狩人狩り
それは不動が他国での仕事を終え、ジェクトへと帰る途中だった。
街道を進んでいた彼は、不意に道をそれて草の茂る森の中へ足を踏み入れた。
それは水を求めての事だった。
不動はこの土地の事を熟知している。
水場となる川がどこにあるのか知っていた。
気温は高く、じっとりと汗ばむ季節。
生い茂る草を掻き分けて彼が目的の川へ辿り着くと、そこには思いがけない光景が広がっていた。
大量の鹿が死んでいた。
水を飲んでいる最中に殺されたのか、大半が川の中へ体を横たえている。
死体からは血が流れ、川を赤く染めていた。
不動は死体に近づき、改める。
肉食動物に襲われての事ではない。
それにしては死体が綺麗である。
腐敗が見られないから、殺されて時間は経っていない。
死因となった傷は、丸い穿孔。
銃撃によるものだ。
どれも頭部に一発。
ヘッドショット……。
狙撃である。
個人が一頭ずつ狙ったのであれば、恐ろしく速く……。
そして正確な射撃だ。
鹿の群れが逃げる暇を与えられぬほどなのだから。
それとも複数犯だろうか?
にしても、銃撃の正確さは気になる。
これが複数人であるなら、それは恐ろしく腕の立つ集団だ。
群れで水場に居た時、襲われた。
逃げられた鹿は……一頭だけ。
一つだけ、森の奥へ続く蹄の跡を見つけた。
ずしりと深く沈んだ蹄の跡。
よほど大きな個体なのだろう。
ふと、そこである事に気付く。
上流からの水にも、血が混じっている……。
つまり、ここより上流でも同じように狩られた動物がいるという事だ。
不動は上流へと歩き出した。
狩人は水場に集まる動物を狩っている。
それも獲物を放置しているという事は狩猟が目的ではなく、ただ殺す事を目的としている。
恐らく腕試しか、もしくは撃ち殺す事に楽しみを抱いている人間の仕業だ。
そう、相手の事を分析しながら不動は川上へ向けて歩く。
そして、狩られた動物を見つけた。
それは、人間だった。
四人の人間が、川の中へ倒れていた。
いでたちから、冒険者のグループだと思われる。
やはり皆、銃弾による一撃で殺されている。
全員がヘッドショットだ。
鹿の時と手口は同じ。
死体を改めていく際、一人の人物に目が留まる。
歳若い女の子だ。
彼女は、左目に穴が空いていた。
涙のように、眼窩から血が流れ続けている。
「……っ!」
不動は言い様のない不快感に苛まれた。
同じように死んだ、ある少女の事を思い出した。
気付けば不動は、拳を強く握り締めていた。
「犯人は召喚者か……。殺さなくては……」
そう呟くのと同時に、銃声が上がる。
自分への銃撃を警戒してその場を飛び退いたが……。
音の広がりから、近い場所ではない。
不動は、その音がした方向へと走り出した。
森を突っ切り、街道に出た。
すると、そこにその男はいた。
街道から外れた広い草原の只中に、男は立っていた。
不動は街道へ出ず、茂みの影へ隠れてライフルを取り出した。
ライフルのスコープ越しに、男を観察した。
長い髪に緑の帽子を被った男だった。
手には旧式のマスケット銃を構えており、腰にはナイフとメイスを提げていた。
男が構える銃の先を見ると、一頭の鹿が男へと迫っている最中だった。
立派な角を持つ大きな牡鹿だ。
恐らく、逃げた一頭。
牡鹿は一直線に男へと向かっていく。
それに対し、男は焦った様子もなくマスケット銃の銃口を牡鹿へ向けた。
発砲。
その瞬間、不動の予期せぬ事が起こった。
牡鹿が変身したのだ。
牡鹿の体は一瞬の内に、銀色へと変わった。
金属質の体……。
角は鋭利な刃状に、ボディの至る部分は複数の装甲を組み合わせたものに、関節部分も皮膚がなく曲げる度に駆動部が見える。
牡鹿は、鎧を纏っているわけではない。
あれは完全な変身。
生身の体を機械に変えているのだ。
そんな生物を不動は知らなかった。
前の世界でも、こちらの世界においても。
ならばあれもまた……。
転移者、もしくは転生者か。
変身した牡鹿の頭部で火花が散る。
放たれた銃弾を弾いたのだ。
男はその様子を見てちいさく笑う。
男と牡鹿の距離が狭まっていく。
そして刃の角が男へ迫ろうとした時、牡鹿の前足が爆ぜた。
男の銃によるものだ。
いつの間にか銃口が、牡鹿の前足関節部分へ向けられていた。
関節部分を銃弾が貫通し、牡鹿は転倒する。
