第5話 謁見と問責
ドラン侯爵の好意に甘えさせてもらい、王都にあるスチュアート伯爵家の邸に来ることができた。
管理を任されている老年の域に入ろうとしている執事は、私の姿を見るや否や涙を堪えて励ましてくれる。
今の傷付いた私の心には、本当にその温かさが染み入る。
「エレナお嬢様、旦那様方の事はお気の毒でした。それでも、お嬢様だけでも健在であられたことは、不幸中の幸いです。どうかお気を落とさず、これからも我々が支えますゆえ」
「……ありがとう」
その場に居合わせた使用人たちも、私を気遣うような視線を向けている。
彼らの気遣いに応えようとしたけれども、正直、うまく微笑みを形作れていたか自信は無かった。
体力が完全に回復していなかった私は、ドラン侯爵家から旅をしてきた疲れでその日の内に王城に赴く体力は無く、都邸で一泊して翌日に参内した。
城門前で警備に当たる番兵に侯爵から渡された召喚状を渡すと、彼は私の顔と召喚状を交互に見た後、入場を許可してくれた。
城内ですれ違う人々の視線が突き刺さる。
私を見て何か小声で話している様子も見えてしまう。
自分が何かをしたわけでも無いのに、私たちの家族が罪を犯したわけでも無いのに、侮蔑の視線を向けられ、嘲笑が周囲から聞こえてくるかのようだった。
――辛い……何でこんなことに……
それを何度、自問したことだろうか。
だけど、当然、その答えをくれる声が聞こえることはなかった。
「聖女エレナ!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、私を呼んだのは先輩聖女の一人『マルシア』様だった。
彼女は私が聖女修行を始めた時に指導に当たってくれた人で、今でも私の事を気にかけてくれており、一番、交流のある聖女なのだ。
マルシア様は私に駆け寄ってくると、悼み悲しそうな顔で私を見る。
「家の事は聞いたわ。大変だったわね」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
「エレナ……」
「申し訳ありません。陛下との謁見が控えておりますので」
私はそう言ってマルシア様との話を切り上げた。
謁見が控えているのは事実だったが、これ以上、彼女と話を続けては自分の感情を抑えられる自信が無く、きっと、彼女の優しさに甘えて動けなくなる――そう感じた。
甘えるわけにはいかないと、自分を奮い立たせて淑女の礼を取り、その場を離れる。
自分の背中をマルシアが悲痛な面持ちで見つめていたことなど、私は知る由も無かった。
「面を上げよ」
謁見の間に通された私は、玉座正面の謁見位置で頭を下げたまま、陛下からお声がかかるのを待っていた。
そして、その声がかかり、ゆっくりと顔を上げる。
正面に座る両陛下の顔は、無表情というわけではないが、何か読み取れるものがあるわけでも無かった。
国王陛下が右手をひじ掛けから上げると、脇に控える大臣が召喚の理由と手にした書状の内容を読み上げる。
「この度、スチュアート伯爵家の令嬢であるエレナ・スチュアートを召喚したのは、先日、スチュアート伯爵家で起こった事件の確認とその処遇についてである」
「はい」
「スチュアート伯爵家は王家より嵐の魔剣の管理を任されていた。しかし、先の事件の折、魔剣は所在不明となり、伯爵自身の行方もわからない。これについて相違無いか?」
「私自身、当日、何者かに襲撃されて意識を失った後、ドラン侯爵に保護され、目を覚ましたのは全てが終わった後でした。魔剣がどうなったかは、侯爵から話を聞かされるまで知る由もありませんでした。しかし、我が父、スチュアート伯爵のみならず、家族は何者かに殺害されていました。これは間違いなく事実です」
「伯爵の邸は全焼し、焼け跡から発見された遺体の数が合わないのだ。これについてはどうか?」
「確証はありませんが、時間稼ぎのために工作しているのではないかと考えます」
「関与を否定できる確たるものは無しか……」
その言葉に私は悔しさから奥歯を噛みしめた。
何故、無残に殺された私の家族がこんな辱めを受けなければならないのだろう。
そして、同時に城内で私に向けられたものの意味を理解した。
事実がどうあれ、それを知るのは私だけであり、それを知る術のない周りは私を、スチュアート伯爵家を罪人だと思っているのだと。
「もうよい。沙汰を言い渡す」
痺れを切らしたような苛立ちを感じさせる陛下の声が耳に届き、私は咄嗟に頭を下げる。
これから告げられることは、私にとって決して良いものでは無い事を覚悟しながら。
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