第8話 「射撃大会」
夜が明け、また新しい一日が始まる。
服と体が綺麗になり、ゼロと少し距離が縮まった事で足取りが軽やかになるレイア。ルンルン気分で鼻歌交じりに歩いていく。どうやら自分の命が狙われていることなどすっかり忘れているようだ。
「あまりはしゃぐな、転ぶぞ」
昨日までとは違いレイアのすぐ隣を歩くゼロは、周囲を警戒しながらレイアの足元にも注意を引かれる。今までの人生において自分以外の身を守ることなど考えもしていなかったゼロにとって、ボディーガードという仕事は決して簡単なものでは無かった。警戒し続けるゼロだったが、ここ3日間1度も組織の追手らしき気配を感じなかった事が逆にゼロを不安にさせる。組織が裏切り者を野放しにするなどありえないからだ。過去少なからず組織を欺こうとした者は居たが、例外なく始末された。ゼロが手を下した事もある。
(ならば奴はどうやって組織から逃れている?)
ゼロの脳裏に浮かんだのはフェンリーの存在だ。彼の言葉を信じるならフェンリーは組織を抜けている。だというのにフェンリーに焦りや恐怖は見られなかった事にゼロは疑問を抱く。
(確かに奴は強い。俺が万全の状態だとしても勝てるかどうかは分からない。だからと言って24人の殺し屋から逃げ切れるものなのか?)
組織にはアルファベットを冠した26人の殺し屋が居る。即ちゼロとフェンリーを除いた24人全員から命を狙われる危険性がある。どれだけ強力な力を持っていたとしても、それら全員を退けることは容易ではない。
(俺たちに接触してきた以上、奴にはもう1度会う必要があるな)
ゼロが険しい顔で考えに耽っていると、何とも間抜けな音がレイアの空腹を知らせてきた。
「すみません」
下を向いて顔を赤らめるレイア。思えばここ数日まともな物は口にしていなかった。1人ならなんてことは無いが、ここでもまた他人と共に行動する難しさを思い知らされるゼロ。持ち合わせは何とか1人分の食事を賄える程度しか無く、かといってそれをレイアに譲ればレイアが快く思わないだろうという事は数日の付き合いであるゼロにでも分かる。
腹の虫を鳴らすレイアと、組織とはまた別の問題に悩まされるゼロ。どんよりとした空気で歩く2人の前に1枚のチラシが飛ばされてくる。それを拾い上げたレイアはしばらく目を通した後、少しよだれを垂らしながらゼロの目の前にチラシを突き出す。
「あのぅ、少し寄り道していきませんか?」
レイアから受け取ったそのチラシに簡単に目を通すと、ゼロは自信満々で答える。
「なるほど。俺に任せておけ」
チラシには、「射撃大会 参加者求む 優勝賞金30万リール」と書かれていた。二人は予定の道を逸れ、チラシに書かれていた村を目指して歩き始める。
2時間後、二人は目的の村へと辿り着いた。村の規模はそれ程でも無いが、射撃大会の参加者だろうか、ガンマン風の男たちで賑わっている。
「わぁ、すごい人数ですね。勝てそうですか?」
「愚問だな。多少腕に覚えがあろうが所詮は一般人。俺の敵では無い」
集まったガンマンたちを眺めるレイアにきっぱりと言い放つゼロ。ゼロにとって銃は体の一部であり、命の一部だ。10年以上磨いてきた腕もある。中には名の知れたガンマンも居るかもしれないが、ゼロは勝利を確信していた。
その男が現れるまでは。
「よう、まさかこんな場所でお前に会うなんて思わなかったぜ」
どこからともなく聞こえてきた声によって、ゼロから血の気が引いていく。
「どうしたので・・・・・・わ!」
今まで見せたことのないゼロの表情を心配そうに覗きこんでくるレイアの腕を強引に握り、全速力でその場から離れるゼロ。
(あの声、それにこの気配・・・・・・クソッ、なぜ今まで気が付かなかった!)
走りながらゼロの脳裏にはある男の姿が浮かんでいた。銃の腕も足の速さも、組織の中で唯一適わなかったある男、その男の名は。
「ジャック!」
「おいおいなんでいきなり逃げるかね。挨拶しただけだろ」
砂漠の旅人が砂嵐から身を守るためのローブのような物に身を包み、羽根が刺さったとんがり帽子をかぶったその男は、悠々とゼロたちを追い越し、行く手を阻む。
レイアから見たら目の前の男はがりがりの気の優しそうな青年だ。年齢もゼロと同じくらいだろう。バロードが放っていた嫌な殺気も感じられず、とてもゼロが焦るほどの人物とは思えなかった。しかしゼロはそうは思っていない。その証拠にレイアを握りしめたその腕と顔には大量の汗が浮かび上がっていた。
「久しぶりだな。しかしお前も馬鹿な事したもんだよな。で、あんたがレイアちゃんだな?」
レイアに対して笑いかけるジャック。握手をしようと手を差し出して近づいてくるが、当然ゼロが黙っていない。
「近づくな!」
拳銃を抜き、撃鉄を上げるゼロ。それを見たジャックは驚いて手を上げる。
「こんな村のど真ん中でぶっぱなす気か? らしくないな。それに・・・・・・」
ジャックはゼロが握りしめたレイアの腕に目線を送る。ゼロが力強く握りしめたレイアの腕は赤くはれてしまっていた。
「す、済まない」
痛そうにしているレイアから腕を離すゼロ。ジャックから目線を離したそのほんの一瞬の間に、ジャックはゼロの眼前まで迫っていた。
「ホント、らしくないぜ。今までのお前なら俺が目に入ったとたん躊躇せずコレをぶっ放してたろ。やっぱりその女が原因か?」
片方の腕をゼロの背中に回し、もう片方に握りしめる銃をゼロの胸に押し当てるジャック。レイアは何が起きたのかいまいち理解できず、きょとんとしている。ゼロは銃を握りしめながらも全く動けない。どれだけ早く動こうとも、ジャックが指先を少し引く動作に適う筈も無い。
「安心しな。今お前を殺すつもりは無いぜ。騒ぎになったら射撃大会がおじゃんになっちまう。せっかくならお前との決着はそこで付けたいからよ」
そういってジャックは銃をしまうと、ゼロの背中をポンポン叩く。そして耳元に口を近付け、ゼロに釘を刺す。
「あ、逃げようなんて考えんじゃねーぞ。どこまでも追いかけて必ず殺す。お前1人なら逃げ切れるかもしれねーが、レイアちゃんはどうかな?」
はっはっはと高笑いし、硬直するゼロを尻目にレイアにウインクし、去っていくジャック。その背中を睨みながら、ゼロはしばらく動悸が収まらなかった。