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4月6日 姉と髪飾りとたまねぎの価値は

―――――――――――――――――――――

4月6日


〇ゆうと買い物に出た。他人と連れ立って買い物をすることはなんだか久しぶりのような気がしたが、存外楽しかった。


〇ゆうにリボンをもらった。致し方ないので通学用かばんにでもつけておくことにした。


〇ゆうはたまねぎが苦手らしい。ゆうのハンバーグには入れないであげたのだが、試しに私の分を“あーん”してやると嬉々として頬張った。

―――――――――――――――――――――


 『詩を作るより田を作れ』と実利主義のことわざがあるが、うちのおじいさんは詩も田もどちらとも片腕に引っ掛けてうまくやっているお人だ。

 そんなおじいさんを幼少の時分から近くで見てきたからか、仮に崖っぷちでどちらかの選択を迫られたとき、私は詩をとってしまうことだろう。詩をとって、これでどうやって生きていこうかと考えることだろう。

 

「ゆう、あなたはどっち?」


 ちょいちょいと手招きをする。

 私のベッドの上で毛布にくるまっていた彼女が跳ね起きて、四つん這いでにじり寄ってきた。

 彼女は「なんですか?」と輝かしい笑顔を携えて、ベッドの側面に預けた私の肩越しに手元を覗き込んだ。

 開いた本の一節を指さす。


「ゆうは詩がいい?田がいい?」

「お姉ちゃんがいい!」


 満面に笑顔を浮かべる彼女に、後ろから思い切り抱きつかれた。タックルをする勢いで抱きつかれた。

 その弾みで本を取り落とした。本は絨毯に叩きつけられ、ばさりと無情な音がした。

 横たわる本を眺めながら考える。私、ということは、それは詩なのだろうか、はたまた田なのだろうか。

 首に彼女を巻いたまま落ちた本を拾い上げた時、部屋の外、階段の下からおじいさんの声が聞こえてきた。



「お金いっぱいもらっちゃいました!」


 すぐ隣を歩くゆうが、私を見上げて嬉しそうに言った。


「ほんとにね。何もせずにゴールドが湧き出るなんて」

「えへへ、きっとお姉ちゃんに抱きついたからですよ。私の言ったことは間違いではありませんでした」


 彼女の冗談に思わず「なるほど」と声が出て、妙に納得した気分になってしまった。実利主義の御方もびっくりだろう。

 つまり私は打ち出の小槌だったのか。

 なんて馬鹿げたことを、彼女の笑顔を横目に、半ば真面目に考えた。


 本当のところを言うと、今日は土曜でおじいさんも片手間に店番をすることができるから、学校が始まる前に新しい生活で必要なものをなんでも買ってきなさい、というお達しと共にお金をもらっただけなのだが。

 それで私は彼女の保護者役として、彼女と共に買い物に出かけることになった、というわけだ。

 

「やっぱり私に一番必要なのはお姉ちゃんなんですよー」


 彼女が小走りをして、楽し気なリズムで私の少し先へ離れていった。

 なんとなく転びそうで、ハラハラする。高校生の彼女に対してこう思うくらいなのだから、幼い子どもをもつ親の心配はいかほどのものかと、ついつい想像してしまった。

 今まで気が付かなかったが、もしかしたら私は少々心配性なのかもしれない。

 彼女がくるりと身軽に跳んで、私に向き直った。

 後ろ手を組み、屈託なく微笑んで、


「他に何もいりません、お姉ちゃんがいてくれればそれでいいんです」


 と恥ずかしげもなく言った。

 ここまではっきり言われると、なんだか私の方が恥ずかしい。

 思わず、指で無雑作に髪の毛を弄んで、彼女に悟られないように照れをごまかした。


 

