vol.12
川を渡ってよりこちら側は、柵もなければ表札もないけれど、
個人の敷地、つまりこの先ずっと丘の向こうまで私道に思われた。
蜜柑の淡い薫りに浸っていると、この丘の向こう側がどうなっているか知りたくなった。
車一台分の車幅しかない砂利道は、わだち部分の除いて雑草が生え、
数十メートルの先まで続き、その先は下りなのだろう、様子がうかがえない。
そのわだちが線路のように見え、僕の心が機関車のように先に進みたがった。
他人の土地だとはわかっていても、吹きおろしの風が手招きする。
ちょっとそこまで、その上まで。先を見たら、引き返そう。
こんな朝早く、誰にとがめらることもないだろう。
蜜柑畑の一本道を、息を殺す必要もないのに、細く長い呼吸で登っていく。
肩で息をし、脈が速まり出したその瞬間・・・
真空状態に襲われる。
息を飲み込み、鼓動が一拍抜け落ちる。
太陽に伸びた道
丘陵のテッペンで僕の行く道が光の道にかわり、今日の始まりまで続いていた。
まるで朝陽がそのまま転がり落ち、僕を飲み込もうとする勢い。
ううん、朝の輝きに飲み込まれいた。飲み込まれたかった・・
丘陵を登りきると、朝陽が僕を透過する。
草が人工的に刈り込まれた開けた土地が、目の前に広がった。
見下げるように視界いっぱいに広がる草原には、所どころ意図的に原生の樹木を
残し、そして視界の両端で山が立ち上がり林がまた始まっている。
正面は落ち込むように土地は消え、そのずっと先の下界、つまり歩き始めてた河を
河の辺りが微かに朝もやに霞んで見えていた。
朝が登ってきた。
陽の電磁波が僕を焦がそうと遊び出し、それに僕も両手を広げ、挑発する。
光の電子が僕の心に沈み込み、イオンとなって弾き飛び、心が身体からほとばしる。
目を閉じて、心を開けて・・空を浮く。
いつしか空間を風と光となって上空から俯瞰する。
一羽の小鳥が舞い踊る・・・ピリピリピリ
自分に酔い痴れ、その油断が視界に白いなびきを許してしまう。
そこに意識がフォーカス・・
僕だけの空間・・
・・・・のはずが・・・
思わず目を見開き、目を疑い、目を凝らす。
草原半ばの大樹の木陰、その幹の向こう側に隠れて白い木製のロングチェア。
ペンキは剥げ落ち、景色を同化し、まるでそれも自然の一部のようだった。
そこに腰かけ佇む後姿・・
木の幹に半分隠れて見えないけれど、幹にも負けずシャンと伸びた背筋が
それが人であること証明していた。
気をつけないと見逃してしまいそうな存在感、でも確かな生の息吹を思わせる。
それはまるで蜜柑の薫りのようだった。