精霊馬 ver8.13
この時期になると、街中を素早く駆け回るキュウリと茄子があちこちで見られるようになります。国が開発した思念読取機能付き野菜型変形機体、通称『精霊馬』と呼ばれるその小型機械は、国営の大規模管理施設から一斉に放たれ、8月13日に全国の各家庭を訪ねるようプログラムされています。
出迎えた人間は、まず精霊馬に自分の記憶・感情を読み取ってもらいます。ver8.0以前までは尻尾から伸びる電極パッドを頭に貼り付ける必要がありましたが、それ以降のアップグレードにより耳のアンテナ部分に微弱な脳波を検出する機能が追加され、数秒直立してスキャンしてもらうだけで済むようになりました。
変形中の姿を見るとショックを受けてしまう可能性があるので、精霊馬のために個室を確保するか、外で待つことになります。約30秒で脳波を読み取った人間が最も会いたいと願っている故人へと見事に変身してくれます。家族との関係が円滑とは言えない場合も充分あり得ますから、血縁の有無は問われません。中には芸能人や歴史上の偉人が現れたケースもあるようです。
もちろん強制ではないので、スキャン前に断ることもできるのですが、とぼとぼと帰路につく精霊馬の姿を目にすると、誰しもいたたまれなくなってしまうようで、今までキャンセルされた事例は確認されていません。
さて、ここからが本題です。私の両親は健在で、祖父母は4人とも物心つく前に亡くなっています。他に特別親しい人が先立つ経験もしていません。
そんな私の心の奥底の願いを読み取った時、一体誰が現れるのか……ずばり、マイ・フェイバリット・推し(故人)以外にありえないでしょう!!!
部屋を所狭しと埋め尽くすグッズ、ポスター、写真集、同人誌、更に彼への熱い想いが溢れ出て、気付いたら描いていたファンアートに二次創作の小説……私の人生の半分は彼で出来ているといっても過言ではありません。それなのに残酷で無慈悲な別れの瞬間は突然訪れました。
正直なところ「突然」というのは主観に過ぎず、実際は以前から死亡フラグを絶え間なく量産していました。「この戦いが終わったら……」だとか「俺がお前を置いてどこかへ行くはずないだろ?」だとか、隙あらば危うい台詞を連発していたので、SNSではかなり前から死亡秒読みだと話題になっていました。
それでも私は現実を受け入れることなく、ひたすらそのことから目を逸らすことしかできませんでした。
本誌で一度、コミックスでもう一度……二度の別離は私を徹底的に打ちのめしました。頬が腫れ上がるまで夢でないことは確認しました。どうにかして復活してくれないだろうかと、何度も神仏に祈りを捧げました。それでも、彼の笑顔が再び帰ってくることはありませんでした。
そんな失意のどん底にいた私に差し込んだ一筋の光明こそ、精霊馬なのです。今まで全国で一例たりとも創作物のキャラクターに変形したケースはないそうです。でも、だからなんだと言うのですか! 私の彼への純愛は、きっと次元も前例も軽々と超越してみせるはずです!
スキャンを終えて、あばら骨を内側から粉砕してしまいそうなほど暴れている心臓を何とか抑えつけ、待つこと30秒。震える手で開けた扉の向こうには、目が眩むような後光を放つ二人の…………あれ……?
いや、二人という点は別にいいのです。精霊馬は大抵、キュウリとナスの2匹セットなので。彼が二人に増えても幸せが二倍になるということですから、何の問題もありません……でも、後光? 確かに彼は太陽も霞ませてしまうような輝く魅力を備えていましたが……私の脳内で美化しすぎてしまっていたのでしょうか。
驚いて締めてしまったドアをもう一度開くと……相変わらず後ろに光の輪を背負った二人の……見知らぬおじさんが棒立ちしていました…………ええっ!? 誰ですか!?
二人は両手を私に差し伸べ、柔和な笑みを浮かべこう言いました。
「大丈夫、あなたの苦しみは、全て煩悩によるものです。その執着より解き放たれることで平穏が訪れるでしょう」
「ああ、可哀想な迷える子羊よ。求めなさい、そうすれば与えられるでしょう。天にいますあなたがたの父は、必ずその願いを聞き届けてくれます」
ああ……なるほど……。確かに彼との別れで落ち込んだ私は、繰り返し助けを求めていました。神様と仏様に……そうくるかあああ! まさか、ここでご本人登場、もとい降臨なさるなんて!! あくまでも私の脳内イメージを再現したものとはいえ、さすがに御神仏にいきなりチェンジを言い出すなんて不敬なことは出来ませんし……。
こうして、推しを追い求めていた私は、お盆の3日間、まこと尊きお二方とルームシェアさせていただく運びとなりました。人生初の異性との共同生活が、まさかの仏教の開祖とキリスト教の救世主だなんて予想だにせず、正直1日すら耐えられる気がしなかったのですが……。
結果のみ申し上げると、非常に心が清々しく晴れやかになったということだけ、お伝えしておきます。できればまた来年もお会いしたいと願ってしまっているこの心は煩悩でも迷いでもないと思いたいところです。合掌&アーメン。




