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スティールスマイル(改訂版)  作者: ガブ
第一部 「ゼロとレイア」
9/28

第9話 「ジャック」

「お前だろ、1人で10数人殺した奴って。俺はジャック、お前は?」


 ジャックとゼロが初めて出会ったのは、あの倉庫での殺し合いから一夜過ぎた頃だった。ゼロはあの後組織の訓練場に連れていかれ、そこで同様の境遇の子供たちと顔を合わせた。その中で唯一、人としての感情を失っていなかったのがジャックだった。


「おい聞いてんのか? あ、わりいもしかして名前、無いのか? しゃべれないとか?」


 とても人と会話する気分ではなかったゼロが無視していると、ジャックは申しわけなさそうに頭を下げる。ジャックは決して煽っているわけではない。組織が拉致する子供たちのほとんどは戦争孤児であり、中には生まれて間もなく天涯孤独になってしまった者もいた。そのため名前のない者や、言葉を発することのできない者もいた。もっともそのほとんどは例の殺し合いに敗れ、命を失ってしまったが。


「何で俺に声をかける? あっちへ行け」

「お、良かったとりあえず口は利けるみたいだな」


 1人で絶望していたかったゼロはジャックを突き放すように冷たい視線で吐き捨てるが、ジャックは構わずゼロに話しかけ続ける。


「何でって、そりゃあお前が1番強そうだからだよ。こんな場所で生き残るには強い奴と仲良くなった方がいいだろ?」

「俺が強い?」


 自分が強いとは微塵も思っていなかったゼロは、ジャックを睨みつける。今回生き残ったのもただ運がよかっただけだと思っていた。ゼロの体はどちらかというと細身で弱々しい。ここに集められている子供たちの中で言っても下から数えた方が早いくらいだ。また昨夜と同じようにここで殺し合いを始めろと言われたら、正直生き残る自信は無かった。


「力の問題じゃねえぞ、心の問題さ。見てみろよ」


 まるで心の内を見透かされたようなジャックの言葉を受け、辺りをもう1度見渡すゼロ。よくよく観察してみると、ほとんどの子供は顔が死んでいる。光や希望が見られないのは当然だが、恐怖や悲しみといった感情すらも消えているようだ。


「な。あいつらはもう死んでんだ。まあ組織の人間からしたらああいう姿を望んでるんだろうけどな」 


 胸糞悪いといった表情で歯を食いしばるジャック。


「でもお前は違う。だからってまともじゃねえ。10人以上ぶっ殺して冷静でいられるってことは、お前はあいつら以上にいかれてる」


 嬉しそうにゼロの背中を叩くジャック。きっと自分と同じように大勢の人間を殺してここに来たのだろう、だというのに飄々としているジャックの態度にゼロは恐怖を禁じえなかった。

 それからというもの、ジャックは事あるごとにゼロに突っかかって来た。同じ種類の武器を愛用していた関係上何度も共に訓練したが、毎回毎回紙一重でジャックの方が好成績を残し続けた。機動力もジャックの方が優れており、ジャックがゼロ以上に冷静に仕事をこなすことができたならば殺し屋としても彼の方が優秀だっただろう。


 拭いきれない不安を抱えたまま射撃大会へのエントリーを済ませるゼロ。大会開始まではまだ1時間ほどあるらしく、ゼロたちは会場に備え付けられた食堂へと向かう。


「本当にこれ全て無料でよろしいのですか!」


 食堂に並べられた数々の料理を目の当たりにし、興奮が抑えきれないレイア。どうやら大会関係者には無償で振る舞われるらしい。久しぶりのまともな食事に舌鼓を打ちながら笑みを浮かべるレイア。一方のゼロはなかなか手が進まない。そんなゼロの様子を見て、レイアも食器から手を離す。