それでも角を振って男を攻撃しようとするが、それを見越したように男は牡鹿の頭をメイスで殴打した。
殴られて怯んだ牡鹿の頭部へ、銃口が向けられる。
「近すぎてつまらないな」
男は呟く。
銃声がした。
しかし、それは男のマスケット銃から放たれたものではない。
男はその音に反応。
即座にそれが自分へ向けられたものだと察知し、身を翻して銃弾を避けた。
男の大腿部を狙ったその一撃は、紙一重でかわされる。
と同時に、男は銃弾の出所を瞬時に割り出し、そちらへマスケット銃を向け、発砲した。
「そう、これくらいの距離ならまだ楽しい」
男の銃弾は、ライフルを構えた不動の肩口に命中した。
強い衝撃に、不動の体が飛ばされて背後の木へ体を強く打ちつけられた。
「……っ!」
痛みを堪えながら、不動は再びライフルのスコープで男の様子を確認する。
スコープ越しに見た男は、不動へ向けて笑みを浮かべていた。
ちっちっち、と舌を鳴らしながら指を振る。
そして、再びマスケット銃を不動の方へ向けた。
その時である。
牡鹿が男へと体当たりした。
男の体勢が崩れ、牡鹿はその場を走り去ろうとする。
その背を狙い、男は銃口を向けた。
が、不動による側面からの銃撃がそれを許さなかった。
男は難なくそれを避けて反撃に転じようとするが、不動の姿は白い煙幕で見えなくなっていた。
これでは狙えない。
牡鹿の方を見てもすでに姿はない。
そしてあの煙幕が晴れたとしても、そこにもう不動の姿はないだろう。
「今日は楽しい日になりそうだな。さて、どちらから先に追おうかな」
男は言うと、森の方へ向けて歩き出した。
銃撃戦では勝てない。
二度の狙撃を試みた不動は、その結論に達して早々に撤退した。
狙いは完璧だった。
ライフルを手に入れた時から、不動は習熟するまで修練を積んでいる。
あの距離ならば、確実に当てられる。
それも不意打ちだ。
当てられなかったという事は、回避したという事だ。
何かしらの能力があると見ていいだろう。
あの銃もおかしい。
男の銃は、一見して旧式のマスケット銃に見える。
言わば、日本においては火縄銃と呼んだ方がわかりやすいだろう。
この銃は発砲の都度、銃口より銃弾と火薬を詰めてリロードする。
そのリロードをする様子がなかった。
何より、牡鹿の膝を撃ち貫いた二射目の銃弾は、一射目と種類が違っていたように思う。
でなければ、一度弾かれた銃弾で膝を撃ち貫く事などできなかっただろう。
自分の肩に命中した弾丸も、まだ残っている。
貫通はしなかった。
それは銃の能力なのか、それともあの男の能力なのか……。
全てが銃の能力であるかもしれない。
だとすれば、あの男が召喚者ではないという可能性もある。
できるなら、接触を図ってしっかりと確かめたい所だが……。
竜の血を使うべきだろうか。
竜の血は、大幅な身体強化を可能とする。
それを使えば、飛来する銃弾すら目視できるようになる。
だが代わりに、体へ大きな負担をかける事となる。
使い続ければ負担は蓄積し、いずれ死に至る。
一般的に、一度使えば二度と使いたくないと思うような苦しみを伴うものでもある。
しかし、不動の自分の死に対する忌避感は薄い。
使う必要があれば、躊躇う事はなかった。
結局、判断を保留する。
あの男は銃撃だけでなく、身体能力も高いように見えた。
でなければ、あの牡鹿の不意打ちにも対応できないだろう。
竜の血を使い、接近戦に持ち込んでも相手の能力が自分の能力を上回っている可能性は捨てきれない。
召喚者に対する時は、それだけの慎重さが必要だ。
確実に決め切れなければ、切り札も意味が無い。
不動は自分の装備を改める。
亮二の剣。
投擲用ナイフ。
ライフル。
拳銃。
ショットガン。
手投げ弾。
装備が足りない……。
これらを駆使しても決めきれる自信がない。
そのための戦略も組み立てられない。
一度、撤退するべきかもしれない。
その考えに思い至った時だった。
前方から物音がした。
不動は剣の柄へ手をやり、木の影へ身を隠そうとする。
しかし、現れたのはあの男ではなかった。
牡鹿である。
それでも少し警戒したが、牡鹿がこちらに攻撃を仕掛ける様子はなかった。
敵意はないようだ。
不動の目前へ進み出た牡鹿は、背の横を見せて膝を屈する。
乗れと言う事か?
