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スティールスマイル(改訂版)  作者: ガブ
第一部 「ゼロとレイア」
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第1話 「出逢い」

 ただでさえ人通りの少ない街路地を更に入り込んだその先で、1人の中年男性が時折後ろを振り返りながら必死に逃げ惑う。その男性を追いかける影は瞬く間に男性との距離を詰め追い越すと、今にも発狂しそうな男性の眉間に銃を突きつけた。


「やめてくれ、私には娘が!」

「悪く思うな」

 完全に怯え切った男性の命乞いに対し、影は感情のこもっていない視線で、手にした銃の引き金を引いた。


 雲一つない晴天、絶好の散歩日和にレイア・スチュワートは思わず屋敷を飛び出した。慌てて執事の一人が追いかけてくるが、レイアは黄金に輝く髪をなびかせながらどんどん進んでいく。


「お、お待ちくださいお嬢様」


 息を切らしながら追いかけてくる老人の姿に、レイアは観念して足を止める。このまま気にせず進んでいったら、きっと老人は倒れてしまうだろう。


「爺や、わたくしは一人でも大丈夫です」

「そういうわけにはまいりません。亡き旦那様と奥様からあなた様を任せれているのです。もしあなた様に何かあったなれば、あちらに行った際お二人に顔向けできません」


 老人、もとい執事はシワだらけの顔にさらにシワを寄せ、レイアの華奢な腕を握る。レイアのか弱い力でも振りほどくのはそう難しくないほどに執事の力は衰えているが、それでも決して離すまいと力を込めている。レイアもまた無理に振りほどこうとはせず、執事の手に自らの手を重ねる。


「申し訳ありません爺や。ですがいつまでも屋敷に籠っていては町の方々を心配させてしまいますよ」


 執事の手を握りしめながら微笑むレイア。並大抵の人間なら簡単に心を掴まれてしまうだろうまぶしい笑顔だが、生まれたときから一緒に暮らしている老執事には効果が薄い。


「そのような顔をされても無駄です。月に1度住民には顔見せをしているではありませんか。そのようなことを言って、出歩かれたい魂胆が見え見えでございます」


 心の内を見透かされたレイアはしかめっ面を浮かべるが、人々を心配させたくない事は本心だ。だが本心がどうであろうとも、この散歩を続けるには目の前の執事を納得させるだけの文言を持ち合わせていなければならない。そしてそれが無いレイアに残された選択は、おとなしく屋敷に戻ることだけだった。半ば執事に引きずられる形になりながら道を引き返していくレイアだったが、突如2人の耳に聞きなれない爆音が飛び込んで来た。


「お嬢様、私の後ろに!」


 それが銃声だといち早く理解した執事はレイアを自らの背後に下がらせようとするが、レイアは執事の腕を振りほどき、音のする方へと走り去っていく。


「様子を見てまいります。爺やは人を連れてきてください」


 そう言い残すと、レイアの姿は瞬く間に執事の目の前から消えていった。


 走りながらレイアは自らの行動を疑問に思っていた。普段ならば執事を振りっきってまで単独行動をすることは無い。しかしあの明らかに異常な音を聞き逃す事はレイアには出来なかった。もし今ここで自分が躊躇したせいで何か良くない事が起きてしまったら、そう思うといてもたってもいられなかった。道中銃声から逃げる町の人々は、明らかに銃声のした方へと進んでいくレイアを止めようとするが、レイアは彼らの意見を全て無視して突き進んだ。するといつのまにかレイアは人通りの全くない路地へと入り込んでしまった。あれほど晴れていた空にはいつの間にか陰りが出ており、よく知った町だというのにここはまるで別世界のようだ。光のほとんど差し込まない路地を進むと、レイアの足が水しぶきを上げる。どうやら水たまりに足を踏み入れてしまったようだ。靴を貫通して染み込んでくる生暖かい水に嫌悪感を示しながら下を見ると、そこにたまっていたのはレイアの知る水では無かった。


「誰だ」


 突如耳に入り込んだ何者かの声に、レイアは慌てて物陰に身を隠す。靴にしみ込んだ赤い液体を凝視しながら、レイアは口を手で覆って必死に心を落ち着かせようとするが、レイアの心臓は絶えず激しく脈を打ち続けている。今更自らの軽率さを後悔してもしきれない。あのまま執事の言いつけ通り屋敷に戻っていれば今頃は夕食の香りに心を躍らせていたかもしれない。執事たちと笑い合いながら談笑していたかもしれない。だがもうそれは叶わない。そう思うとレイアの口元がわずかに緩む。涙の代わりに笑みがこぼれてくる。


(ああ、もう終わりなんだ)


