傾いたホーム
私は幽霊が見える。そして取り憑かれやすい。
大学入学のため古いアパートに引っ越した時には、取り殺されかけた‥‥
それから四年の時が流れ、就職も決まり、また引っ越しを余儀なくされた。
もう恐い思いはしたくない。
できるだけ曰くの少ない土地を探し、車で土地の下見をし、新築のマンションを契約した。
‥‥だけど‥‥ 駅の下見を忘れていた‥‥
その最寄りの駅は、線路に向かってわずかに傾いていた。
こんな危ないホーム、幽霊がいない訳‥‥‥
‥‥‥やっぱりいた‥‥ それは半透明の小さな女の子だった‥‥‥
その幽霊は、ホームの白線を少しでも超えた人を見つけては‥‥駆け寄って、覗き込むようにしながらその周囲をうろうろとしていた。たまに幽霊のなのに、胸を押さえて息切れしている。
白線の内側まで下がるとスッと離れ‥‥また別の標的を見つけ、ホームを右に左に駆け回っている‥‥‥
このままじゃ危ない‥‥‥
きっと私は‥‥‥ いや、私じゃなくても他の誰かが‥近いうちに電車の前に躍り出る‥‥‥
その時私は決心した。この幽霊を祓う事を。
私はとある神社を訪れ、一瓶の御神酒を賜った。
こちらの御神酒には、以前取り殺されそうになっていた時に助けていただいた。
肩に居座る悪霊に一振りすると、それはたちどころに滅された。
その心強さを鞄に秘め、私は再びあのホームに立った。
見回せば‥‥やはりいた。 あの半透明の女の子が。
相変わらず白線を超えた人を見つけては、その回りを纏わり付いている。
‥‥心を固め、その幽霊に歩みを向けようとしたその時‥‥ 何かが‥‥視界の端を掠めた‥‥
‥‥そこは、ホームの先端だった‥‥‥そんな所に、電車のドアが来る筈がない。 絶対にない‥‥
なのにそこに歩みを進める、一人の男性の姿があった‥‥
向こうからは、ホームに迫る電車の姿‥‥‥ 間違いない‥‥あの人‥‥自殺するつもりだ‥‥
そして幽霊は、彼に向かって走り行く。
‥‥もう‥‥ダメだ‥‥ 数秒後には、凄惨な光景が広がる‥‥‥
私は、顔を逸らして目を閉じた‥‥
‥‥‥そして私の耳に届いたものは‥‥‥
‥‥プシュ~~
何も無かったかの様に扉を開く、電車の圧縮空気の音だった‥‥‥
‥‥‥そう‥‥何も無かった‥‥‥
‥‥恐る恐る視線をホームの先端に向けると‥‥‥ あの男性は幽霊に手を掴まれ、ホームの内側に引き戻されていた‥‥‥
そして幽霊は、また苦しそうに胸を押さえていた‥‥‥
私は、この町の図書館を訪ねた。あの駅の過去を知る為に‥‥‥
そして、一つの痛ましい事故を知った。
‥‥その日、車椅子の女性がそのホームを利用していた。
その人は、交通事故で両足を骨折したばかりで、車椅子の扱いに慣れていなかった。
だから‥‥そのホームの傾きに車輪を取られた‥‥
それに気づいた男性がいた。
車椅子に駆け寄り、そのブレーキを握った。
けれど‥‥‥その利きはとても弱かった。
必死に止める彼の思いと裏腹に、車椅子と二人は‥電車の前に躍り出た‥‥‥
その男性には娘がいた。
‥‥その子は心臓が弱かった‥‥‥
父の事故が、余程の心労だったのか‥‥‥父の死を待たずして
‥‥その子が先に、天に召された‥‥
それ以来、三十五年‥‥ この駅での人身事故は、只の一度も起こっていない‥‥‥
‥‥私は、始発前のホームに立った。
このコンクリートの上には、誰一人いない。幽霊の女の子を除いて‥‥‥
私は‥‥白線から一歩、歩み出た。
幽霊のあの子は案の定‥私に駆け寄り、心配そうに覗き込んでうろうろしていた。
そっと‥‥‥私はこの子の頭を撫でた‥‥‥
そして‥‥呟いた‥‥‥
ありがとう ‥‥と‥‥
音を立てずに‥‥‥ その子はさめざめ泣き出した‥‥‥
私はこの子が泣き止むまで‥‥ただ静かに撫で続けた‥‥‥
そして私の胸にはすっと‥‥恐ろしさが過った‥‥‥
この子を滅そうとしていたことに‥‥‥




