ボロボロ勇者が魔王の城へ乗り込みました。
学校での事件後、警察よりも先に、自警団フィエーズが来た。
この点、フィエーズは優秀だ。
俺たちは目立ちたくなかったから、被害者のフリをして、避難した生徒たちにまざりつつも、フィエーズの連中の目を盗んで、学校を抜け出そうとした。
先生と生徒達のここ数時間の記憶は、俺の護衛のミリアのチカラによって消されているから、気づかれることはなかった。のだが……
「レドくん!」
校門から抜け出し、ほっとした瞬間に、学級委員のアスタが声を掛けてきた。
俺たちを心配している顔。瞳は潤んで、今すぐにでも泣きそうに見える。
「体調はどう……? 保健室の先生は、モンスターを見てすぐに気を失ったらしくて、全然レド君の子とを覚えてないっていうから……」
ん? 記憶は消えてるよな?
「俺は大丈夫だけど、この子が帰りたがってるから、家まで送るよ。先生に聞かれたらよろしく言っておいてほしい」
「その子は? 制服ボロボロだけど……」
「ちょうど保健室にこの子がいて、一緒に逃げたんだ」
「あっ、転校生……ライレーナ・フィリオンさんね。私生徒会で書記もやってるの」
ライレーナは照れくさそうに、アスタの目を見たり、目線をそらしたりした。あれ? あんないつも強気なのに、委員長にはそういう反応なのか。
「……ありがとうございます先輩。転校してきた1年のライレーナ・フィリオンです……」
「ケガはしてないの?」
「大丈夫です。私も保健室にいて、校舎の崩落にちょっとだけ巻き込まれたんですけど、レドさんに、手当をしてもらえたんです」
「そうなのね! レド君優しいからね!」
「あの……それでもあまり、色々聞かれたくないから……」
「うん! あなた色々事情があったわね。私が帰したことにするわ! さっき先生達が話していたけど、たぶん、一週間くらい休校になるかも……って」
委員長は、預けていたノートを返してくれた。そして、ちいさく手を振って、俺たちが学校を後にするのを見送ってくれた。
* * *
さて、死ぬ直前までケガをしたライレーナの身体は、俺の魔力でどうにかつなぎ止められている状態だから、距離を置くわけには行かない。
「どこに行くのよ」
「俺んちだよ」
「サイテー。離れられないからって、いやらしい。この距離じゃ、シャワーもベッドも一緒にしなきゃいけないじゃない!」
「だから、ウチでメイドでもしろって言ってるだろ。ウチは魔力で満たされてるから、家の中は自由に動き回れる」
「……なるほど?」
「その間に治療できれば、勇者ごっこもまたできるだろ」
「ごっこっていうな」
市街へつながる大きな通りから外れて、住宅街を抜け、裏道の裏道を行ったところに、俺の家がある。山のふもとの、森の一歩手前。ちいさなアパートだ。
「うわ……山じゃん」
ライレーナがバカにしてくる。
広々とした庭は手入れされている。そこにいる、虫除けの帽子、無骨なエプロンなど厚着をした人の趣味で、華やかな、ちょっとした庭園のよう。その人が近づいてきた。
ライレーナは、土と草木のにおいに一歩引いた。
「おかえりなさいレド君! ニュース見たわよ!」
女性と知って驚くライレーナ。
「平気だよ、大家さん」
大家さんは、このアパートの大家さん。帽子を脱ぐと、そのおっとりとした美人顔をライレーナに見せた。ライレーナはまたうろたえている。こいつもしかして……
「あら、浮気相手? 私、不純な人は住まわせませんよ!」
「いやいや、ケガをしてるから家で治療してもらおうと思ってるだけ。アスタとも付き合ってないし、浮気もクソもないから」
「ふぅん」
今時プライベートに踏み込んでくる大家がいるかって。
「あの先輩と付き合ってるんだ」
「ねぇよ。たまたま同じアパートに住んでて、お節介してくるだけ」
「ふぅん」
ライレーナも大家さんも本当は違うんだろう、というような返事をする。めんどくさ。
