vol.11
河の流れに逆らって、河川敷をのぼっていった。
舗装された道、昼までも車は通ることはないだろう。
月は明るさを失い、空に溶け込もうとしている。
いつしかせせらぎは聞こえなくなり、かかとを踏んで歩く僕のシューズの
擦れる音がリズムを刻む。
それに合わせるかのように、小鳥が一羽、上空でどこに行くわけもなく
ピリピリ・・と喉を鳴らして、朝を唄っていた。
やがて河川の本流に流れ込む支流に出会う。
谷の湿り気を含んだ空気が、温まり出した体に心地いい。
その澄んだ空気は、かえってそこに潜む微かな華の薫りさえも惹きたて止まない。
どうも薫りは、支流の上から山間の谷を縫って降りてくるようだ。
支流に沿った道は未舗装ながらもきれいな砂利道で、わずかに車の轍がついている。
僕は、砂利が挟まり出した靴をきれいにし、かかとを踏まないようきっちり履き直し、
歩を進めた。
川は川底が見えるくらい浅く、くぼみには小指の先ほどの小魚が数匹群れて泳いでいた。
そんな光景を眺めながらの朝の散歩は、学校の登下校の距離よりも優に長いのに
全く苦にも気にもならない。
朝陽がまだ登らない今日の始まりを独り占めだった。
川を横切る両側に柵もない短い橋を渡ると、流れに沿って道も左にカーブする。
岩が露出した山肌は水気を含み苔が生え、モンシロチョウよりも小さい蝶が群れて
羽をたたみ、朝陽の訪れを待ちわびている。
華の薫りはますます強くなってもよさそうなものなのに、その濃さを増す様子もない。
なのに、生の存在感だけは悠々と充ち溢れ出すを感じることができた。
すると先に延びる道とは別に、すぐにまた川を渡り返す木造の橋をあった。
その先は今までよりも傾斜の軽い丘になっており、両側には新緑たたえる若葉を
実らせた背丈ほどの木々が山一面に腰を据えていた。
若い緑のカーテンに咲き乱れる無数の華々。
蜜柑・だ・・。みかんって、こんな薫り・・・。
こんなに喜びを感じる薫り・・太陽を感じさせる薫り・・
モンシロチョウよりも小さく、芯に黄色を帯びた白い花が、朝露を浴び唄っていた。
そのところどころに残された丸い蜜柑の果実・・これが蜜柑だと知り得たわけだ。
百合は一輪を持って、優雅な香りとその華麗さで魅せるすべを知っている。
白いユリは❛純潔❜の象徴だとも、どこかで聞いたことがある。
それに比べ、蜜柑の花一輪なんて・・・
悩やましい・・
でも、もし、もしも僕がミツバチなら、蜜柑を選んでしまう。
だって、蜜柑は食べる果実よりも断然、目の前の薫る華たちの方が
僕の感覚器官をくすぐるから。