第10話 「ゼロVSジャック」
決勝戦はお互い12発分のペイント弾が配られる。予選のルールとは異なり、先に2発攻撃を受けた方が敗退となる。万が一両者とも弾切れになり決着が付かなかった場合は、より攻撃を受けていない方が賞金30万リールを受け取ることができる。
会場は沸きに沸いていた。ジャックが観客に向かって手を振ると、黄色い歓声が上がる程だ。だがゼロが登場してもレイア以外誰も見向きもしない。ジャックの取りこぼし程度に考えられているのだろう。
そんなジャックの人気に押しつぶされないよう、レイアは必至で声を上げる。
「ゼロさん! 頑張ってください!」
他の観客に劣らない程のレイアの声援も、今のゼロには聞こえない。ゼロの精神は研ぎ澄まされ、彼からはジャック以外の情報が全て遮断されていた。
予選同様、運営による空への発砲で決勝戦が開始される。直後、ジャックとゼロの姿は会場から消えた。眼にも止まらぬスピードで動き回る両者。発砲音と会場を染めていくペイント弾の痕が無ければ、観客は2人がそこに居ることにすら気が付けないだろう。
「ああ、やっぱ実弾程スピードは出ねぇか。でもゼロ距離じゃ関係ないよな」
風に乗ってジャックの声が聞こえてくる。そしてゼロがその声を感知した時には既にジャックの銃口はゼロの背中を捉えていた。
「まずは1つ」
ジャックの笑みと共にゼロの背中に緑の染みができる。が、いつの間にかジャックの腹にも赤い染みができていた。
「やるじゃん」
「お前にレイアは渡さない」
目の前で起こる次元を超越した戦いに、会場は狂喜乱舞した。
痛み分けとなり、距離を取る両者。ゼロは引き続きジャックに全神経を集中させているが、ジャックの方は無謀にも姿をさらしながら準備運動をしている。しかしゼロは動けない。迂闊に攻め込めば体に2つ目の染みが付いてしまうかもしれない。一瞬の油断や判断ミスが命取りとなる。
「また考え事か。本能で戦えよ」
ジャックはゼロを睨みつけ、その後観客席のレイアを顎で指す。お前の次はあいつだ、とでも言いたげに。
直後、またしてもジャックの姿がゼロと観客の目の前から消え、虚空からペイント弾が襲い掛かって来る。ペイント弾自体は目視できるため避けるのはさほど難しくは無いが、先ほどよりもさらに速度を増したジャックを捉えるのは難しい。捉えなければゼロの攻撃はまず当たらず、当てずっぽうで攻撃するには弾の数が心もとない。このまま回避に徹し、ジャックの弾切れを狙う手もあるが、かすることさえ許されないこの状況で悠長なことは言ってられない。
万事休す、そう思われたその時、闇の中に一筋の光が差し込んできた。
「ゼロさん、まだ負けたわけじゃありません! 頑張って! あきらめないで!」
それは確かにレイアの声だった。
ジャック以外の全てが消え去ったゼロの心に、次第にレイアが溢れていく。そしてそれと引き換えにジャックへの感情が少しづつ小さくなる。
(そうやって絶えず応援していたのか。俺が敗北すればどうなるかうすうす感づいているだろうに・・・・・・俺よりもよっぽど恐怖しているだろうに)
しっかりとレイアの方を向き、その後目を閉じるゼロ。その隙を逃すまいとジャックはゼロの背後に回り込み、最後の攻撃を放つ。
(俺は何を考えていたんだ。勝てない理由を探してどうする。負けた後のことを想像して何になる。必ず勝つ。勝ってレイアを守る。それが俺の使命!)
