第7話 最後に残ったもの
罪囚の首輪――その名の通り、罪人に着けられる戒めの首輪で、どんな理由であっても他人に危害を加えられなくなり、外すためには専用の鍵が必要になる。
つまり、これを装着すれば、どんなに理不尽な目に遭おうとも、どんなに自分が正当で相手に非があろうとも、抵抗することがほぼできなくなる。相手が指名手配を受けるような犯罪者であってもだ。
そのため、人道的な理由からこれが適用されることはまずない。
それ故にこの首輪を前にして誰しもが苦い顔をしている。
それほどまでに個人の尊厳を奪う代物なのだ。
「エレナ……考え直してちょうだい」
王妃陛下が痛ましげな顔で私に促してくる。
私もこれが何なのかは知っているつもり。
だから、とても怖い。
これを身に付ければ、問答無用で周りからは罪人扱いされることだろう。
貴族で無くなり、聖女でも無くなっただけでなく、罪人にまで墜ちたとなれば、周囲が自分に向ける目がどれだけ冷たいものになるのか……想像に難くない。
ううん、きっと私の想像なんか遥かに超えるものだろう。
王妃陛下の私を憐れむような表情に意志が揺らぎそうになる。
それでも、この決意は貫かなければならない。
――ありがとうございます、王妃陛下。最後まで私を気にかけて下さって。
私は心の中で王妃陛下に感謝すると、静かに国王陛下へ視線を向けた。
それだけで私の意図を察したのだろう。陛下は短く溜息を吐く。
「最後に問う。考え直す気は無いのか?」
「はい。私に任と首輪をお与えください」
「……わかった」
まるで諦めたかのような陛下の低く重い声が私の耳に届く。
隣に視線を移せば、王妃様が目を真っ赤にして堪えている姿が見えた。
これまでも何かと可愛がってもらっていただけに、心苦しい限りだけど、これだけは譲れない。
それに私にはもう失うものなんて無い。
家名も、聖女の称号も、乙女の純潔も、大切な家族も、そして……愛する婚約者も。
ならばこそ、守らなければならない。貫かなければならない。
家族の無念を晴らすため、唯一残ったそれを。魔剣の守護者としての、家族の矜持を。
私は受け入れる。
罪人の証たるその首輪を。
私に残ったそれを取り戻すために……私は受け入れる。
そうして、私の首に罪囚の首輪が嵌められた。
これから先、どれだけの苦難が立ち塞がろうとも、私は諦めない。
私が矜持を取り戻すのが先か、それとも道半ばで果てるのが先か。
結末は今この場にいる誰にもわからない。
ただ、顔を見ればわかることはある。
それはほとんどの者が、私のやることに否定的な目をしていることだ。
そう思う気持ちもわからなくない。
いくら聖女と言われていたとは雖も、所詮は貴族の令嬢。
世界の荒波に揉まれたことなど無いのだから。
私はこの場を辞するために踵を返す。
流れる視界の中に、焦りと怒りと不安を綯交ぜにしたような表情をしているドラン侯爵の顔が、妙に印象に残っていた。
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