ウチは二階。カギを開けて、扉をあけ、大家さんの視線を感じつつ、ライレーナを中に入れた。
俺は靴を脱いで、靴を手にする。
「土足禁止」
「あっ、はい」
ライレーナは汚れたローファーを脱いで、そのまま廊下に上がる。
「靴はもってきて」
「はい? あっ、隠す?」
広くはないが、1LK。リビングには壁際にテレビ、小さなテーブルと、テーブルを囲うようにソファが置かれている。
「まあまあキレイじゃない」
脱いだローファーのかかとを指に引っかけ、鞘に収めた刀を抱えて歩くライレーナは、キョロキョロと隅々まで、まるで点数をつけるためかのようにチェックしている。
「合格ね」
ありがとうミリア。お前がキレイにしてくれている部屋だ。
「こっち」
寝室に通そうとすると、ライレーナは警戒して立ち止まった。
「サイテー」
俺は構わず、部屋に入る。
すると
「うああっ!!」
と、ライレーナの苦痛の声が響く。
慌てて部屋に入ってくるライレーナ。魔王である俺の身体から出る魔力がないと、ライレーナは本来の大けがの状態に戻ってしまう。
「はぁはぁ…… どうして……こんなことに……」
胸に手を当て、呼吸を整えるライレーナ。
廊下に繋がる扉から見て、キレイに整ったベッドのむこうに、大きなクローゼットが置いてある。俺はクローゼットの前まで行ったが、ライレーナは、乱れた呼吸を整えるようにベッドに倒れ込んだ。
「っていうか、ココに来れば、離れても大丈夫なんじゃないの……?」
ライレーナは仰向けになって、大の字になった。
「ルームメイトがいるの」
「連絡させる。引っ越すってな」
「またニュースになるかも。あたしが転校した学校だから」
「そうかもな」
「フィエーズがきっと探しにくるわ」
「ウチにまでは来れないよ。しばらくは静かにできる」
ライレーナはこちらに背中を向けて、ベッドの上で横向きになった。
緩んだ指からはローファーが落ち、ごとごとと床に転がった。カタナは弱々しく、壁に立てかける。
「勇者とあろうものが、魔王のしもべで、あれやこれやされるまで落ちぶれるなんて。さっさと襲ってきたら? 魔王なんでしょ」
少し離れただけで痛みが走ったことで、逃げられないと、覚悟を決めたようだ。とはいえ、こんなメンタルのとアレやコレやしても全然楽しくなさそうだし、大体、死に際の女を襲うわけないだろうと。
「アパートを追い出されるのは困るんで」
色々考えはしたが、もっともらしい言葉で否定した。
「アパートはウチまでの道だし」
「道?」
ライレーナは身体を起こして、こちらを向いてくれた。そして、ライレーナに見せつけるように、俺はクローゼットを開けた。クローゼットは、本家のある地区への秘密の入り口だ。クローゼットの内側は、濃い緑色の魔力が渦を巻いた空間がある。
「ここが近道なんだ。もう少し歩くのがんばってくれ」
「仕方ないわね」
「ここは一歩で数キロも移動するワープゲートだから、一歩も離れるなよ。魔力がとどかなくなって死ぬぞ」
「ひえぇ……どうすればいいのよ」
黙って手を差し出す俺。
にらみつけてくるライレーナ。
「抱っこでもいいけど」
「お断りします」
ライレーナは左手にローファーとカタナを手にし、右手で俺と手を繋いだ。
そして、一緒にクローゼットを通り抜ける。
こういうワープゲートをはじめて通ったヤツは、隣の部屋に来たかのような感覚に陥る。実際、ゲートを抜けて緑のもやもやが晴れれば、そこにあるのは、木造の建物の一室だ。
「あれ、隣の部屋は、ずいぶんレトロなのね」
レトロな電球で照らされる部屋は、いままでいたモダンなインテリアなどなく、無骨なテーブルとイスがある。テーブルの上には、呼び鈴が置いてあるから、俺は、それを手に取ろうとした。
が、ライレーナの手を取った手が、ぎゅっと握り返される。
「もう大丈夫」
「え、あ、うるさいわね、わかってるわよ」
