【53:青島さん。ちょっと伝えたいことがあって……】
中庭での昼食を終えた後、一匠と瑠衣華は別々に、何気なく教室に戻った。完全に内緒にしたい訳ではないが、周りにいきなり知られるのは二人とも恥ずかしいという思いがある。
──そして午後の授業。
授業中の一匠は、頭の中に様々な思いが浮かぶ。
一匠が瑠衣華と付き合いだしたことは、まだ誰にも気づかれてないはずだ。お互いの名前呼びも、周りに人がいない時に小声でしているだけだし。
しかし他の人に気づかれると恥ずかしいという思いと共に、知って欲しいという気持ちもあることに一匠は気づく。
そして中庭での可愛い瑠衣華の姿。
次には風邪で寝込んでいた時の瑠衣華の姿。
更には本屋で抱きついて来た時の瑠衣華。
授業の最中なのにも関わらず、頭の中には次から次へと瑠衣華が現れる。
そしてふと右隣に目をやると──
そこには実物の瑠衣華が座っている。
彼女もなぜか一匠の方を横目で見ていて、視線が合った。
慌てて視線を前に向ける瑠衣華。
瑠衣華も授業中にも関わらず、一匠のことを考えているようだ。
そんなこんなで、ほとんど授業に集中できない1日となってしまった。
終礼が終わり、それぞれの生徒がバラバラと帰り始める。瑠衣華はカバンを背負って、さっさと教室を出て行く。
一匠は遅れて、ゆっくりと教室から廊下へと出た。昨日の打ち合わせどおり、校門を出たところで待ち合わせるつもりだ。
瑠衣華が校門で待っていると考えると、心がはやる。しかしそれを抑えて、一匠はゆっくりと校舎の玄関口で下履きに履き替えていた。
すると突然、背後から声がした。
「白井くん。今、帰りですか?」
振り返ると、そこには柔らかく微笑む理緒が立っていた。
「あ、青島さん! あ……そうだよ、今帰り」
一匠の頭には、校門前で待っている瑠衣華のことが頭に浮かぶ。
(このまま青島さんと連れ立って校門まで行くのは……さすがにまずいよな)
別に何か悪いことをしているわけではない。
だけど理緒と二人で現れた一匠を見たら、瑠衣華はきっといい気はしないだろう。
それくらいのことは一匠にも想像がつく。
「あのさ、青島さん。ちょっと伝えたいことがあって……」
「はい? なんでしょうか?」
理緒は屈託のない笑顔で首を傾げた。
校舎の玄関から外に出たところで、一匠は近くに人がいないのを確かめてから、改めて理緒に向き合う。
「あのさ、青島さん。えっと……あの……」
「どうしましたか白井くん?」
「うん。えっと……その……俺さ……」
「はい」
「あ、赤坂さんと付き合うことになりました」
一匠は両目をつむって、思い切って言葉を出した。
理緒がいったいどんな顔をしているのか。
おそるおそる目を開く。
すると理緒は、いつものように柔らかな笑顔を浮かべていた。
「はい。気づいてました」
「へっ……? 気づいてた?」
「はい。白井くんと赤坂さん、急に名前呼びになってましたし、お昼はこっそり二人でお弁当を食べてましたし。昨日の様子も含めて、きっとそうなんだろうなって」
「知ってた……の?」
「はい。おめでとうございます」
「あ、ありがとう……」
「別にこっそり覗きに行ったんじゃありませんよ。たまたま中庭に面した廊下を歩いてたら、お二人をお見かけしたのです」
「あっ、そうなんだ」
(なんだ、気づいてたのか。青島さんにどう伝えるか、散々迷って、緊張して損した)
「白井くんのような素敵な人なら、彼女ができますよね」
「ちょっと青島さん。褒め殺しみたいなことは言わないでよ」
「褒め殺しなんかじゃありません。本気で言ってますよ」
「そっか…ありがとう」
「はい。でも白井くんに彼女ができて、私はちょっと残念ですね」
「えっ……? それはさすがに本気で言ってないよね?」
「さあ……どうでしょう? うふふ」
理緒は柔らかく、しかし少し意地悪そうに笑う。
「こんなことを言って白井くんを困らせるのも悪いので、もう一度おめでとうございますと言っておきますね」
「あ、ありがとう」
理緒の本意はわからない部分もあるが、祝福をしてくれたので一匠はホッとした。しかし理緒と二人で瑠衣華の待つ場所に行くわけにはいかない。
「じゃあ青島さん、お先に」
「あ、はい。さようなら、また明日」
「うん、また明日」
一匠は慌ててスニーカーを履いて校舎の表に出た。そして駆け足で校門に向かう。
校門を出たところで、瑠衣華は待っていた。
一匠の顔を見た途端、瑠衣華の顔からは嬉しそうな笑顔が溢れる。
「あっ、いっしょー君!」
「瑠衣華お待たせ。帰ろうか」
「うん、帰ろぉー」
艶々の栗色ショートヘアにクリっとした大きな目。
素直に嬉しさを表に出してニッコリ笑う瑠衣華は、それはもうとんでもなく可愛く見える。
高校に入って美少女に変貌したことだけでなく、一匠の瑠衣華への気持ちが大きく変化したことも、余計に可愛く見える原因となっているのだろう。
一匠と瑠衣華は、駅に向かって並んで歩き出した。
何気ない日常。
駅に向かって下校路を歩く。
ただそれだけでも、昨日までとは違う気がする。
景色がなんだか輝いて見えるし、楽しい。
──一匠はそんな気がした。