不動は行動の意図を察する。
しばし考え、不動はそれに従った。
牡鹿の背に跨ると、牡鹿は歩み始める。
不動は牡鹿の膝を見た。
銃で撃ち貫かれた部分に怪我の類はなかった。
この短時間で回復したのか、それともあの変身した姿の時のダメージは無効化されるのか……。
「言葉はわかるか?」
問いかけると、牡鹿は頷いて見せた。
「転生者か?」
牡鹿は、首を傾げる。
質問の意味が理解できないようだ。
もしかしたら、この牡鹿は転移してきたのかもしれない。
転移して能力を得た、人以外の転移者なのかも。
どちらであれ、今は味方だ。
そして共通の目的を持っている。
言葉は交わせなくとも、意思の疎通ができるならばそれでいいだろう。
不動は地面を見る。
牡鹿の足跡が地面に残っていた。
追跡されるかもしれないな。
そう思うと、不動は口を開く。
この場は逃げるべきだろう。
しかし、この牡鹿は諦めまい。
この背へ乗った以上、付き合う必要があるか……。
場合によっては見捨てなければならないか……。
「川へ行こう。流れの中を進んで、追跡をかわしたい。あいつは追ってくるだろうから」
不動が言うと、牡鹿は進路を変えた。
川へ着き、そのまま水の中を進んでいく。
川下へ向けて進み続けると、川の近くまで草の生い茂った所を見つけた。
「あそこの茂みから陸に上がって、極力地面の見えない道を通っていこう」
不動が提案すると、牡鹿は頷いてその通りに茂みから上陸した。
茂みの中を掻き分けるようにして歩む。
掻き分けられた茂みには、明らかに何かが通った形跡が残る。
あまり意味はなかったかもしれない……。
できれば、辺りが暗くなるまで上陸を控えたかったが、不動は銃弾を受けている。
どこかで治療する必要があった。
地面は適度な湿気を含んでいた。
牡鹿が歩くと、そこには蹄の跡ができる。
「止まってくれ」
不動が言うと、牡鹿は止まる。
「自分の足跡を踏んで後退できるか?」
答える代わりに、牡鹿は行動で示す。
不動の要求に応え、後退する。
「よし。そこから、あの茂みへ跳んでほしい」
牡鹿は不動に従って茂みへ跳んだ。
同じ事を何度か行いながら、こまめに方向を変えながら移動した。
それらの小細工が功をそうしたのかはわからないが、不動と牡鹿は例の狩人と遭遇する事無く夜を迎える事ができた。
辺りを暗闇が包むと、不動は木を背にして座り込んだ。
牡鹿もまた、少し離れた場所で膝を折って頭を地面へ横たえた。
灯りは点けない。
この暗闇で炎の揺らめきは、あの狩人の格好の標的となるだろうから。
その暗闇の中、不動は投擲用の短剣を手に取った。
その様子に気付いた牡鹿が警戒して顔を上げる。
しかし不動は、その刃を自身の肩口へと当てた。
手探りで傷口を切り開き、指を入れて銃弾を取り出す。
魔法によって発せられるほのかな光をマントで隠しつつ、回復魔法をかけて傷口を塞いだ。
取り出された銃弾の形状を指で確かめながら、不動は目を閉じた。
夜が明けても、狩人が不動達を捕捉する事はなかった。
朝日が闇夜を薄め、視界が利くようになると不動は銃弾を目視する。
触れている時からわかっていた事だが、銃弾は球体だった。
一般的な銃弾の形をしているわけではない。
撃たれた時に潰れたわけでもなく、発射された時からこの形だったのだろう。
それは異常な事だ。
近代的な銃弾は、発射される方向ほど小さくなっている形状が一般的だ。
先端は丸みを帯びていたり、鋭利であったりと様々ではあるが球体である事はない。
それによって空気抵抗を減らし、ライフリングによって螺旋の軌道を描かせる事でまっすぐ飛ぶようにできている。
球体の銃弾では、それが適わない。
まっすぐに飛ばないし、貫通力もない。
あの男は、これであの距離を当てたというのか……。
不動は状況判断の材料として、自分の装備品を改めて見直した。
武装の一つ一つを地面に並べ置いていく。
やはり、昨日思い描いた物だけしかない。
持ってきていたが存在を忘れていた、という物はなさそうだった。
その時である。
牡鹿が不動に近づき、ライフルに噛み付いた。
「何をする?」
