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スティールスマイル(改訂版)  作者: ガブ
第一部 「ゼロとレイア」
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第2話 「殺し屋」

 闇の中で生きる人間は一定数この世界に存在する。レイアの前に姿を現した青年もその1人だ。彼はある組織に属し、人を殺すことを生業としている。10年以上そんな生活を続けていた彼は組織最強と呼ばれるまでに成長し、同業者からも恐れられていた。


 その青年は今、激しい怒りと殺意に震えていた。その矛先はもちろんレイアだ。標的か同業者か、青年からしたら人間はその二通りしか存在しない。その他の人間に興味はなく、眼中にない。だが、何事にも例外は存在する。彼にとって「笑顔」がそれだった。笑顔が目の前にあると抑えが利かなくなってしまう。どうしようもなくそれを奪いたくなってしまう。しかし、青年が怒りに震えている原因は笑顔だけでは無かった。


 過去に何度かは今回のように何者かに目撃される事自体はあった。そういう場合は少し殺意を向ければ簡単に追い払うことができた。彼にとって今回の件はイレギュラーであり、ましてや笑顔を向けられるなど考えたことすらなかった。


「殺し」はあくまで仕事であり、自らの感情によって行うものでは無い。あのままでは間違いなくレイアを感情のままに撃ち殺していただろう。そんなことをしてしまえば一生あの笑顔が脳裏から離れない。この怒りを払拭するには彼女の笑顔を絶望に染めた後に殺すしかない。それも殺しのターゲットとして。


(レイアと言ったか)


 青年は愛用の拳銃に弾と怒りを詰め、隠れ家を後にした。



「相変らずすごい殺気だな。今回の報酬だ」


 森の中で、青年は科学者風の男から金貨の入った袋を受け取る。科学者風の男はひょろひょろとしてひ弱そうな見た目だが、その瞳は青年に負けず劣らず冷たく、狂気が渦巻いている。


「金は要らない。その代り調べてもらいたい女がいる。レイアという娘だ。あの身なりからしておそらく貴族だろう」


 金貨の入った袋を突き返した青年がそう伝えると、科学者風の男は鞄の中から無造作に大量の資料を取り出す。そしてその質問が投げかけられるのが分かっていたかのように、すぐさま1枚の紙をゼロに差し出す。


「この娘だな。以前始末した貴族の生き残りだな。貴族に恨み妬みは付き物だが、可哀想に、こりゃ上玉なのにな」

「そんなことはどうでもいい。この依頼は俺が受ける」


 青年は一通り資料に目を通すとそのまま森を後にしようとするが、科学者風の男がそれを止める。


「なんの真似だエクシル。俺の邪魔をするな」

 

 青年はエクシルと呼んだその男をに睨みつけるが、エクシルはまったく意に介さない。


「悪いがゼロ、この娘の殺しにはもうBが向かった」

「……バロードか」

 

 ゼロ、そう呼ばれた殺し屋の青年は少し考えた後、掴まれていたエクシルの細い腕を無理やり振りほどくと今度こそ森を出ていく。


「変な気を起こすなよー! エージェント同士のいざこざは処罰の対象だ!」


 エクシルは去っていくゼロの背中に向かって叫ぶが、ゼロはそれに答える事無くあっと言う間に姿を消した。


 

 軟禁されふてくされて眠ってしまったレイアは、爆音と鼻に付く焦げ臭さで目を覚ました。うとうとと目を擦りながら毛布から抜け出すと、突如部屋の扉が吹き飛ばされる。 


「きゃああ!」


 部屋の外からの爆風によりレイアの体は壁に叩きつけられ、全身を走る鈍い痛みに思わず悲鳴を上げてしまう。何とか体を起こし、部屋の外へと出るとそこには自分のよく知る屋敷とは全く異なる景色が広がっていた。


「う……そ」

  

 言葉と共に涙が溢れてくる。屋敷は所々爆破され、至る所に執事たちが変わり果てた姿で倒れている。つんざく悲鳴に耳が侵され、火薬と肉の焼ける臭いが嘔吐を誘発する。死と隣り合わせというこの状況は、あの青年と出会った時と状況は似ているようでまるで違う。今すぐにでも逃げ出したい。無かった事にしたい。全てを投げ出したい。


「おや、おやおや。そこに居ましたか。自分から出てきていただけるなんてありがたいですね」


 凄惨な現場の中心には一人の男が立っていた。体重がゆうに100キロを超えていそうな巨漢の男は、丸渕眼鏡の奥からレイアを捕らえる。その瞳は瞳孔が開ききっており明らかにまともとはかけ離れた存在であることが伺える。


「申し遅れました、私はバロード。お察しの通り殺し屋です。特技は……」

「お逃げくださいお嬢様!」


 執事の一人がバロードの前に飛び出すが、バロードは着込んだジャケットから爆発物を取り出し、突撃してくる瀕死の執事を爆殺すると再びレイアに自己紹介を続ける。


「特技は爆殺でございます」


 悪魔のような笑みを浮かべながら簡単に人の命を奪っていくバロードの言葉に膝から崩れ落ちるレイア。涙が止まらない。


「どなたも居場所を吐かないものですから、もうここには居ないのかと心配しましたよ。ゴミ掃除を済ませたらそちらに向かいますので少しお待ちください」


 言葉遣いだけは丁寧なバロードはそう言うと、まだ息のある執事たちを爆破し始める。だが、執事たちは次々に命を奪われるも誰一人としてその場から逃げようとはしない。たった1人の主を守るため、無謀を承知でバロードに挑みかかる。その中にはあの老執事の姿もあった。


「やめて、もうやめて。わたくしはここです、ここに居ますから!」


 消え入りそうな心で必死に絞り出した言葉で叫ぶレイアだったが、その叫びは爆発音によって簡単にかき消されてしまう。いくらレイアが泣こうが喚こうが、バロードの殺戮は止まらない。


 バロードが全てを片付けるのにそう時間はかからなかった。


「お待たせしました。死に支度は済ませましたか。そういえばあなた、つい先日も殺し屋に会ったそうですね。殺し屋に2度命を狙われる事などそうそう無いですから、あちらで自慢できますよ」


 バロードは最後の仕事をするためにレイアに近寄っていく。すっかり涙も枯れ果てたレイアに為す術は無い。だがたとえ抵抗できないとしても、それでも譲れないものがある。


「あなたは殺し屋じゃない、ただの快楽殺人者です。あの方と同じではありません。あなたに殺し屋を名乗る資格はありません」

「殺し屋に資格など必要ですか? ただ殺すための力があればいいんですよ」


 手榴弾がレイアに向かって飛んでいく。レイアはそんな爆弾には目も合わさず、最後までバロードをにらみ続ける。目の前の少女が四散する様を見届けようと目を凝らすバロードだったが、彼の思い通りの展開にはならなかった。屋敷の入り口付近から放たれた弾によって、手榴弾が撃ち落とされた為だ。


「どなたですか? 私の邪魔をするのは」


 予想外の事態だが、バロードは冷静にその方向へ問いかける。レイアも釣られてそちらを向くと、そこにはあの悲しい瞳をした青年が立っていた。


「俺の獲物に手を出すな」

 

 本物の殺し屋がやって来た。

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