繋がれた手は、ぴっっと切り離された。
チリンチリン。
呼び鈴は緑色にほんのり光る。
……
とっ とっ とっ
ガチャ
「お帰りなさいませんレド様」
ドアを外から開けたのは、タイトなドレスにマントを羽織った、コスプレ魔法使いのような出で立ちの少女だ。
「マレンダ、ただいま。通らせてもらうよ」
少女の名はマレンダという。
「もちろんです。お連れの方もこちらへ」
いぶかしげにライレーナは俺たちのあとをついてきて、この部屋を出た。長く暗い廊下。歩けばきしむ床。天井のレトロな電球は、むき出しに垂れ下がった電線伝いに、不揃いに設置されている。その光は、ところどころ床を照らしきれていないから、まっくらな床を時々通らなければならない。
「アパートってこんな大きくなかったわよね……本当に別の場所……」
そうつぶやくライレーナにむかって、マレンダは「ふふふっ」と微笑んだ。
顔を赤らめるライレーナ。俺はアスタ、大家さん、マレンダへの、ライレーナのリアクションを見て確信したことをぶつけてみる。
「お前、かわいい女の子に弱いな?」
驚いた顔を見せるライレーナ。
「はっ!? なにいってんの!?」
マレンダは楽しげににいう。
「まあ、かわいいだなんて嬉しいです。レド様。でも、お連れの方もとてもかわいくていらっしゃいますね」
「うっ、やめて!」
ぷいっと壁を向いてしまう。
「うふふっ」
そうしているうちに、壁までたどり着いた。壁。そう扉ではない。壁。
この壁は隠し扉だ。
「レド様専用の扉なんです。悪いやつらについてこられないように」
隠し扉を開くと、これまたレトロな道具でいっぱいの倉庫だ。そこが、すぐに魔法使いのお店のバックヤードだとわかる。
店に出てみれば、黒魔術で使うような、釜や試験管、フラスコ、薬類といった、おどろおどろしい道具や、呪文の書、魔法のチカラを秘めた武器や防具といったものまで揃えられている。
「ここは……?」
ライレーナが目を輝かせて、周りを見回しながら聞いた。
「私、魔導師マレンダのお店です。ちゃんと使えるモノばかりですよ。さっきの呼び鈴も、この呼び鈴と、魔力で連動しているんです。レド様専用なんですよ」
マレンダが、カウンターに置いてある呼び鈴を手に応えた。
「あっ……初めまして、私ライレーナ・フィリオンといいます。大けがをして、レド……さんに助けられたから……」
「ふむふむ。レド様のメイドのミリア様から、話は聞いておりますよ」
まじまじとライレーナを見るマレンダ。手を見て、背中を見て、脚を見て……そして、ライレーナをふんわりと包み込むように抱きしめる。
「っ!?」
真っ赤になるライレーナ。全身に力が入り硬直する。
マレンダはライレーナを抱きしめたまま、耳元に唇を近づける。
「あなたの身体を魔力スキャンするから、チカラを抜いて」
「はっ はい」
マレンダの右手は後頭部から背中へ、左手は背中から腰を通り、臀部へ這わされる。
「ひーちょっとまっ……」
ライレーナが脱力したところで、マレンダはライレーナから離れた。
俺はマレンダの深刻そうな顔を見て、商品のイスに座って二人のやりとりを見ることにした。
「残念ですが、ほとんど死人ですね」
「生きてるんですけど!?」
「今はレド様の魔力で身体の組織がつながっていますが、本来の人体は死に向かっています。放置すれば一週間後には肉体は滅びるでしょう」
「ちょっと……」
「レド様のメイドには、同じ境遇の魔人がおりますから、寂しく思うことはありません」
「レドのメイドは、生きていたわよ」
「人としては死んでいます。魔人として生きているのです。子を産み、育て、年老い、死ぬことはもうできません」
「あたしは、魔物に襲われる人たちを助けたかっただけなのに……?」
「現実は、崇高な意志があっても、不都合な事実は覆い隠せません」
ライレーナはマレンダに掴みかかろうとした、しかし力が抜けて膝をつく。
