落ちぶれ勇者が1からレベリングを始めました。
私、ライレーナの話をする。別に共感をされたいワケじゃないから。
私の母はモンスターに殺された。市長であった父はそこから気がおかしくなってしまって、自宅前で暗殺された。
私は高級住宅街から引っ越しをして、旧市街近くの古いアパートに住まわせてもらった。さすがに魔物も現れるという旧市街に引っ越ししてしまえば嫌がらせなどはなくなったが、旧市街を歩いていれば、おじさんの体臭やおばさんの下品な香水、酒や焼けた肉の臭い、マナーの悪い飼い主が放置したペットの糞尿の臭いが、次々に襲いかかってくる。
別に嫌いというわけじゃない。人が生きる上でニオイというものは必要だ。だが、そういう場所は得てして治安が悪い。下町というのはそういうものだとは思うが、一応女子高生になりたての私は気にするようにして、ルームメイトに教えてもらった裏道を通り、飲食街を避けるようにしていた。
裏道のほうが危ないんじゃないかとは思うかもしれないが、ここにはフィエーズという自警団の事務所があって、それはそれでチンピラ集団のようなものなので怖がる人も多いのではあるが、表向き魔物討伐、治安維持をする集団であるので、そういう奴らがパトロールをしているので安全ではあった。
さすが歴史のある住宅街ということもあって、裏道探しというのは思いのほか楽しかった。もしかしたら、父からの開放感もあったかもしれない。
父は正義感が強く、跳ねっ返りの私はよく殴られていた。
歴史というのはすなわち、勇者と魔王が戦った歴史だ。そう、私の祖先の歴史だ。祖先は魔王の放った様々な能力をもった魔物に対抗するため、様々な魔法、技能、武具、道具を生み出した。魔王討伐後はそれらの戦うためのチカラは、歴史的遺物として、世界各地にちらばったとされている。
父から勇者についての話は聞いたことはなかった。前の家には、そのような記録を残した資料もなかった。だが、中学に入る頃、生前の母から一度だけ話を聞いたから、私が勇者の子孫だと知ることができた。中学では、図書館をめぐって、昔の資料を探すことが日課となった。資料によれば、勇者が残した一部のじゃじゃ馬的武器は、その危険性から、この旧市街に残されている。そもそも、この旧市街というのはそういった危険な武具を守るために作られたともあった。
それらも、ご先祖様の勇者が魔王にチカラを奪われたことで求心力は失われたから、実際にはだれかの管理というのから離れて、古物商に引き取られ、雑に売られていることも多いようだった。
母の、落ちぶれても正義を貫きなさい、という薄っぺらい言葉が、それが父からの虐待を耐えろという刷り込みのように聞こえていた。しかし、私の祖先が主役の歴史が、モノとして残っているこの街に住み始めて、私の心には自然に自信が湧いてきていた。
はじめて生きることに前向きになれたような気がした。
* * *
高校に入学をして、裏道にも慣れ始めた。ある日、その裏道を通って登校していると、フィエーズの団員3人が古物商とモメていた。話を聞いていたつもりはなかったが、魔物が封じられた勇者の遺物がないか、というものだった。自警団はチンピラのようなものだ。胸ぐらを捕まれた古物商のおじいさんは、涙目で「しらねぇ、しらねぇよ」と繰り返していた。その光景を見た私は、いつのまにか、そいつらの前に立っていた。
仲裁に入りたかったわけじゃないし、ケンカを売りに行ったつもりもなかったが、気付いたらそこにいた。私は平凡な女子高生だったから、殴り合いになったら勝てない。拘束されてどこかに身体を売り飛ばされるかもしれない。だが、そうしてしまった。
フィエーズの3人は「なんだてめぇ」とはいってはみたが、女子高生を前に手を出そうとはしなかった。そのへんはさすがに自警団を名乗っているだけのことはあった。
すると、フィエーズの一人の、耳元にある機械が明滅した。魔道具だ。フィエーズは寄付で成り立ってるらしいが、魔道具が買えるほど潤っているらしい。
「女子高生にイキってるんじゃない。三番街三番歩道橋に魔物が出たよ」
フィエーズには女もいるのか。黒髪をポニーテールに束ねてキャップをかぶっている。自警団やってるわりには弱そうだ。
「なんで街中にいきなり出てくるんだよ」
金髪でピアスで派手そうな男。店主の胸ぐらを掴んだのはコイツ。
「逆に情報が得られるチャンスでもある。行くぞ」
リーダーのようだ。メガネで真面目そうにしているが、金髪の行動を止めないあたり、サイコパスの気があるんじゃないのか。
3人は魔物の情報が入ったようで、そそくさとその場をあとにしていった。
この街では、モンスターが街中に出るの?
