第8話 けじめ
王城を辞した私はその足で王都にある邸、スチュアート伯爵家の都邸へと向かった。
スチュアート伯爵家は取り潰しとなったから、元と言った方がいいわね――なんて、心の中で自嘲する。
邸を囲む塀に備えられた門扉の前に着くと、初老の男性が出迎えてくれた。
彼は古くからスチュアート家に仕えてくれている執事で、今となっては最古参の一人になっている。
私は挨拶もそこそこに重要な話があるから皆を広間に集めるよう彼に頼むと、各部屋を回って目星をつけてから自室に戻り準備を進めた。
都邸にいる使用人を広間に集めさせ、私は自ら事の次第を伝えた。
涙を堪えられずに嗚咽を漏らす者、拳を握り締めて必死に耐える者、茫然自失となって表情が抜け落ちる者――私の言葉を聞いて様々な反応があったけど、一様にスチュアート伯爵家が無くなる事を嘆いてくれているようだった。
それを見て我が家が使用人たちからも愛されていた事を実感でき、私は不謹慎ながらも嬉しい気持ちと感謝の気持ちが湧いてくる。
でも、それだけで終わりにすることはできない。
もうスチュアート伯爵家は無い。
彼らをこのままにしておくことはできない。
私は最後に残った伯爵家の者の務めとして、彼らが路頭に迷うことの無いよう、紹介状と都邸内に残っていた宝石やドレスなど、食い繋ぐのに必要な纏まった額に換金できる品を渡していく。
当然、その中には家族の形見の品や思い出の品もあるが、そんな些細な事は気にしていられない。
それに残しておいても、皆が帰ってくるわけではない。
思い出に縋って感傷に浸る時間も私には許されていない。
私は遠慮する彼らに無理矢理それを押し付ける。換金にあたって盗品と疑われないように書いた保証状と、次の職に就くのに僅かばかりでも力になるであろう紹介状を付けて。
「お嬢様」
涙を流す使用人たちを宥めながら、全てを渡し終えた私に声をかけたのは、使用人たちの中でも最古参の執事だった。
「永く我が家に仕えてくれて本当にありがとう。少ないけれど、これを持って行って」
私は父が母から贈られたタイピンを渡した。
王家主催の会場には必ずこれを身に付けるため、都邸に置いてあったのが功を奏し、あの事件での焼失を免れた。白金を素材にブルーサファイアがあしらわれた精巧な造りの一品である。
ブルーサファイアは空色を思わせる私と同じ母の瞳の色を模したものだった。
「これは……! 頂けません」
「いいの。受け取って」
「ですが……それでは、お嬢様には何も残らないではないですか!」
「いいの……いいのよ。私にはこれだけあれば……それでいいの」
タイピンを持つ手を震わせる彼に、私は微笑みかけて首から下げていたペンダントを手に取る。
ペンダントは開閉式になっていて、中に肖像画が入っている。
私はチャームを開けることはしなかったが、それだけで彼は悟ったのだろう、沈痛な面持ちを浮かべ、それ以上食い下がることはしなかった。
「無念です。お嬢様が苦しい時に何もできない無力な自分が……」
「そんなこと無いわ。苦労ばかりかけたわね。皆も今まで本当にありがとう。残った価値のある物は全て換金し、王家に賠償金として支払ってください。それで契約終了です」
「賠償金……それではまるで、スチュアート家に非があるようではありませんか!」
「事実、その通りよ。王家より任された秘宝を守ることができなかったのだから」
「だからと言って――」
「このことは既に知っていたでしょう?」
私がそう言葉にすれば彼は口を噤んだ。
そう彼らは知っていたのだ。私がドラン侯爵の元で回復するまでの間に報せが届いている。
それでも、彼らは私から直接聞くまでは半信半疑だったのだろう。
そして、涙を流し、悔しさに顔を歪め、最後まで私を信じようとしてくれる優しい人たち。
彼らの気持ちが嬉しいからこそ裏切れない。我が家の汚名を雪ぎ、彼らが胸を張ってスチュアート家に仕えていたと言えるようにしなくてはならない。
私は旅に必要な物を背負い鞄に詰め込み、都邸を後にした。
背中越しに届いてくる私を呼ぶ声や嗚咽を聞きながら。
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