転生できる悪役令嬢に転生しました。~執着婚約者から逃げられません!~
お楽しみいただけたら幸いです。
気がつけば、とある乙女ゲームの転生悪役幼女に転生していた。
何を言っているかわからないって?
それでは、サクッと説明しよう。
私の前世は、日本人の平凡女性。
ある日気づくと、金髪縦ロールの見覚えのある公爵令嬢(五歳)になっていた。
ここまでは、転生悪役令嬢もののお約束なので、ご質問はないと思われる。
当然、彼女――――いや、“私”は、乙女ゲームの悪役令嬢なのだが、実はこの悪役令嬢、これから十年後に十五歳で死んでしまうという、生まれつきの不治の病にかかった薄幸な悪役令嬢だったのだ。
たぶん、巷に溢れる乙女ゲームとはちょっと違う路線を狙ったゲーム制作会社の新企画だったのだろうが、いらない設定を盛り込んでくれたものである。
このためもあって、悪役令嬢の周囲は“私”を最大限に甘やかし、掌中の珠のごとく大切にしてくれた。
……結果悪役になって、ヒロインをいじめ抜いたあげく婚約者に断罪され、心身ともに苦しみ抜いて死んでしまうのだから、本末転倒もいいところだと思うが。
しかし、この悪役令嬢の本領発揮はこの後だった。
悪役令嬢の母は魔女で、彼女が二歳の時に亡くなっているのだが、この母が若くして死んでしまうだろう我が子のために、彼女が転生できる魔法を自分の死と引き換えに仕込んでくれていたのだ。
結果、死した悪役令嬢は転生する。
転生先は、隣国の王女さま。前世の我儘極まりない性格と、無駄に高スペックだった才能を保持したまま転生した王女は悪役幼女となり、無邪気なふりをして自分を断罪した婚約者とそもそもの元凶のヒロインを再び窮地に陥れる――――というのが、この乙女ゲームの最大の見どころだ。
さて、ここまでの説明でおわかりいただけただろうか?
今の私の、どうにもならない詰んだ現状が。
つまり、現在五歳の、転生前の悪役令嬢に転生してしまった(ううん、こんがらがる言い回しだな!)私は、これから何をどうやっても苦しんだあげく十年後に死んでしまう未来が確定しているのだ!
性格を入れ替えようと、ヒロインをいじめないでいようと、なんなら攻略対象者全員を避けるために、王都から離れ転地療法をしたとしても、すべて無駄。
私の死は、乙女ゲームの展開とは別の次元で、決まってしまっている。
なにせ、私のかかっている病はどんなポーションや治癒魔法、なんならエリクサーでも治らないと、ゲーム設定集に書いてあったので、これだけは間違いようがない。
おのれ、制作会社め、許すまじ!
そんな設定作るんじゃない!
しかし、どれほど制作会社を呪詛しようとも、私の病は治らなかった。
このまま病の痛みに苛まされ、苦しみ抜いたあげくに死んでしまう未来なんて、絶対お断りだ!
婚約破棄とか断罪とかは、この際どうでもいいけれど、死に至る苦しみだけは、なんとしてでも避けたかった。
そう思った私は、考えに考え抜いて――――さっさと死ぬことを決意する。
だって、私は転生できるのだから。
下手に苦しみを長引かせるよりも、そっちの方がずっといいだろう。
転生後の悪役王女は、性格は直らなかったけど、病は治っていた。
だったら、今世では、悪役令嬢になって周囲に迷惑かける前に死んでしまい、来世ではゲームに関わらないように生きていくのが、私にとっての最適解だ。
……とはいえ、死ぬということはそれほど簡単なことではなかった。
まずは、死に方。
苦しいのが嫌で死を選ぶのだから、苦しむ方法は問題外。できるだけ一瞬で呆気なく死にたいと思えば、死ぬ手段だって吟味しなければならない。
また、問題は他にもあった。
私を溺愛してくれる家族や、婚約したばかりの王子さま――――後に、ヒロインと相思相愛となり、私を断罪するメイン攻略対象者である王子さまのことである。
彼も、現在は五歳。私への嫌悪感はまだなくて、幼いながらも婚約者に対して誠実であろうとしてくれている。
……しかも、滅茶苦茶可愛いショタ王子(ココ重要!)なのだ。
彼らを遺して逝ってしまう私だが、少しは楽しい思い出くらい作ってあげた方がいいのではないだろうか?