警察や軍は何をしてるんだ。
「あ、あぁ、すまないね嬢ちゃん。見かけない制服だね」
店主が背後から声を掛けてきた。
「最近引っ越してきました。あんなやからがいるんですね」
「まあ魔物は退治してくれるから、感謝はしてはおるんだが、態度が気に入らない」
「勇者の遺物って置いてるんですか?」
私はその店を見回った。本の資料を見るだけだったから、実物というのがあるとしたら興味深い。
「お嬢さん、勇者の遺物に興味が? 昔は価値のありそうなものはもうねぇんだ」
わたしは、店の角に置かれた、ホコリを被った刀を見ていた。刀があれば魔物と戦えるか。一応勇者の末裔だから才能はあるはずなんだ。中学は剣術部で刀を専門にしていた。でも、うーんホコリだらけで手にしたくないな。
「こいつは竹光さ。さっきのお礼に安くするぞ。一応銘刀クジャクって名前がある」
クジャク……聞いたことはないな。
「勇者の遺物といっても、その場で取って捨てたようなもんもあるんだよな。コレクターには売れるから、なんでも勇者の遺物とされたことがあって、真贋の判断は大学の先生レベルじゃないと難しいんだよ」
「……どうせなら使えるもののほうが。剣術部なんです」
「未成年には武器は売れねぇんだが、恩人のいうことにゃしかたねぇ。クジャクを買ったら、こっちの銘刀マサムネをおまけにするぜ!」
「おお」
私はそれ以上ホコリを被りたくなかったから、クジャクという竹光を買ったていで、マサムネを手にいれ、店を後にした。その際に店主に聞いた。
「三番街三番歩道橋ってどっち?」
「魔物が出るなら避けたいよな。それはこの道を通って川に突き当たったら……」
* * *
学校では大人しくしていた。放課後は剣術部の様子を見に行った。中学の時の剣術部の先生は全国大会へ行けるほど実力があったが、高校の剣術部の先生は、顧問の先生というような感じで、本気の剣術を習う場ではなかったようだったから、私はそそくさと学校をあとにした。
なんでも、本気の生徒は、近所の道場に通うのだとか。
朝に都合良く情報を聞けた、私は三番街三番歩道橋を経由して帰ろうとした。
魔物は討伐できたのだろうか。あんなやつらで。
夕方の旧市街は、建物が高いわりには街灯が少なくて、背筋が凍る。飲食店から流れてくるニオイに混ざり……何か生臭いニオイ……
がちゃっと、つま先になにかがぶつかった。ぶつかったそれはチカチカと光が明滅して、くるくると回って、三歩先ほどで止まった。
フィエーズの女が使っていた魔道具の通信機だ。
「おい! 音がしたぞ! いるのか!? 俺たちが行くまで待てよ!」
音は私が蹴った音だろう。いるのか?というのはどういうことだ。地面に落ちているということは、しばらく身につけていなかったのか? どうやらフィエーズの支援が来るらしいが、明らかにトラブルだ。
そんなことを瞬時に思ったが、答えはすぐに見つかった。通信機を手に取ったときの生暖かい感触。それは私の手からしたたり落ちた。そこには暗くて見えづらいが、どす黒い液体……血だ。生臭いニオイは血のニオイだ。
血の流れてくるほうを見れば、金髪の髪の男が倒れていた。いや、ずたずたの服を見て、まったく動かないその様子を見れば、一目で死んでいるとわかった。
魔物に殺されたな。近くにいるかもしれない。
まず私が襲われないだろうか。周囲を見回し、コイツを襲った魔物を探しつつ、身を隠せる場所を探した。三階建てのアパートの屋根に、大きな影が見える。私は古いアパートの門に潜り込み、その影を観察した。一瞬アパートのオブジェのようにも見えたから、注意深く。
