チビチビ飲んだくれる二人は、耳にします。『オオカミを買いに来た外人が、芳月楼に泊っている』と。
「御免ください。」
猟師の片割れが玄関を開け、声を掛けます。
「はぁい。」
奥から女将が出てきました。
「お泊りですか?」
「いや、オオカミを買ってくれる外人が、ココに泊ってると聞いてね。」
「そうですか。で、オオカミは?」
「外に。」
『オオカミを売りに、猟師が来た』そう聞いて大喜び。急いで確認するも、確証が得られません。
幼体だが、オオカミに見える。ヨシこの際、コレで手を打とう。
「いくらだ。」
通訳を通して交渉したのですが、アンダーソンの顔に『欲しい』と出てマシタ。それはもうバッチリと。
「15円なら、売ってもイイ。」
当時は10円あれば大人一人、一月は生活できました。法外な値を吹っ掛けられても、ねぇ。
「高すぎる。」
交渉決裂。猟師は死体を持って、引き上げます。
「・・・・・・ハァ。」
丹沢家の蔵はカラ。しかし、噂は本当だった。
頭の他に毛皮、全身の骨まで有ると。アレは嘘か? 他の場所に隠して。だとしても、あの男は手放さない。
あの幼体、15円。払えないワケでは無いが、冬毛か? 灰褐色と言われれば、まぁそうだが。
「アンダーソンさん。あの二人、戻ってきました。」
腐敗が進み、『ヨソに持ち込んでも高値では売れない』と考えたのでしょう。交渉の結果、8円50銭で交渉成立。
イソイソと宿の近くで処理。
思った以上に腐敗が進んでいたので、毛皮と骨格だけを英国に送りました。
私から切り離されたソレらは、採集地より『ニホン・ホンド・ワシカワグチ』と記録され、動物学上の貴重な資料となっています。
オオカミは臆病な生き物で、人前に姿を現しません。遠目にチラッと見る程度。
人を襲わないのだから、狩る必要が無かった。そんなオオカミを、害獣の天敵オオカミを狩り続けた人類。
オオカミの不在が自然サイクルを狂わせ、生態系を破壊するなんて、思いもしなかったのでしょう。現在、そのしっぺ返しに苦しんでいます。
環境破壊が進み、地球環境も破壊され、多くの動植物が絶滅の危機に瀕している。にも拘らず知らん振り。
利権が有れば動きますが、環境保全は揉めるダケ。何でもカンでも金、金、金。金にならなきゃ動かない。それが地球の癌、人類。
その時が来て慌てても、手遅れですよ。金の亡者サン。
取り壊そうとした家や蔵から発見され、扱いに困って、博物館などに寄贈するケースも有るようです。
けれど今でも丹沢家のように、御犬様の頭骨などを大切に守り続ける旧家があります。大っぴらには口にシナイだけ。