根が小市民で罪悪感を後生に持ち越したくない私は、そんなことも考えてしまう。
今はまだ、病気がそれほど進行していないせいか、苦しさも耐えられないほどではないことも、そんなことを考えてしまう一因だ。
考え抜いた結果――――私は、あと数年くらいは今のまま過ごすこととした。
その後、病が耐えきれないほど苦しくなったらサクッと死ねばいいだろう。
我ながら、なかなか良い考えではないかと、この時の私は思った。
まさか、これが後の敗因になるとは、さすがの私も想定外だったのだ。
「――――お寝坊さんだね、アリア。早く起っきして」
今日も私の朝は、魅惑のボーイソプラノではじまる。
「……ううん……兄たま」
答えるたどたどしい天使の声が、私の声だとか……最初は驚いたがもう慣れた。
「僕の妹は、いつも最高に可愛いね。さあ、一緒に朝ご飯を食べよ!」
目を開けた私の前には、きらきらしい金髪碧眼美少年の笑顔があった。
私――――悪役令嬢アリアの実兄ジュリアンである。
まだ八歳で、自分だって両親に甘やかしてほしい年頃のはずなのに、病気の妹にその愛情を根こそぎ持って行かれた兄は、それでも妹に優しかった。
正直、出来すぎな兄だろうと思うが、文句を言う訳にもいかない。
代わりに、私は兄を甘やかすことにしている。
「兄たま、抱っこ」
まあ、その甘やかし方法は、私が兄に甘えることだったりするのだが。
「喜んで。僕のお姫さま」
兄は、この上なく幸せそうに、私を抱き上げた。
八歳の兄に五歳の妹を抱っこさせるとか、危ないだろうと思われるかもしれないが、そこは異世界クオリティ。この兄は、魔法も使える天才児で、私の体重を軽くしつつ、なおかつ転倒防止の魔法をかけての安心安全抱っこができる。
「父上も待っているよ。……今日は昨日よりたくさん食べられるといいね」
輝くような笑顔でお願いされたが、そこのところは自信がなかった。
私自身、体重軽量化の魔法が必要かどうかわからないほどの自分の体重から脱却するべく鋭意努力して食べているのだが……こればかりは、努力だけではいかんともし難いものがあるのだ。
とりあえず、返事のできないものは笑って誤魔化すに限る。
「兄たま、大好き」
「あぁぁ~! 僕の妹が世界一可愛い!」
笑顔つきの「大好き」攻撃に、今日も撃沈する兄だった。
――――しかし、この最終奥義「大好き」攻撃が効かない強者もいる。
私の婚約者であり、将来私を振って断罪する予定の王子さまである。
「アーサー、大好き」
「ありがとう。私も大好きだよ、アリア。……で、私が城のシェフや魔法使いに作らせたこの特製ポタージュは、飲んでくれるんだよね?」
私の目の前に差し出されているカップには、日本の青汁も真っ青なドロドログログロなポタージュがある。なんでも、体に良いとされる薬草やら果実やらを選りに選ってブレンドした健康スープなのだそうで、味もこの見た目にしては、美味しいと評判なのだとか。
信じられるか! んなもん!