動いている、間違いない。魔物だ。あのシルエットは鳥形か……? しっぽが長い。
私は魔物から目をそらさなかった。手にしていたマサムネの刀を抜く。鞘もスクールバッグも邪魔で放り出した。
「ひいっ!!」
そこにいたのはフィエーズの女だ。怯えてうずくまっていた。口を自分で押さえて、恐怖の目で私を見た。
「あなたは今朝の……何があったの」
「魔物の情報があって、私たちは張っていた……! でもなかなか魔物は現れなかったから、見回ろうってことになって、その歩道橋で……空からなにかに襲われたと思ったら、目の前でアイツが……」
ひえ、あたしがさっき通信機を蹴った場所が歩道橋だ。そして今は屋根にいるってわけね。
私は通信機をフィエーズの女に差し出した。
「通信があるよ。報告しなくていいの?」
すると、女はぎょっとした。
「……それを狙ったのよ!!!!」
は? と声が出た瞬間に、背後の影に気付いた。
暗くて姿は良く見えないが、シルエットは月をバックにしていたから見えた。クマくらいの大きさ。腕、特に二の腕が極端に太く爪が長く伸びていた。
鳥じゃないぞ! さっきの男はコイツにやられた!
客観的に見れば明らかに太刀打ちするべきではないが、私は中学で学んだ剣術の基礎通りに構えてしまった。刀の間合いでは爪でやられる。私は無意識に懐に飛び込んでしまった。同時に刀を喉もとに突き刺す!
が、バキンと刀は折れてしまった。偽物だ! あの古物商! 子どもだと思って!
折れたとはいえ、魔物も喉の痛みに恐怖を感じたのか、首をかばっていたので噛まれることはなかった。懐に飛び込んだのが良かったのか、爪の一振りも無い。だが、短い足で蹴り飛ばされた。
それでもこの巨体。車に衝突したくらいの衝撃があったかもしれない。私は宙を舞ってしまい、アパート前の街路樹に衝突した。目の前に枝があったから、すぐにそれを掴んだ。
アパートの門には魔物。その目の前に、フィエーズの女がいる。フィエーズの女の足下には私のスクールバッグと……あの竹光のクジャク…… ん?
クジャクの鞘の根元から、光が漏れている。なんだ……?
いや、それどころじゃない! 女が殺される!
いやいや、かといって、私が戦って勝てる相手か?
光、そうだ、たしか魔物は魔道具を狙ったと言っていた!
「通信機を投げて!」
私は女に指示をした。女ははっとして目の前の通信機を、魔物の背後に投げる。
光を明滅させながら、弧を描く通信機。
しかし、魔物は見向きもしない。
ちょっと、その通信機を狙ってたんじゃないの?
その瞬間だった。
ひゅんという、空を切り裂く音が耳元をかすめた。
ほぼ同時に、魔物の身体が殴られたようにのけぞり、肩から血が噴き出した。
直後に銃声があたりに響いた。
ひえ、スナイプ! 私がここにいるってのに!
「ロイド!」
女はそう言った。状況からするに、あのメガネが狙撃をしたのだろう。アパートの屋上にあった鳥の影は、もしかしてロイドという男だったか? いや、私の耳元をかすめたということは、方向が違う。じゃあ、さっきの鳥のような影はなんだ? 私は、銃声のしたアパートの屋上に目をやり、ロイドというメガネの男を視認した。
次に向かいのアパート、さっきの鳥の影をもう一度確認したかった。
が、鳥の姿はない。
「グオオオオオ!」
「きゃあ!」
ぱぁん、ぱぁん!