 バスに乗って十五分程度で着くショッピングモールにやってきた。


「これ、お姉ちゃんに似合うと思いませんか!」


 意気込んだ彼女が両手に掲げたのは、袋に入れられた紺色の小さなリボンだった。五百円玉よりも少し大きいくらいだろうか。

 控え目ではあるが、白のフリルがついていて幼い印象を受ける。

 どうやらヘアアクセサリーらしい。


「似合うと思いません」


 努めてぶっきらぼうにあしらう。

 すると、彼女は頬を膨らませ、不満を露わにした。


「似合うのに」

「似合いません」

「似合いますよー。確かにお姉ちゃんはどちらかと言えば和って感じですけど、こういうのも可愛いですよ」

「いや、そういう問題じゃないでしょう。子どもっぽいって言いたいの」


 手に持った商品をまじまじと見つめて、彼女は首を捻った。そしてまた、私に視線を戻した。


「子どもっぽいでしょうか?」

「はい、子どもっぽいです」


 彼女の手からリボンをとって、左肩に落ちた彼女の艶やかな黒髪にあてがう。


「ほら、ゆうの方が似合ってる」


 彼女はあてがわれたリボンを私の手ごと両手できゅっと包み込んだ。彼女の両手はじんわりと温かかった。

 暗に子どもっぽいと評されたことを無視して、彼女は瞳を爛々とさせ、


「私これ買います」


 と声を弾ませた。

 なんという即断即決。

 果たして、彼女にとって私の言葉は重いのか軽いのか。

 同じリボンをもう一つ手に取って嬉しそうに私を見上げてくる彼女を見ていたら、そんなことはどうでもよく思えた。

 


 その後もゆっくりと色々なお店を見て回って、私たちは帰路についた。


「結局あんまり買うものありませんでした」


 ちょうど左肩のあたり、髪の毛先を十センチほど残したところにつけた買ったばかりのリボンを揺らして、彼女は笑顔をこぼした。


「大体の必要なものはゆうの実家から送られてきてたからね、一人暮らしってわけでもないし。余ったお金は貯金して、また必要なときに使いなさいな」


 はあい、と返事をして、彼女が意味ありげにじいっと私を見つめてきた。

 よく分からずに目を見返していると、ぱちぱちと瞬きをして、彼女の指先が私の右手に触れた。

 様子を伺うように小指の付け根をふわりとつままれた。次第に、少しずつ、彼女の左手は私の右手をしっかりと握っていった。

 先ほどの甘ったるい視線はそういうやつだったか、と合点がいった。

 しかしそう思ったのも束の間、次の瞬間には、私の右腕に彼女の両腕が絡まっていた。

 

「えへへ、こっちの方が落ち着きます」

「そうなの?」

「はい、どうしてですかね」


 さあねえ、と気のない風に相槌を打つ。彼女は首をかしげる仕草をして、肩に頬ずりをしてきた。

 それはたぶん、ゆうの私に対する甘えたがりな側面の強さがそう思わせているのではないだろうか。つまり、情愛の大きさに比例する所有欲と独占欲とでも言おうか。

 本当の理由はどうなのか、私が知るはずもないが。


「今日はお姉ちゃんとお出かけできて、すごく楽しかったです」

「それはよかった。今日の晩御飯どうしようか」

「うーん、お姉ちゃんのご飯はなんでも美味しいですからねー、悩みますねー」


 うっとりとした顔をして腕にぴったりと張り付く彼女が、どこか夢見心地な雰囲気で答えた。


「ほう……ゆうは嫌いな食べ物とかあったっけ?」

「たまねぎと、ネギ類が駄目です。特にたまねぎは極悪です、仲良くできません」

「じゃあ今日はたまねぎをたくさん使いましょうかね」


 すると、彼女はまるで命乞いでもするかのような絶望的な顔をした。

 私の腕は掴んだままで、張り付けていた体を離していった。その動きが何だかいじらしくて、つい可愛いと思ってしまった。


「いじわるですか?」

「帰ったら八百屋さんに行かなきゃ」

「本気ですか?」


 ねえねえ、と言って腕をぐいぐいと引っ張ってくる彼女を横に感じながら、ふたりでゆっくりと歩いた帰り道だった。


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