たしかに香りはフルーティーだが、私は疑り深いのだ。
ギュッと口を真一文字に結んだ私に、アーサーは黒髪をプルプルと震わせ、テーブルに突っ伏した。
「か……可愛い。私の婚約者が可愛すぎる!」
私が可愛いのは、自明の理だ。
そんなもので一々感激しないでほしい。
「で、でも、私は負けないぞ! これもアリアのためなんだ。……さ、アリア、お口を開けて……あ~ん」
――――五歳、ショタ美少年の「あ~ん」は、破壊力が強すぎた。
結果、私は渋々と口を開ける。
その中に、アーサーがスプーンですくったポタージュが、トロリと入れられた。
……う~ん、微妙な味わいだが、思ったよりはまずくない。
とはいえ、美味しいとも言い難かった。
なのに――――
「飲んだ! 飲んでくれたんだね! 嬉しいよ、アリア。……さあ、もう一口!」
調子に乗ったアーサーが、次の一口をすくってくる。
ここまで喜ばれてしまったら、断わるのは難しい。
仕方なく私はあと三回、アーサーの「あ~ん」につき合った。
四回目は、ダメだ。私は食が細いから。
こんな風に、私は周囲と思い出作りをしながら、細々と生きていた。
時には高熱にうなされて死にかかったり、時には呼吸困難で死にかかったり、またある時には心臓発作で本当に心臓が止まってちょっぴり死んだりと――――ほとんど死にかかっていたような気もするが……まあ、それなりに充実した毎日を送っていた。
一時は、このまま生きていっても乙女ゲームのようなことは起こらないのではないかと思ったこともあったのだが……恋愛フラグは折れても、私の病気のフラグを折ることは不可能なようだ。
明日で私は十歳になる。――――さすがに、もう限界だ。
日々痛みは体中に広がり、もう、この体には痛くないところなど、どこにもないくらい。
ゲームのアリアが、この苦しみに耐えて生きていたのだとすれば、私は彼女の悪行を責めることはできない。
まあ、彼女は私と違って転生できるなんて思っていなかったから、生きる以外の道を選べなかったのだろうが。
……ごめん、私は逃げさせてもらう。
このまま痛みに正気を失い、自分を支えてくれるお兄さまやアーサーの愛に執着し、自分から彼らを引き離そうとするヒロインに醜く嫉妬して酷いことをしてしまう前に、アリアの人生を終わりにしたかった。
しかし、そうなると心配なのが、私を喪った後の、家族やアーサーだ。
半端なく愛されている自信のある私は、遺される家族と婚約者に手紙を書いた。
私には前世の記憶があること。
その前世の中で、これから起こる未来を知ってしまったこと。
このままでは、私は病と嫉妬に苦しみ、絶望の中で死んでしまうこと。
それを避けるために、死を受け入れること。
『――――でも、お父さま、お兄さま、そしてアーサー。私は転生できるのです。病とは無縁な健康な体を授かって、新たな人生を歩くことができます。お母さまが私にその道を遺してくださいました。……だから、私を笑って見送ってください』
私の遺言とも言うべき手紙を信じる信じないは、彼ら次第。
転生後は、彼らと――――この乙女ゲームと関わる気はなかったので、転生先のことは一切触れなかったが、世界のどこかで私が生きていると信じてくれたらいいなと、願う。
まあ、それ以前に、死ぬ時期が違うため、私が無事に隣国の王女に転生できるかどうかわからないという事情もあったのだが。
そして私は、自分が死ぬための計画を決行しようとした。
方法は、ズバリ転落死。
公爵邸は三階建で、ひょっとしたら生きのびてしまうかもしれないので、決行場所は王城の展望台を選んだ。ざっと二十メートル近い高さがあるから、きっと即死できるはず。
珍しく体調のいい日を選び、私は、アーサーに会うためという名目を作り登城した。
後は、痛みでよろけた振りをして、展望台から真っ逆さまに転落するだけだ。
頭を乗り出して確認すれば、真下は石畳。
うん、これなら万が一にも死に損なうことはないだろう。
きっと遺体はグチャグチャになるだろうから、アーサーには見ないでほしいと思うけど……たぶん無理だろうなと思う。
グチャグチャだろうとバラバラだろうと、彼は、私の遺体を抱き締めて泣くだろう。
三日三晩――――ひょっとしたら一月くらいは泣き続けるかもしれない。
だって、反対の立場なら私がそうするから。
「アリア、風が冷たいからそろそろ中に入らないか」
私を死という痛みのない世界へ解放する空から吹いてきた風が、私の金髪縦ロールを靡かせる。
そこに、アーサーが手を差し出してきた。
この手から目を背け身を翻せば、死は一瞬。その後は、ずっと痛みのない世界。
反対に、この手を取れば、地獄のような苦痛に耐える日々。私は嫉妬に狂い、やがてアーサーに捨てられる。
迷う必要なんてないはずなのに。
「アリア?」
「……はい」
その日、私はアーサーの手を取った。
今日のところは、止めておこうと思ったのだ。
その後、結局私は十五歳で病死するまで生き続けた。
城から帰ったら、兄のジュリアンが私の手紙を見つけていたのだ。
「アリア! アリア! アリア! 僕を捨てないで!」
半狂乱になった兄の手で、手紙の内容は、父はもちろんアーサーにも速効で伝達され、その日から私はほぼ監禁状態で見張られ――――世話されることになった。
「この手紙に書いてあることが本当かどうかはわからないけど、私は絶対浮気はしない! 君がどんなに嫉妬に狂い悪事で手を汚しても、その責はすべて私が負うから! 断罪されるなら、二人で罪を償おう!」
アーサーは、泣きながらそう言った。
いや、その断罪をするのはあなただから!