不動は牡鹿を止めようとするが、牡鹿はライフルを銜えたままその体を銀色の金属質へ変えた。
すると、銜えられたライフルが液状化して、形を失った。
「!?」
不動が驚いていると、牡鹿の背からライフルの銃身が生えた。
「武器を取り込めるのか……」
不動は一考する。
「……もしかして、自分の体を意図的に作りかえる事もできるか?」
そう問いかけると、牡鹿は首肯した。
横山 了は悪魔の力を持っていた。
それはこの世界へ召喚されて、加護として受けた能力である。
72の堕天使が能力の名である。
しかし、彼自身はその名を知らなかった。
自分のステータスを見る事のできるチート使いならばそれを知りえる事もできただろうが、彼のそれは系統が違った。
特殊能力系のものである。
能力が彼に与えたのは、神懸った狩猟の才と戦闘能力だった。
元々、狩猟を趣味とする彼だったが、もたらされた能力は彼が今まで培ってきた経験や技術が児戯に思えるほどの物だった。
「ここで何かを乗せた……」
仕留めそこなった牡鹿の足跡を追っていると、ある地点からわずかに足跡の深さが増した。
変身能力で重くなった分ではない。
刻まれた足跡にブレがあったからだ。
それまでとは重心が変わったからだ。
その原因として考えられるのが、誰かを騎乗させた事。
その相手として思い当たるのは、自分を銃撃した人物だろう。
野生の牡鹿が人に協力を仰いだか……。
おかしな話だが、あの牡鹿は普通ではない。
変身する事もそうだが、野生の草食動物が人へ報復するというのもまずありえない話だ。
しかも、手当たり次第に人へ報復するのではなく、報復の相手を見定めて攻撃してきた。
あまりにも利口過ぎる。
人間相手に協力を仰ぐだけの知能があったとしてもおかしくはない。
「二人まとめて追えそうだ」
二兎を追う者は一兎も得ずと言うが、二兎がまとめて同じ所にいるならば話は変わるだろう。
横山の口元が笑みに歪んだ。
足跡を追う。
足跡はしばらく茂みを分けながら進み、川へと続いた。
ここから足跡を追う事は難しい。
上流へ行ったか、下流へ行ったか。
その判断すらつかない。
その選択によっては、的外れな方向を進む事になるかもしれない。
そうなれば追跡は失敗である。
少し悩み、横山は下流へ進んだ。
直感的にそちらだと思った。
注意深く、周囲の痕跡を探しながら川原を下っていく。
すると、川へはみ出した茂みを見つけた。
茂みには、折れた枝が見えた。
どうやら自分の判断は当たったようだ。
と、横山は笑みを作る。
標的は、この茂みから上陸した。
茂みの周囲を改めると、牡鹿の足跡が続いていた。
それを再び追跡する。
が、不意にそれが途切れた。
地面が足跡を残さぬほど固くなったわけではない。
なのに、不自然なほどぷっつりと途切れていた。
周囲を探る。
すると、少し後方の茂みにも枝の折れた部分を見つけた。
そこから、足跡が続いている。
「狐の手口じゃないか」
あの牡鹿が思いついた事ではないだろう。
やはり、あの人間が味方についたと見ていい。
そこからさらに追跡を始めるが、何度か足跡がぷっつりと途切れる事があった。
執拗なまでにそれは繰り返されていた。
追跡を前提として行動し、そしてこちらを侮っていない証拠だ。
「嬉しいね。高く買ってくれて」
実際、一度や二度程度で止めていればもう追いついているだろう。
しかし、その小細工は功を奏していた。
足跡を探すたびに時間は食われ、そして夜が訪れたのだから。
夜の追跡は困難であり、なおかつ向こうの奇襲も想定しなければならない。
横山は適当な木を背に、休む事にした。
灯りは着けず、帽子を目の位置まで深く被り、そのまま眠った。
体に日の光の暖かさを感じ、横山は目覚める。
追跡を再開した。
足跡を辿り、ある場所で立ち止まる。
足跡の先で地面が乱れていた。
何度か、足踏みした跡がある。
ここで休息を取った。
横山の休息場所から、意外と近い位置だ。
獲物は近い、か。
それとも、暗い内に移動して距離を離されたか。
そして、その足跡が変化している事に気付く。
少し重みが増していた。
変身したか……。
ここで?
何故だ?