「チカラが……抜けて……」
マレンダはライレーナを支えた。
「落ち着きなよライレーナ。マレンダは放置すれば、って言ったぞ」
マレンダは続けた。
「ライレーナ様は、半分魔人となっていますが、体内の魔力は揮発しますから、定期的な摂取が必要です」
「今チカラが抜けたのは、そういうこと……って、定期的な摂取!?」
「レド様とあれやこれをすれば魔力は補充されます」
「そっそそそそそんなこと……!!」
「が、レド様の家にいれば同じ効果を得られるでしょう」
「むむむ、マレンダあなた、今絶対わざと誤解させたわね……」
「まず、その一週間で身体を魔力に慣らすといいでしょう。いわば魔力の呼吸を覚えるようなものです。魔力の呼吸を覚えたら、自由に活動ができるようになります。そして、肉体再生のための万能薬であるエリクサーを作りましょう。今の時代、さすがにエリクサーは失われてしまいましたが、あなたが勇者のチカラを取り戻せれば、あるいは、エリクサーの再生もできるかもしれません」
「魔人になり、勇者のチカラを取り戻して、エリクサーを作る…… それであたしは自由になれるのね」
「ええ」
「そんなおとぎ話みたいなことを自信をもって言うのね」
「一度、同じことをしたことがありますよ。レド様を倒した、勇者……あなたの祖先様で」
ライレーナはこちらを見た。
「いいの? あんたが封印されたきっかけの技術じゃないの?」
「ふん、お前はアイツじゃねぇし」
マレンダはこつこつと歩いて、店の外に続く扉を開けた。
薄暗い店内に、太陽の光が差し込む。
そこは、伝統的な剣と魔法の世界といった具合の、中世のような建築様式の建物が飛び込んでくる。街路樹も美しく、花々が咲き誇る。その向こうには、さっきまで俺たちがいた街が見下ろせる。そう、ここは近代のまちなみのはずれにある、剣と魔法の世界をぎゅっとひとつにした、巨大な塔だ。
マレンダの店は、そんな塔の中腹にあるから、とても景色がよかった。
「本当に、アパートじゃないんだ。ワープゲートなんて、本当にあるのね……」
「俺たちの世界は、こんな辺境に追いやられて、せまく細くなっちゃったからな」
「剣と魔法の世界……残っていて良かったわ。私の希望だもの」
「そんなに死ぬのがショックだったか? 正直死に急いでるのかと思ってた」
「……正直そうだった。人生上手くいかないなって思ってたから。でもマレンダの言ったとおり、不都合な事実を隠そうとしてただけ。正義を掲げていれば、誰かが同情してくれて、何か都合のいいものを恵んでくれるだろうって甘えていただけだったわ」
「まあ、結果的にそうなったんだ。間違ってなかったんだろうぜ」
「だから怖くなった。あたしでも助けてもらえる世界だと知れたから」
「人助けしていた勇者が一番助けられたかったと」
「いい話でしょ」
マレンダの店を後にして、緩やかにカーブし、登り続ける道を歩いて行く。外の道なのに、巨大な柱と天井があるものだから、ライレーナはしきりに頭上を気にしていた。
しばらくして、塔のへりに、広い庭と、何十部屋とありそうな石造りの大きな黒い屋敷が見えてくる。これが俺の本家だ。
黒い門が開くと、黒い石畳に、ミリアと、まだ紹介していないメイド、エリールとスーが立っている。エリールはおっとりした金髪で胸がでかい美女。スーは気分屋いつもニコニコ愛想がよく、サイドテールで元気な少女。ミリアはこの中で一番背が低い。
全員救えなかった元人間だ。
それを知っているから、ライレーナは顔をそらした。自分がなりたくなかったと思ってしまった存在に、これから世話になる。複雑だろう。
石畳の両側にはバラ園があって、風が吹くと、花びらが舞って美しかった。
「お帰りなさいませ、レド様、ライレーナ様」
ひとまずライレーナの治療をしつつ、あの新種のモンスターがなんだったか調べるとするか。