自分で断罪して、自分で罪を償うとか、いくらなんでもおかしいだろう。
今までも、私の病を治すべく四方八方に手を尽くしていた父は、もっとがむしゃらになり治療方法と同時に痛みを和らげる方法も必死で探すようになった。
いわゆる対症療法だが、不治の病の私にはこの方がずっとありがたい。
おかげで、心安らかにいられる時間が増えた。
そのせいかどうなのかはわからないが、お約束の乙女ゲームの展開は起こらなかった。
私もアーサーもゲームの舞台の学園には通わなかったし、それどころかアーサーは、私の家で一緒に暮らしていたりするからだ。
「いくらなんでもやり過ぎでしょう? こんなことをしていたら、国王になれないわよ」
「それは困るな。私は国王になって、君は王妃になるんだから」
まるで、確定した未来のようにアーサーは話す。
本当にそうなったらいいんだけれど。
……でも、その願いは叶わずに、私は決められたとおり十五歳で死んだ。
そして、私は転生した。
転生先は、予定通り隣国の王女。
予定と違うのは、私が生まれた瞬間に、隣国の王子――――アーサーとの婚約が成立したということ。
「じゅうろくしゃいのおうじと、ゼロしゃいのおうじょのこんやくちょか、ありえないでちょう!」
呆れたように言ってやれたのは、言葉が話せるようになって早々。
口が回らなかったのは、仕方ない。
「どうしよう……私の婚約者が可愛すぎる!」
アーサーは、感無量といった風に私を抱き上げた。
「ズルいですよ、王子。私にもアリアを抱かせてください!」
その周りで、ギャイギャイと騒ぎ立てるのは、ジュリアン兄さまだ。
いったい何をどうやったのか、隣国の王女として生まれたはずの私は、未来の王妃教育と称してゼロ歳で留学。今はアリアの生家の公爵家で育てられている。
「本当は城で私がお世話したかったのだけど……」
それは思いとどまってもらって正解だ。
私との婚約後、アーサーにはロリコン疑惑がまことしやかに囁かれている。疑惑を確信させるような行動は、厳に謹んでいただきたい!
それにしても、どうして私の転生先がわかったのだろう?
手紙にも書かなかったし、その後も一切教えなかったはずなのに。
疑問をぶつければ、アーサーは楽しそうに笑った。
「そんなの簡単だよ。アリアは隣国の王室関係の情報ばかり集めていたからね」
「あとは、僕が母上の魔法を調べたのさ。残念ながら転生魔法の解明はできなかったけど、転生先を追跡できる魔法を創ることができた。君がアリアだったときに魂にこっそり刻んでおいたから、すぐに特定できたんだよ」
私の元兄が優秀すぎる。
そんな規格外の魔法、簡単に創り出したりしないでほしい。
「約束しただろう? 私は国王になって、君は王妃になる。そして幸せに暮らすのさ」
自信満々にアーサーは話す。
幼女の私を抱き締めて、アーサーとジュリアンは幸せそうに笑った。
どうやら転生しても、私は逃げられないらしい。
まあ、それもいいかと思ってしまうのだから、私の心も知れているのだが。
これは、転生できる悪役令嬢に転生した私が、執着婚約者に捕まって幸せになる物語。