第3話 「爆殺のバロード」
屋敷の入り口に現れた人物をにらみつけるバロードだったが、その瞳孔の開ききった視線の先に居る人物が誰だかわかると嬉しそうに問いかけ始める。
「その気配、その殺気、あなたもしかして惨殺のゼロさんですか? 伝説とまで呼ばれた組織最強の殺し屋にまさかこんなところでお会いできるとは!」
レイアに対して完全に背を向けて話し続けるバロード。手にした爆弾が完全に浮いてしまうほど顔つきも穏やかになっている。しかし殺気は絶えずレイアに突き刺さっており、彼女の逃走を許さない。
「お話ししたいことはたくさんあるのですが、あいにく私は仕事中でして、あと数秒お待ちいただけますか?」
「この女は俺が殺す。貴様は失せろ」
質問に答える事無く、ゼロは同業者の眉間に銃の照準を合わせていく。
「おやおや。いきなり現れて何を言い出すかと思えば横取りですか。あなたほどの殺し屋がみっともない。報酬に目がくらみましたか?」
先ほどまでの表情が嘘のようにバロードの表情は一瞬で曇っていく。憧れとまではいかないが、間違いなくその殺しの腕に対しては尊敬の念を抱いているゼロが目の前に現れたことに喜ぶ半面、大好きな仕事を奪おうとするゼロに激しい怒りをおぼえている。
「報酬など貴様にくれてやる。だが女の命は俺がもらう」
バロードの背中越しに見えるレイアの苦悶な表情に苛立ちを隠せないゼロ。自分が殺意を向けても笑い続けていた顔が、バロードへの恐怖によって崩れていることが許せない。
「そういう問題ではありません。私にも殺し屋としてのプライドがあります。一度受けた指令を投げ出す訳にはいきません」
「これだけ無関係の人間を殺しておきながらプライドだと? 笑えないな」
ゼロに批判的な言葉を受けると、バロードは突如声を出して笑い出した。
「ふふふ、笑えない? それはそうでしょう。あなた組織の教育のおかげで本当に笑えなくなったんでしょう? 自虐が過ぎますよ」
悪意のこっもたバロードの台詞に応えるかのようにゼロは撃鉄を上げる。バロードもまた、爆殺対象をレイアからゼロへと変更する。もうレイアに興味は無いらしい。
「組織に逆らうつもりですか?」
「問題ない。貴様が殺しに失敗し、俺が引き継ぐ。それだけだ」
ゼロの返答が引き金となり、バロードの手から手榴弾が放たれた。それを空中で狙撃して致命傷を避けたゼロはそのままバロードの胸に銃弾を命中させるも、大したダメージが無いことからおそらく服の下に防弾チョッキを着こんでいるようだ。それを見たゼロはすぐさま狙いをバロードのむき出しの顔面に集中させるが、バロードは落ちていた執事の死体を盾代わりにして応戦する。
バロードの殺気からようやく解放されたレイアはこの隙に逃げようとするが足が言うことを聞かない。焼け焦げた執事たちの死体から目を逸らすことができない。自分を殺しに来た者同士の殺し合いをただ黙って見ている事しかできなかった。
バロードの攻撃はゼロによってことごとく撃ち落とされていく。爆発時の破片によって多少のダメージは与えられるものの、このままではゼロが力尽きるよりも先にバロードの爆弾が底を尽きるだろう。執事の死体によって致命傷をバロードに与えられないゼロもそれを待っていた。だがそれは勿論バロード本人も重々承知している。
(名残惜しいですがお遊びはここまでのようですね。ここは依頼をこなしつつ、この場を去るとしましょう。少し残念な気もしますがゼロの始末は組織に任せるとしますかね)
ゼロの殺害をあきらめたバロードは防御に専念し、標的を再びレイアに変更する。レイアも自らが狙われていることを察知するが、再び殺気に当てられた体はそう簡単には動かない。
「ではさようなら」
手榴弾が2つ宙を舞う。1つはレイア、そしてもう1つはゼロの前に。ゼロは迷うことなくレイアに投げつけられた手榴弾を撃ち落とすも、目の前のもう1つは間に合わない。咄嗟に瓦礫の陰に隠れ直撃は避けるが、受けたダメージは今までのものを遥かに凌駕する。そして痛みに悶える暇なく、爆風の陰からバロードが姿を現した。
「そう来ると思っていましたよ」
端から完全にゼロに狙いを定めていたバロードが最後の爆弾を掲げて笑っている。迎撃しようとするゼロだが、彼の拳銃は先ほどの爆発によって遥か前方へと吹き飛ばされてしまった。すぐさま腰に装備したナイフに手を伸ばすゼロだったが、どうやら衝撃で何か所か骨折しているようで反撃が間に合わない。
「哀れですねぇ。死神とまで恐れられたあなたがこのような結末を迎えるとは」
勝利を確信し、有頂天になるバロード。ゼロ以外は全く目に入ってこない。ましてや死を待つだけの矮小な娘ことなど、完全に意識から消えていた。
「それでは死・・・・・・ガッ!」
バロードの意識は後頭部めがけて振り下ろされた瓦礫によって途切れる。そして巨体が倒れた背後から瓦礫を掴みながら震えるレイアが姿を現した。殴った感触と、血で染まった手を見て人を傷つけたことを実感するレイア。体の震えが止まらない。それでも無理やりに笑顔を作ると、目の前の瀕死の青年に声をかける。
「大丈夫、ですか?」
涙で顔を真っ赤に腫らしたレイアの笑顔に、ゼロの心は激しく揺さぶられる。命を救われたことに微塵も感謝などせず、ぼろぼろの体を引きずりながら今度こそレイアを殺すために拳銃を拾いに行くが、次の瞬間限界だったゼロの意識はぷつんと絶たれる。
激しく燃える死の屋敷には、ただ一人レイアだけが立っていた。