擬音だけが飛び交う。クマが女を襲い、それを狙撃する、何度かそれを繰り返していた。
狙撃による魔物のダメージは小さい。だが足止めはできているようだ。
魔物はのけぞって、足下にあった通信機を潰した。
通信機から、魔力の結晶のような、キラキラとした粉が舞った。
次の瞬間、大きな鳥がその粉を浴びに舞い降りてきた。
さっきの鳥だ!
鳥は翼を広げ、そして尾を、巨大な扇のように広げた。
美しい魔力の結晶と合わさって、見事としか言い表せないような美しさだった。
鳥はそのまま光に包まれ、消えてしまった。消えたあとには、残り香のように、光る煙が舞い、地面に放り出された、クジャクに吸い込まれていった。
私は、木の枝から飛び降りた。光があふれんばかりの、クジャクを手にした。
そして、鞘から刀を抜いた。
そこには、あきらかに竹ではない刀が姿を見せる。
奇跡のような光景に、魔物はたじろぎ、女は見とれ、狙撃は止まっていた。
私は剣術の基本どおりに身体が動いた。もう一度懐に飛び込む。
魔物も学習をしていて、後ろに飛び退いたあと、巨大な爪で私を切り裂こうとした。
魔物の爪の間合いだったから、私はすくんで、剣で受け止めようとした。が、強い衝撃を予想していたものの、かすかに刀になにかが触れたと感じたときには、魔物の爪が宙を舞っていた。
やれる!
私は魔物の喉元へ切っ先を向け、全力で突いた。魔物は喉を、巨大な二の腕でかばったが、それも貫いた。妖刀クジャクから放たれた閃光は、魔物の喉を貫き、夜空を流れ星のように照らし、消えていった。
* * *
フィエーズは、以前から勇者が封じたという鳥の魔物が解き放たれたという情報を追っていた。だが、三番街三番歩道橋の魔物というのは、歩道橋の裏に潜んでいたクマの魔物だったということだ。このご時世、一度に2匹の魔物が現れることはめずらしく、錯綜してしまったようだ。
鳥は私に味方をした。通信機が壊れ、魔道具のコアである魔石が破壊されたことで、クジャクは真の姿である刀として実体化できた。鳥はおそらく、クマの魔物をどうにかしようとしたのではないかと私は推測した。鳥が女を狙ったのは通信機を持っていたから。しかし、歩道橋で金髪を殺したのはクマだ。
フィエーズの事務所の取調室のような小さな部屋で説明を求められた私は、そのような推測と、私の身の上を話した。ロイドという男の冷静な分析に、余計な責任を負わされずに済んだ。女はリサと名乗った。死んだ金髪の男はリオンというらしい。
昼間の態度を謝られた。たいした報酬もなく、死ぬ気で戦えるのはけんかっ早いヤツという話は、少しばかり納得をした。あんなやつでも、街を守ろうとして死んだのだから、名誉は守って欲しいと泣きながらいわれた。
ガラス窓から事務所の様子が見える。
全員チンピラのように思っていたが、みな意気消沈をしていた。泣きじゃくってる大男の姿もあるし、自分のデスクでしくしくと泣いている事務の女もいる。
ロイドは窓越しに合図を送ると、一番えらそうにしている男がドアを開けてきた。えらそうではあるが、30代のように見える。
私のとどめの一撃のあとにのこのこと数名を引き連れてやってきた、通信機から聞こえた声の男だ。
「話を聞かせていただいてありがとうございます。家まで女子団員に送らせますが?」
「一人で帰れます」
「ではお気を付けて。なにかあれば連絡を」
男は私に名刺を差し出した。ガルド。コイツの名前だ。
家に帰って気付いたことがある。クジャクから、フィエーズの通信が、かすかに漏れ聞こえていたのだ。そこから、その情報にもとづいて、数日、魔物退治をすることになる。刀は優れているが、身体は普通の女子高生だから、あのクマのような魔物ではなく、もっと小さな魔物を狙うようにして、魔物退治に慣れようとした。
運良く良い武器は手に入ったが、かつての勇者のように、1から鍛えないといけない。
そして数週間が経った今日、魔物が降ってくるという通信を聞いた。