 きっと自分はここで死ぬ。どうせ死ぬなら涙で曇った顔より、ひきつった笑顔の方が良い。レイアは立ち上がり、あろうことか自らの姿を謎の声のする方へとさらけ出した。目がだんだんと薄暗闇に慣れていき、謎の声の主の姿が見えてくる。そこに立っていたのはレイアとさほど歳も変わらないであろう青年だった。青年は燕尾服にシルクハットを身に着けており、その姿は一見すると手品師のようだ。だが青年は人々を楽しませるエンターテイナーでは無い。それは彼の握る拳銃と、その鋭い目つき、そして彼の足元に転がっている人間だったものを見れば明らかだ。


「失せろ」


 青年はレイアに銃口を向け、凍り付くような声でそう告げる。それには紛れもなく明確な殺意がこもっており、レイアは16年の人生で1度も向けられたことのない感情に、内臓を鷲掴みされたような吐き気を催す。だが無理やり開いた彼女の口から飛び出たのは吐瀉物ではなく、言葉だった。


「何を、しているのですか?」


 聞くまでもない、答えなど分かりきっている。それでも口を開いたのは、そうしないと緊張で気がふれてしまいそうだったからだ。


「何だと?」


 レイアからのまさかの質問を受け、明らかに嫌悪感を醸し出す青年。


(ああ、死んだ)


 心の中で涙を流しながら少しでも青年の殺意を抑えようとレイアは笑顔を浮かべるが、それがレイアの犯した最大の過ちだった。その直後、今まで向けられていたのは何だったのかと思えるほどの圧倒的な負の感情がレイアを襲う。

声が出ない。

それどころか息もできない。


「その薄汚い顔を俺に向けるな。殺すぞ」


 言葉だけで人を殺せる、レイアに絶望と恐怖を植え付けるのには充分な力がその言葉には宿っていた。しかしレイアは笑顔を崩そうとはしなかった。むしろ口角はさらに上がり、満面の笑みを浮かべる。


「わ、わたくしはレイア。レイア・スチュワートです。決してあなたの敵ではありません。落ち着いてください」


 自分で言っておきながら泣きそうになる。殺されても文句は言えない。そして案の定青年は手にした銃の引き金を引き、放たれた弾はレイアの頬に鋭い痛みを走らせる。それでもレイアの顔は曇らない。


「貴様」


 青年は怯まないレイアにさらなる嫌悪感を表し、銃口は心臓へと向けられる。完全に顔が引きつってしまったレイアは最早悲鳴を上げることすらできなかったが、その銃から弾が放たれることは無かった。


「お嬢様ご無事ですか!」


 路地に飛び込んでくる聞きなれた老執事の声にレイアの緊張の糸が切れる。気を失い、倒れるレイアを老執事が支えると、彼の背後から大勢の町の男たちが青年を捕らえようと飛び出した。しかし青年は曲芸師のような身のこなしで瞬く間に壁をよじ登り、彼らの前から姿を消した。


 レイアが目を覚ましたのは翌日の陽がすっかり登りきった後だった。無事屋敷の主が目覚めたことで執事たちは大いに喜ぶが、どことなく様子がおかしい。いつもは執事しかいない屋敷の中には見たこともない顔が大勢あり、皆武装している。執事たちも防弾チョッキを身にまとっており、明らかに表情も強張っている。


「皆さんどうされたのですか?」


 レイアの質問に執事たちは目を丸くして言葉を失った。


「な、な、何を呑気なことをおっしゃているのですか。町に殺人鬼が現れたのですよ? お嬢様も命を狙われたではありませんか!」


 老執事がレイアの肩を揺さぶり、ぱっくりと割れた頬に触れる。その確かな痛みには昨日の記憶と恐怖がしっかりと保存されており、あの青年の目を思い出しただけでも背筋が凍る。だがそれでもレイアには恐怖以上に疑問が残っていた。


「どうしてわたくしは生きているのでしょうか?」


 主のとぼけたような声に、執事たちはため息をつきながら頭を抱える。そしてレイアには休息が必要だと告げ、立ち上がろうとする彼女を無理やりベッドに押し付けると、レイアが勝手に外出しないようにと部屋を施錠し屋敷の警備に戻った。何もすることができなくなったレイアは毛布を頭の先まで被り、あの青年の事を思い出す。


(わたくしを生かしておくことはあの方にとってリスクでしかないはず。爺やたちごと皆殺しにする事もできたでしょうし、そもそも出会い頭に撃ち抜く事も可能ですよね)


 今更冷静になり、自らのあきれた行動を恥じつつ頬の傷を撫でるレイア。本来ならこの傷は胸にあってもおかしくない、そう考えていたレイアだったが、最後に向けられたあの殺意だけは別だった。あそこで助けが来なければ間違いなく殺されていたと確信できる。だがそれ以上にレイアの印象に残ったのは彼の瞳だった。冷たく、深く、貫かれるほど鋭かったが、それ以上に悲しみを帯びていた。そんな瞳を、レイアは忘れる事ができなかった。

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