vol.23
ハリウッド映画なら、ここ一番に見せ場では、必ず主人公の男性は、女性の心を
ぐっと引き寄せ、根こそぎ持っていってしまう。
それはヒロインに限らず、観客の女性の心までも。
でも現実はきびしいもので、ここ一番の見せ場で怖気づくのは、いつも男の方。
映画は映画と割り切れちゃうのが女
映画の世界にしがみつきたがるのが男
なら、いつまでも子供でロマッチックなのは男なのかもしれない。
ココイチで時間を止めてうじうじしてしまう男に、内心しびれを切らせる女性。
そこで男がリードしているかのように、うまく仕向けられるちゃうのが・・・
そう女性が持つ才能。
大人の女性は言わずもがな、ずっと下って幼稚園の女の子にも装備されている。
男って、『おばかさん』
だから現実って、おもしろくなっている。
「蓮華草」
振り向きもせずに、誰に言うでもなく、朝陽が照らす目の前の草原に、ゆうなのひと言。
レンゲは、花屋には決して並ばない花
地に這いつくばるように、これが雑草ですというようなありふれた葉っぱを辺りに広げる。
それが春になり、モンシロチョウが酔い痴れ出す頃になると、花を咲かせる。
取るになりない指先ほどの花
軸の先に、輪になるようにちっちゃなちっちゃな根元が白で先が薄紫色の花びらを
いくつもつける。よく見るとウサギの耳が束になっているように見えなくもない。
ちっちゃくて雑草だから、華のない花
でもそれが、野原一面になると、ミツバチもあちらこちらと小踊りしたくなるほど・・
バレーのカーテンコールに現われたプリマドンナが一輪、ひざをクロスして
頭を観客に垂れる姿、可憐で清楚でありながらどことなく他をも圧倒し
軽々しく寄せ付けない雰囲気を妖蜜な微かな香りとともに放っていた。
「・・・・」
ことの次第に呑み込めないカンナ
「レンゲ畑へ、ようこそ」
うららな声で手を差し伸べるゆうな
「ご、・・ごめん」
カンナの返事は[おじゃまします]なり、単に[おはよう]でよかったところ。
なのに、この彼女の居場所、彼女の心に土足で踏み入れてしまった気がし、
とがめた結果の受け答えに、どことなくかみ合わない返事をしてしまったカンナ
~クスッ
音もなく肩をすくめて笑ってしまうゆうな
「ここじゃ、なにもかも生きている。誇らず当たり前に・・。レンゲもみんな。
あの朝陽までも。ぼくさえも。静かにそっと生きてる・・。感じないでいられない。
今まで知らなった。」
ゆうなのこころを感じながら翻訳するかのように、その場を取りつくろうとして出た
カンナの言葉、それでも確かにカンナの心から自然に漏れ出たものだった。
「そう、そっと当たり前に・・・生きている。あなたにもわかるの? うれしい」
かんなの何気な言葉に、知らずの警戒心の柵がすっと取り払われ、
ゆうなは思わず上げ口調の弾んだ言葉になってしまう。
「おはよう・・」
カンナは挨拶が後になりおかしいと思ったが、それしかつなぐ言葉が思いつかなかった。
「太陽は昇るんだよぉ。・・・。知ってた?」
ゆうなは、垣根が取れたカンナの存在に、自分でも知らずの喜びを感じ、
言葉を繋げないカンナの挨拶を無視し、自分の感覚にシンクロしているのか
カンナを試すかのような質問を投げかけてしまう。
「ううん、知らなかった。一週間前まではね」
顔を向きわないゆうなに視線を向けて応えるカンナ。
「わたし・・あの朝陽が好き。こころ焦がれるの。思うんだぁ。なぜ、太陽は昇るのかって。
ゆうなは、自分に言いきかえるように独りごちていた。いつもと違うのは声になった言葉。
「地球が自転しているからっていうんじゃぁ、ないよね。君の持つ答えは」
ゆうなのどことない切なさが混じる淡い声に、カンナの波長が同調してし始めている。
ふたりをかざす大樹がピアノなら、ゆうなが右手で、カンナが左手。
日差しの乗って、遠く眼下の河から運ばれてくる右利きの風が、ふたりの足元で
跳ねあがり、大樹の幹で空を切って、音譜となった若葉の裏で踊り出す。
「わかるの?・・。朝を待つを人がいるから。どこかで夜明けを信じるものがいるからよ。
わたしもそのひとり・・」
最後のひと言だけは、下げ口調の風に消されいくゆうなの声。
「ぼくもそのひとり・・」
カンナは自分の突いて出た言葉が、ゆうなに感じる陽の部分それとも陰の部分、
どちらに重ねたのか、自分でもわからなかった。
「ふふっ。あなたね・・・あのとき丘に上にいた不法侵入さんは。もし他の呼び方があったら教えて」
初めての出会いなのに、ずっと何百年も前から知っていたように、おどけてみせるゆうな。
「カンナ」
ツバメの風をよんで黒い背から白い腹へと瞬く間にさっと上下切り替える姿、
そんな様に似たゆうなの切り替わる見えない表情に目を追い魅せられるカンナ。
ゆうなに通じる何かを感じてながらも、可憐で清楚でどことなく他を圧倒し軽々しく
寄せ付け難いその背中に、はっきりと自分の名前をぶつけた。
「女の子みたいな名前ね、カンナくん。不法侵入さんに名前があってよかったわ。
わたしの名前はねえ・・・・っそうだ。教えてあ~げないっと。また会うまではね」
ふとした面白い思いつきに、振り向いて応えるゆうな
「・・・・」
ふつうなら名前をいじられてムッとなるカンナなのに、それがなんと・・・
ドッキューン
カンナのハートは、ゆうなの振り向きざまの右斜め上45度の視線に奥深く
引き込まれて、その湖を覗き込めば向こうのレンゲ畑でさえ透けて見えてしましそうな
ゆうなの両まなこに、撃ち抜かれていた。
一目惚れ・・ではない。
一瞬に恋を幾重に重ね惹かれる想いというよりは、自分でも触れたことない自分の
心の表面をむき出しにされ、それでいてやさしく撫でられた想い・・
親しみよりもむしろ恐れに近く、それでもまた逆なでされたい好奇心を孕んだ感覚。
忘れかけていて追い求めていた、一週間前に背後の丘の上からの光景で受けた
心のつんざく響き・・だった。
「おはよう、カンナ」
カンナを呼び覚ますゆうなの声
そのゆうなの[おはよう]の響きは、カンナにとって、単に朝のあいさつの意味だけでなく、
昨日からの目覚めであって、ゆうなに魅せられハッと我に帰った目覚めであって、
ひょっとしたら生まれて此の方からの目覚めであった。
・・・単純に、そう単純に今生きていることの素晴らしさ
朝露に瞬く蓮華草
太陽を含んだ妖蜜な香りが、カンナとゆうなの舞台を軽やかに包んでいた。




