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4月19日 それは、癒しのパワーです

―――――――――――――――――――――

4月19日


〇学校の帰りに商店街の花屋さんに寄った。花屋の娘さん(名前は何と言ったか)が店の奥の方から隠れてこちらを見ていた気がした。相変わらず内気なままらしい。


〇ゆうの手と私の手を比べてみたが、やはりゆうの手は一回りほども小さかった。ゆうは全体的に小柄だし、まさか私の手が大きいだけなんてことはあるまい。

―――――――――――――――――――――


「今まで黙ってたんですけど、お姉ちゃんって、商店街をけてますよね?」


 下校途中、彼女が唐突にそんなことを訊いてきた。最寄りのバス停でバスを降りてすぐのことだった。


「そうねえ、できることなら通りたくないかな」


 なんでもない風に答える。

 彼女が横から私の顔を覗き込んだ。買って以来、毎日横髪の先につけているリボンが揺れた。


「どうしてですか?」

「どうしてって……みんなに声をかけられるから、かな」

 

 私の回答に、彼女は眉間にしわを寄せてわざとらしく腕組みをした。

 

「難解ですね……」

「そう?疲れるのよ、いちいち容姿を褒められたり、小町って呼ばれたりするのが。ほら私、外面はいいでしょう?だから笑顔で取り繕うことをできるだけしたくないの。あそこは特に私に対してそういう風だから、なおさらね」


 自分を指さしてそう言うと、彼女は唇をとがらせて言葉通りの難しい顔をした。


「お姉ちゃんはそのままでいいと思うんです。私に綺麗って言われて、『そう』とだけ返してツンとしてるお姉ちゃんも素敵ですよ。すごく素敵です」


 彼女が確信ありげに力強く頷いた。

 

「そんな風に思ってくれるのはゆうだけね、客観的に見たら自分でも厭味いやみったらしくてイヤになるわ」

「だから取り繕うんですね……」


 彼女が「なるほど」と呟いてコクコクと首を縦に振った。

 

「つまりお姉ちゃんは、周囲から嫌われたくない疎まれたくないとも思ってるわけですね」

「そうだね、うまくやりたいから、そう思ってるのかな」


 その時、彼女がぴょんと私の前に出て、私と正面から向き合った。


「お姉ちゃん、私といる時くらいは心を休ませてあげてくださいね」

 

 多くは語らず、それだけを言って微笑む彼女は、今この瞬間のこの世の何よりも優しく美しいのだろうと、何故かぼんやりする思考の中でそう思った。




「てーんてーんとーんとーん……どうですかー?肩こってますかー?」


 まったくこっていない肩を叩かれるというのは、こんなにも気持ちの良くないものなのか。

 必要としていないのに不必要なことを加えても意味をなさないし邪魔にだってなる、まさにその通りだ。

 彼女の小さな拳が両肩を交互に叩いてくるリズムを感じながら、私は新たな教えを得たのだった。

 

 私はひとことも頼んでいないのだが、彼女が居間で座っていた私の後ろを陣取ったかと思ったら急にこんなことを始めたのだった。

 座ったまま、顔を上に向ける。

 上から彼女が見つめてきて、その近さに一瞬心臓が跳ねた。


「気持ちいいですか?」

「叩くんじゃなくて、揉んでみて」

「わかりました!」


 私の要望に元気に答え、言われたとおりに今度は肩揉みを始めた。

 やはり、まったくこっていない肩を揉まれるというのは、こんなにも気持ちの良くないものなのか。

 と少々はやって思ってはみたのだが、彼女の小さな手と握力の弱さが相まって、なんだかこれは予想外に心地が良い。

 私はごく短時間の間に正反対の教えを得た。

 

「ゆう、これ毎日やってよ、癒される……」

「えへへ、仕方ないですねー。そんなに肩こってるんですね」

「いや全然こってないけど」

「ええっ、それじゃあやる意味ないじゃないですかー」

「いやいや、癒されるのよ、ふわふわして気持ちいい……」

「おおお、お姉ちゃんの見たことのない反応です。私の手、とんでもない癒しのパワーに溢れているのでは」


 右手を私の肩から離して、彼女はじっと自分の手を凝視した。


「そうかもねえ、ゆうの手は世界一だよ」


 私は気の抜けた声で適当なことを口走っていた。

 すると、彼女は満面に喜色を浮かべ、肩揉みそっちのけで背後から抱きついてきた。


「もうお姉ちゃんったら、毎日でも毎時間でもやってあげちゃいます!」

「毎時間は鬱陶しいからいい」

「ひどいっ」

 

 彼女はひどいと言いつつ、抱きしめる力を強くした。

 そんな、背中に彼女の温かさをひしひしと感じた週末のことだった。



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