第2話 それは夢ではなく現実で
投降が遅々としてすみません。
私はよくわからない浮遊感の中、温かく優しい何かに包まれているような、なんともはっきりしない何とも現実感の無い世界にいる。
ふと、何かに気付いて振り返ると、草原に敷布を広げてその上に座り、談笑する家族の姿があった。
――ああ……やっぱり、『あれ』は夢だったんだ。
私は唐突にそう思った。自分の中に湧いた『あれ』がなんなのかはよくわからなかったけど、とにかくそう思ったのだ。
楽しそうな家族の会話に混ざろうと、私も皆の所に歩くが一行に近づくことができない。
そうこうしている内に皆が立ち上がって私に背を向ける。
私は嫌な予感がして手を伸ばすが、やはりそれは届かない。
私は転んだ。何かに躓いたのだ。
手にはビシャっとした感覚とともに生温かさを感じ、血の気が引く。
視線を下ろせば、目の前は血だまりがあった。
思わず、短い悲鳴が喉から漏れる。
後退った拍子に何かに触れた。
恐る恐るその方を向けば、そこには変わり果てた家族の姿と、私を見下ろすサソリの入れ墨がいやに目立つ真っ黒な影がある。
目の前の光景が受け入れられず、奥歯が鳴り止まない私に影から手が伸びてくる。
その恐怖が私に触れる寸前で私は目を覚ました。
息がうまくできず、胸が苦しい。
全身に嫌な汗をかき、視界が滲んでいるから、涙も流していたのだろう。
目の前にある光景は見たことが無い。
正確にはいつも見ている光景では無い。何となく見た覚えがあるけれど。
ひとまず、荒れた呼吸を整えることを優先する。
このままではあまりにも息苦しく、まともに考えることもできない。
そうして漸く落ち着いてきたので、ベッドから体を起こそうと力を入れた時に下腹部に痛みが走る。
服を捲っても傷は見当たらない。それどころか下腹部というよりはもう少し下、しかも、内側の繊細な部分からの痛みに感じた。
その痛みが生じた位置を認めた時、あの忌々しい記憶が蘇り、自分の身に何が起こったのかを理解した。
自分の純潔は散らされたのだ――と。
「うぅ、そんな……お父様、お母様、皆……私、どうすれば」
エレナには婚約者がいる。
ドラン侯爵家の嫡男で名を『レックス』という。
二人はとても仲睦まじく、よく一緒に遊んでいた。
エレナに神聖力があることがわかり、聖女修行が始まれば、彼女に相応しい騎士になれるようにと、レックスは更に鍛錬に励むようになる。
お互いに忙しい日々を過ごしながらも、必ず五日に一度は逢う日を設ける程、二人の仲は分かち違いものだった。
それだけにエレナはこの身を清いまま彼に捧げたい一心だった。
だが、その誓いは無残にも破られてしまう。
家族を喪い、自身も汚された現実を前に途方に暮れ、ベッドから立ち上がることもできずに呆然としていると、エレナが目を覚ましていると思いもしなかったのだろう、不意に部屋の扉が開かれた。
「レキ……」
部屋に入ってきたのは、エレナの最愛の婚約者であるレックスだった。
今後も次の投稿までに相当の期間が空くことが考えられますが、気長にお待ちいただければ幸いです。