相談室…始動。
授業終了のチャイムが鳴り、放課後になる。
終わったと同時に、雑談を始めるクラスメイトを横目に教室を出て職員室に向かう。
俺は、二学年に上がり新学期始めの小テストの結果により、職員室に呼び出されていた。
廊下を歩いていると同級生の男子生徒と肩がぶつかる。
男子生徒が俺の顔を見ると、顔を青ざめて頭を下げた。
「す、すいませんでした」
そう言うと男子生徒は走って逃げて行った。
顔を見て、走り去られると傷つく。
俺の顔なんて、目付きが悪いだけのノーマル顔なのに…
多分、顔とかじゃなく俺自身の噂で逃げたと思うけど。
少しショックを受けながら職員室に入る。
「失礼します。大橋先生いますか」
「お、来たな」
そう言ったのは、担任の大橋 京香先生だった。
「進路指導室で話をしよう」
「…はい」
進路指導室に入ると、大橋先生はソファに座り口を開く。
「……結城、お前このままの成績だと留年だぞ」
呆れたのか、大きく溜息をつき、大橋先生は言い放つ。
結城 正樹の成績は学年のビリだ。
結果なんて最初から分かっていた。
去年のある時期から、成績が落ち始めた。
授業中、しっかり話を聞いているのに分からない。ノートもしっかり書き写しているのに分からないのだ。
なぜなら、理解してないからだ。理解出来てないなら、どんなに話を聞いても、ノートに書いても分かってないから意味がない。
でも、新学期早々に留年の宣告は、俺が人類史上初ではなかろうか。恥だね。
「り、留年って…どうにかなんないですか」
「学校に貢献していれば、多分大丈夫だが結城、お前部活動をしてたか」
「…してないです」
絶望的だった。
自分が馬鹿なのは分かっていたが、留年は嫌だ。
俺が内心焦っていると、大橋先生は、何か考えているのか顎に手を当て口を開く。
「結城、留年は嫌か」
「は、はい」
「なんでだ」
「い、いやー、俺にもプライドがあるっていうか、恥ずかしいかなって」
「ハッ…」
正直に言ったら、笑われた。ちくしょー。
何か思いついたのか、急に、大橋先生は、ニタリと口を吊り上げると言った。
「思いついたぞ、私が完璧で最高な案を」
「へぇ、なんですか完璧で最高な案とは」
自信満々に、ドヤ顔をして、腕を組む。そこには大きくたわわに育った二つのメロンが乗っていた。何食べたらそんなに育つんだよ。
目線を逸らさないといけないと思うが、動かない。
動かないんじゃない、動けないんだ。よし、あの胸を『魔のメロン』と名付けよう。
「女性の胸をジッと見るな、訴えるぞ」
「すみません」
バレてた。
俺が悪い訳じゃない、あの胸が悪い。
「あと、先生の話を聞け」
「で、何でしたっけ」
大橋先生はこちらを睨みながら、拳を握る。
「まったくお前は、だから、部活動の話だ。殴るぞ。新しく部活動を作って学校に貢献すれば、留年は大丈夫になるだろ」
「まぁまぁ、何で、新しく部活動を作るんですか?既存の部活でいいじゃないですか」
今の時代に、生徒を殴る訳がないが落ち着かせる。
俺の言葉に大橋先生は呆れながら呟いた。
「……結城、去年起こした事件忘れた訳じゃないよな。今、お前は学校の問題児なんだよ。クラスで孤立している奴が、部活の仲間になれるか?難しいだろう」
「ですよねー」
当たり前だ。
去年は普通の生徒だったが、ちょっとした騒動で、俺は学校で誰も近寄って来ない存在になっていた。
大橋先生は、そんな俺を気にして話をしてくれる。
「そしてこの活動は、結城の為でもあるんだ。少しでも学校で活躍していたら、生徒達からの印象も良くなるかも知れない…」
少し気遣うような目で大橋先生は言った。
そうかも知れない、少しでも活躍すれば俺を見る目が変わる可能性がある。
やってみる価値はある。
「そこでだ、結城、得意な物とか無いか」
期待するような目をこちらに向けてくる。
「特にないですね」
「じゃあ、趣味は」
「カラオケですかね」
俺は歌を歌うことが好きだ。一人でカラオケに行くことも多い。
恥ずかしそうに俺が言うと、先生は、
「つまらん、もっと人の役に立つ趣味にしろ」
本当につまらなさそうにぼやいた。
と、思ったら、何か思いついたのか、目を大きく開き言った。
「よし、今日から結城の趣味はボランティアだ」
何を言い出すんだ。この教師は。
最近暖かいから脳が溶けたか。
「じゃ、俺の部活動はボランティアですか?放課後ゴミ拾えばいいんですか」
少し面倒そうな目で先生を見る。
すると、大橋先生は馬鹿にした様な目で見返す。
「ゴミ拾いが活動になったら、面倒だろう。お前の活動の顧問になる私もしたくない。しかし、ボランティアにも色々ある。だから結城、お前には、人の相談を受け手伝う活動をしてもらう」
「………」
「名付けて『相談室』だ。明日から活動を開始する。部室は空いている所を使う。異論はないな。以上、解散」
高らかに笑いながら言って進路指導室を出て行った。
俺は、明日からの活動にこれから始まるであろう色々な出逢いに嫌な予感を感じながら帰路についた。