vol.16
いつもならとっくに朝陽が顔を覗かせている時間だった。
なのにその日は、半端に垂れこめた意地悪な雲が、それを待つ者をじれったがらせ
楽しむように、太陽を出し惜しみしていた。
そのまどろっこしさにしびれを切らしたのは、ゆうなだけではない。
引き千切られた雲の隙をみて、こじ開けるようにその間を朝陽が突進し、
ゆうなの頬をノックした。
それを見ていたゆうなのまわりをうろつく春風が、子犬のようにはしゃぎだし、
芽を伸ばし出した草はらをはねあげ、
スラッスラサと嬉々とした声を上げて、おどけてみせる。
ゆうなは、そんな絵では表せない朝の始まりが持つ感覚に、自分の初恋をダブらせた。
わたしの初恋は、初めて口にするグレープフルーツのような味がした。
初恋って、朝陽のようにまっすぐですがすがしく・・、
弾けるみずみずしさを放つグレープフルーツ。
まだ見ぬ味に想いを馳せて、その酸味を想像しただけで、舌の両側が乾きを訴える。
背伸びをはじめた、未知なるものへの期待や憧れ
もしそれが火傷してしまいそうな熱さを秘めていたら、どうしよう・・
わたしは、友達からは姓で呼ばれたり、<ゆう>とか<ゆうちゃん>だった。
でも唯一、わたしを<ゆうな>と下の名前で呼び捨てる男の子がいた。
その男の子は、わたしが生まれてこの方一番初めての友達だったし、
わたしの中でも密かにずっと一等賞の子だった。
月並みな言い方をすれば、気がつけばそばにいた子って感じ。
それはカレにとっても同じだったと思う。
お年をめすと、恋ごころへと変っていく。キャッ
それを認めてしまうのが恥ずかしい自分が、好奇心のさざ波にゆらゆら揺らめき、
見え隠れする。
お互いに意識し始める二文字・・『告白』
言葉の響きだけで、わたしの小舟は転覆しそうになった。
見ているだけでは、その味覚は味わえない。
『告白』は、恋のスタート・・だからこその期待
でも知らなかったことがあった・・
『告白』が、初恋にとってはゴールってことを。
携帯に届いた一通のカレからメール
[ずっと前から好きだった。よかったら、オレとつきあってくれないかな 【絵文字】]
カレのストレートな気持ち・・
伝わりませんか?
ざんね~ん ・・・私には伝わりませんでした。
理由その1: [よかったら]の言葉。わたしの気持ちは知っていたでしょ。
理由その2: 【絵文字】。その絵文字に何を託そうとしたの。
理由その3: これが最大の理由・・・声を大にして「男なら面と向かって言えよッ!」
初恋は、初めてのグレープフルーツ
勇んで頬張ると、想定外の苦味に舌を巻ちゃう。
その苦味がイッキに、わたしの初恋を冷ましてしまった。
恋に苦さがあるなんて・・信じられない
もしかしたら恋に苦味がいるかもしれないけれど、
絶対絶対、初恋に苦味はいらない。
その酸味と苦みのバランスを味わえるようになるには、
わたしにはまだ程ほど遠い気がした。
恋することに、恋しただけかあ
束の間の雲間を走る朝陽は、味わう前にまた雲の向こうに途切れてしまった。