完全に捉えた筈のゼロの背中がジャックの目の前から消え、ペイント弾だけが地面に落ちる。それを見たジャックは一瞬目を丸くして驚愕の表情を見せるが、その顔はすぐに無邪気な笑顔で溢れ出す。
「ハァ! やっと乗り越えやがった! 遅い、遅すぎるぜ! 俺がこの日をどれだけ待ち望んだと思っている。そうだ、そうだよこれだよ! あの時お前に声をかけてよかった! この極限の勝負、お前の本気の力! これこそ俺の求めていた死闘!」
本能のままにはしゃぐジャック。この瞬間が楽しくて仕方ないといった様子だ。
自らの高い戦闘能力のせいで満たされることの無かった心がようやく満たされていく。本能と本能のぶつかり合い。命と命の削り合い。興奮が絶頂に差し掛かろうとするその時、ジャックのすぐ横をゼロの弾が通り過ぎる。
「しゃべりすぎだ。舌を噛むぞ」
「そう言うお前はしゃべらな過ぎだぜ」
あわや敗北というゼロの攻撃を受け、ジャックから再び笑顔が消える。そして身に着けていたローブと帽子を脱ぎ棄て、大きく深呼吸を始めた。ゼロもそれに応えるように上着と帽子を地面に置き、ネクタイを解く。
次の瞬間、再び二人の姿が消える。観客は何としてでもこの戦いを自らの目で見届けようと身を乗り出すが、誰1人として2人の姿を捉えることができない。
数分の間、観客は戦いの様子を想像するしかなかった。ゼロが勝つと予想する者、ジ
ャックの勝利を信じて疑わない者、引き分け以外はありえないと主張する者など意見は様々だ。
そしてその答え合わせの時は、何の前触れも無く訪れた。
「気づいてるか、ゼロ」
「ああ」
二人は覚悟を決めた顔で向かい合う。互いに互いの残り弾数は当然把握しており、ゼロは残り1発、ジャックは残り2発だった。1発と2発には雲泥の差があり、ゼロにとって圧倒的不利な状況という事は言うまでもない。かと言ってジャックが無駄に1発を消費すれば、せっかくのアドバンテージを失うことになる。そうなれば勝負の行方は分からない。ゼロとしては何としてもその状況を作りだす必要があり、ジャックは当然2発目を使うこと無く勝負を決めたかった。
そこでジャックはある賭けにでる。
「ゼロ、これが何だか分かるよな?」
ジャックはズボンのポケットからあるものを取りだし、観客に気づかれないようにゼロに見せつける。それは紛れもなく実弾だった。
ゼロに深く考える隙を与えぬよう、すぐさまそれを銃に込め、銃口を向けるジャック。避けることはできるが、ジャックはそれを許さない。ゼロはいつの間にか背後にレイアが居る位置まで誘導されており、回避すれば間違いなくレイアに着弾する。
「ジャック!」
銃声と共にゼロもまた引き金を引く。ペイント弾で実弾を撃ち抜いたところで実弾が止まるわけでは無いが、ゼロの体で受け止めればレイアまで弾が届くことは無い。しかし、ゼロが撃ち抜いたのは実弾では無く、ペイント弾だった。ジャックは実弾を込めた振りだけをしており、実際に銃に装填されていたのはペイント弾のままだったのだ。
「悪ぃな」
最後の弾を失ったゼロの勝利は完全に無くなった。だが、それでもあきらめることはできない。ゼロはしゃがみ込むと、靴に仕込んだナイフを取り出す。観客からは見えないが、真正面にいるジャックからは当然丸見えだ。
「馬鹿野郎が!」
ナイフに気が付いたジャックは今度こそ実弾を銃に込める。ここで勝負に勝っても、ゼロがなりふり構わず攻撃して来ればさすがのジャックもタダでは済まない。観客の面前で殺人を犯したとなればジャックも組織から何らかのペナルティがあるかもしれないが、殺意を持って向かってくる死神相手にそんなことは言っていられない。
だが、ジャックが引き金を引くよりもゼロのナイフの方が若干早い。
「お前・・・・・・」
グサリとナイフが肉に突き刺さり、ジャックの口から言葉が漏れる。その直後観客からは大声援が巻き起こり、運営の口から大会の優勝者の名が告げられた。
「波乱巻き起こった今大会、優勝者はゼロだぁぁ!」
観客から惜しみない拍手が送られる中、ジャック不満そうな表情を浮かべながら、ぐったりとしているゼロに手を差し伸べる。
「まったく、なんて無茶しやがる」
「卑怯とは言わせんぞ」
ゼロはナイフで自らの腕を刺し、その血液をジャックに向かって飛ばしていた。ジャックの腹に命中した赤い染みを見て、観客と運営はジャックにペイント弾が命中したと勘違いしたのだ。
警戒しながらもゼロはジャックが差し伸べた手を握る。ジャックはそのままゼロを引き寄せ、手早く自らの体でゼロの傷を観客から隠した。
「素晴らしい! 二人に友情が芽生えました もう一度大きな拍手を!」
二人の様子を見た運営の台詞で、会場は拍手に包まれる。
「卑怯だなんて言わねーよ。そもそも最初に俺がズルしたしな」
ジャックは少し残念そうにゼロに耳打ちする。だがその顔はとても満足そうだ。
「今回は俺の負けだ。当然お前もレイアちゃんも殺さない。組織にも黙っててやる。だけどな、お前が俺たちから命を狙われていること変わんねぇ。俺1人に足元を掬われてるようじゃ、この先いくつ命があっても足りないぜ」
「ああ、肝に銘じておこう」
観客の興奮が冷めやらぬ中、2人はがっちりと握手を交わした。かくして射撃大会は終了し、ゼロとレイアは大金を掴んだのだった。