第3話 レックス視点
もしかしたら、タイトルを変えるかも。
「なっ、スチュアート伯爵の邸宅が燃え落ちただと……」
俺はその時、あまりの衝撃にそれ以上の言葉が続かなかった。
スチュアート伯爵の令嬢は、俺の愛する婚約者エレナなのだから。
俺はレックス。
ドラン侯爵の嫡男だ。
俺には5歳下の弟がいたのだが、幼い頃に病を得て天へと旅立ってしまった。
弟が産まれた時は家族全員が喜びに沸き、俺自身も弟の事が可愛くて仕方なかったことは覚えている。
そして、喪った時の悲しみも。
弟を喪ってしばらくして、俺とエレナの婚約が決まった。
我がドラン侯爵家とエレナの所のスチュアート伯爵家は、国防の要を担っており、領地が接していることもあって、家同士の繋がりが元から強い。それを更に強固なものにするため、俺が12歳、エレナが9歳の時に婚約が組まれたというわけだ。
元から懇意ということもあって、彼女とは小さい頃からの顔見知りだ。
エレナだけでなく、彼女の兄や弟とも仲が良かった。
男同士でつるむことが多くて、エレナはいつも一人で、こっそり俺たちの後を付いてきていた。
当時の俺はエレナの事を、『友人の妹』程度にしか認識していなかった。
だから、この婚約は全く気乗りがしていなかった。
まあ、それもそうだろう。12歳なんてまだまだ子供だし、思春期真っ只中だ。素直じゃないだけにおいそれと受け入れられるものじゃない。
だが、そんな考えは婚約挨拶の場に現れた彼女を一目見て吹き飛んだ。
いつの間にか身に付けていた気品を感じる淑女の所作と、変わらない朗らかな笑顔に俺は胸を射抜かれた。
その時は自分よりも年下のエレナが、そんな優雅な所作を身に付けていることに、敗北感を覚えて素っ気ない態度を取ってしまったが、自室に戻ると感情が込み上げくる。
――あんなに可愛いエレナが、俺の婚約者なのか。
俺は嬉しくて堪らなかった。
それからも俺とエレナの関係が大きく変わることはなかった。
ただ、お互いに好き合っていたのは確かだろう。
俺はもちろんの事、エレナも俺との婚約を嬉しいと言ってくれた。
その時に俺は思わず、歓喜の声を上げて彼女を驚かせてしまったけど、彼女は優しい笑顔を俺にくれた。
ゆっくりと確実に愛を育んでいた俺たちに転機が訪れる。
エレナが神聖力を開花させたのだ。
限られた人間にしか発現しない稀有な才能は、聖女になる資格を有することを意味している。
俺は純粋に嬉しかった。俺の大好きなエレナが特別なんだと思うと、自分の事のように嬉しかった。
一緒にいられる時間が一気に減ったのは、残念で仕方なかったが。
エレナの聖女修行が始まり、俺も次期侯爵として執務にあたるようになった。
おかげでただでさえ少なかったエレナとの時間が更に少なくなったが、それでも、二人で都合を合わせ、五日に一度は必ず逢瀬を重ねた。
それだけでも、俺の心は十分に満たされたが、この頃には彼女と婚姻する日を待ち遠しく思うようになっていた。
それなのに――
自分の所に突如舞い込んだ凶報に、俺は冷静でいられなかった。
少し冷静に立ち返った今から思えば、侍従に相当無茶な指示を出していたように思う。それほどまでに俺にとっては衝撃的なことだったのだ。
焼け落ちる伯爵の邸宅前で意識を失って倒れていたエレナを、伯爵家から帰る途中、火事に気付いて引き返した父上が見つけて保護し、侯爵家の客間で休ませていた。
報せを聞き、急いで邸宅へと戻った俺は父から事のあらましを聞いた。
エレナは純潔を暴かれているかも知れないとも。
俺は居ても立っても居られず、エレナのいる客間へと向かった。
そして、ノックをすることも忘れて扉を開ける。
ベッドの上には上半身を起こしたエレナがいた。
見るからに憔悴していたが、彼女の姿を見ることができて、俺は思わず安堵していた。
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