「ゼロさん」


 ゼロの冷たい手を握りしめ、目を見つめるレイア。


「先程の方がどれほどお強いのかはわたくしは存じません。ですが、ゼロさんなら必ず勝てます」

「根拠の無い事を・・・・・・」


 精一杯励ましたつもりだが、ゼロの反応は薄い。もう震えはしていないが、バロードと戦った時には確かにあった迫力は消え失せている。


 レイアはもう1度強くゼロの手を握りしめ、思いを伝える。


「根拠ならあります。あなたは強いです。わたくしの知るどなたよりも、ゼロさんは強いです。

わたくしはゼロさんが勝てると信じています。ですから、ゼロさんは負けません」


 そう言うと、再びレイアは食事に手を付け始める。だがそこに先ほどまでの笑顔は無く、いつまでたっても立ち上がろうとしないゼロに対して少しイライラしているようだ。


「とにかく、少しは食べてください」


 ゼロの目の前にあるパンを鷲掴みにすると、レイアはそれを半ば強引にゼロの口へと押し付ける。強引なレイアの行動に戸惑いは隠せないものの、仕方なく咀嚼するゼロ。


「行きますよ!」


 自分が満足すると、レイアはゼロの腕を引っ張って食堂を後にする。

 だがどれだけレイアがゼロを激励しようとも、ゼロの中の恐怖が消えることは無い。むしろ増幅する一方だった。


 いくら不安が残ろうとも、容赦なく大会開始時刻は訪れる。集まった参加者たちはコロシアムのような会場に案内され、観客たちがそれを見下ろす形になっている。


「頑張ってください!」


 会場に立つゼロに手を振りながら声援を送るレイア。チラリと見るが、ゼロ視線はすぐさま同じく会場に居たジャックへと移っていく。ゼロの態度に顔を膨らませるレイアだったが、もう自分にできる事は祈ることだけだと手を胸の前で組み、祈りの言葉を呟いた。


「十闘神様のご加護がありますように」


 運営の発表によると、参加者は32名。参加者たちから武器が回収され、代わりに一丁ずつハンドガンが配られる。弾はペイント弾が使用され予選はバトルロイヤル方式で行われる。参加者全員が一斉に撃ち合い体に三発弾を受けた者から脱落する。そうやって残った8人が本戦に進めるという流れだ。

 ゼロは渡された銃の具合を確かめながら大会開始の合図を待つ。他の参加者も会場に用意された障害物に身を隠しながら息を呑んでいる。

 運営が空に向かって1発の弾を発射したのが合図となり、参加者たちが一斉に銃を発砲し始める。ゼロは障害物の間をすばやく移動しながら標的を探すつもりだったが、手にした銃が標的を捉えることは無かった。

 一瞬の出来事だった。おそらくゼロ以外には何が起きたか説明できる者は居ないだろう。突如吹き荒れた疾風が会場を駆け巡り参加者たちを襲う。ゼロは咄嗟に身を守ったが、気が付くとゼロとジャックを除いた全員の体に3点の染みができていた。


「さあ有象無象は消え去った。無駄な手間が省けたろ?」


 騒然とする会場で1人冷静なジャックがゼロに銃口を向けながら語り掛ける。

 予想外の事態に運営側は対応に追われた。納得のいかない参加者たちが暴徒化するのを恐れ、兵士を呼ぶことも考えられたが、ジャックとの圧倒的な力の差を肌で感じた参加者は誰1人として声を上げなかった。

 

 本戦、もとい決勝戦は十五分後に開始される。ゼロとジャックは会場の選手控室でにらみ合っていた。


「随分と派手な事をするな」

「そう言うなって。ちまちま戦っても結果は同じだろ? 時間の無駄さ」


 強引な使い方をしたせいで完全に壊れてしまった銃を交換し、くまなく点検するジャック。一方ゼロはほぼ新品のままの銃を強く握りしめている。10年以上使い続けた愛用の銃とよく似た形状にも関わらず、まるで初めて扱うかのような不安感がゼロを襲う。


「あ、そう言えばまだ決着がついた後のことを話して無かったな」


 気持ちの沈んでいるゼロに、ジャックは絶望の追加情報を容赦なく伝えていく。


「お前が負ければ俺はあの女を殺す。そのあと勿論お前も殺す」


 殺す、聞きなれた言葉が重たくゼロの耳にのしかかる。今まで飄々としていたジャックからは初めて明確な殺意が放たれており、その言葉が嘘ではないと後押ししている。


「当たり前だが俺にも組織からお前とレイアを始末するようにと指令が来てる。最初にぶっ殺してもよかったんだけどよ、最後に本気のお前と戦いたかった。ま、その様子じゃ無理かもしれねぇけどな」


 怯えにも似た表情を見せるゼロに対して残念そうな表情を浮かべながらコロシアムに戻っていくジャック。戦場へと向かう彼からは予選とは比べ物にならない闘志が溢れていた。


(死・・・・・・か)


 力が入らず、思わず銃を落としてしまうゼロ。死の一文字が脳内でこだまする。

 あの日組織に捕らえられてからゼロは常に死と隣り合わせだった。死と寄り添い、死と1つになることで何とか生き残って来た。だが、10年以上共に歩んできた死が今ゼロから離れ、レイアの方へと移動していくのがよくわかる。


 あの哀れな少女が死と同化する、自分が弱いせいで。


(ふざけるな)


 ゼロの心が黒く、深く沈んでいく。ゼロの体から離れかけた死が再び戻って来る。


(レイアを守る。それが俺の使命だ)


 禍々しい殺気がゼロから放たれ、前方に居たジャックが思わず振り返る。


「へ、ようやく本気になりやがった」


 冷や汗を流しながらにやりと笑い、ジャックは再び戦場へ帰って来たゼロを祝福する。



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