疑問に思いながらも、横山はさらに追跡する。
すると、意外な事に足跡は森を出る方向へ向かっていた。
街道のある方向だ。
そして、森を出る。
その先に、標的はいた。
街道を跨いだ先。
草原の真ん中で、牡鹿はこちらを睨んでいた。
その背に、不動の姿はない。
横山が牡鹿を視界に捉えると同時に、牡鹿はこちらへと走り出す。
「いいぜ。誘いに乗ってやるよ」
横山が何もない空間に手をかざすと、何もない空間に魔方陣が現れる。
そこから、マスケット銃が姿を現した。
それを掴むと、狙いをつける。
装填された銃弾へ、徹甲弾の効果を付与する。
ただの鉛玉をあらゆる効果の銃弾へ変える。
これは横山の能力の一つだった。
この銃弾でなければ、あの牡鹿の装甲は貫けない。
それも至近でなければ、弾かれるかもしれなかった。
横山は突撃してくる牡鹿を引き付ける。
そして、刃の角が目前まで迫る距離で、銃爪を引いた。
発砲音。
牡鹿の頭、上半分が抉れて消し飛ぶ。
角よりも速く、銃弾が当たったのだ。
同時に、牡鹿の腹が開いた。
中から、不動が飛び出す。
抜き身の剣を持った不動が、横山へ斬りかかる。
が、その剣の腹をメイスで殴りつけ、横山は斬撃を防いだ。
ここまで続く牡鹿の足跡には、変化があった。
通常の変身状態の時よりも、足跡が深かったのだ。
つまり、それだけの重量があの牡鹿には加味されていたという事だ。
変身による変化だけではない。
変身による足跡の深さは、最初の邂逅で知っている。
それも同じ草原ならば、見誤る事はない。
ならば、加重の原因があるという事だ。
そう考えれば、不動が今も牡鹿と共にある事は推測できた。
横山はマスケット銃を手放し、ナイフを抜く。
不動の首を斬りつけようとし……。
「終わりだな」
「……日本語、だな」
それは適わなかった。
両腕が、何かに拘束された。
牡鹿の両前足が、先端を枷のように変化させ、横山を拘束したのだ。
頭のない牡鹿の口が開き、中から銃口が伸びた。
それだけでなく胸が開き、さらにツインバレルとライフルの銃口が伸びる。
『死ね』
明確な殺意の篭った言葉。
それは牡鹿の思念であると理解した。
これは獣や鳥と言葉を交わせる、バルバトスの権能の一つが聞かせたものだった。
確かに頭を撃った。
しかし、この牡鹿は明確な意思を残している。
どうやったのかはわからない。
ただ、どうにかしたのだろう。
「やるじゃねぇか」
横山が呟き、笑う。
その声は、連続する銃声にかき消された。
牡鹿は変身すると、体の構造を自在に変化させられるようだった。
不動が調べていると牡鹿の頭部には脳にあたる機器が収められている事がわかった。
これを正面から狙い難い腰部へと移動させ、代わりに銃器を収納させた。
ついでに、他の銃器も全て預けて胸部へと収納させた。
そして不動は、自分で隠れられるように腹部の機器を全て別の場所へ移動してもらい、空洞を作った。
相手に攻撃を仕掛けて接近し、不動が腹部から出て攻撃を仕掛けるのが第一の奇襲。
牡鹿による至近距離からの銃撃が第二の奇襲。
二段構えによる攻勢を仕掛けたのである。
その攻勢は、不動達に勝利をもたらした。
仇討ちを果たした牡鹿は、不動に銃器を返すと森の中へと帰っていった。
不動もまた、ジェクトへの帰途へ着く。
それからしばらく歩いていた時だ。
前方の茂みから、牡鹿が歩み出た。
不動が立ち止まると、牡鹿はゆっくりと不動へ近づいた。
そして頭を下げると、不動と同じ方向へ向き直った。
「一緒に来るつもりなのか?」
不動が訊ねると、牡鹿は不動の前で膝を折った。
一度戻ったのは、仲間を弔うためだったのではないか。
不動にはそう思えた。
もしかしたら、あの群れの中には彼の愛する者や子供もいたかもしれない。
そうか。
君も、大事な人を守れなかったんだな。
不動は心の中で呟く。
「よろしく」
不動が言うと、牡鹿も小さく頭を下げた。
不動は牡鹿の背に乗り、一人と一頭は街道を歩み始めた。
名前 横山 了
能力 72の堕天使
七十二種類ある堕天使系能力の一つである。
狩猟能力と戦闘能力を向上させる能力であり、なおかつあらゆる機能を持ったマスケット銃を召喚する事ができる。
マスケット銃はリロード無しで連射でき、発射される銃弾は球形であるがそこにあらゆる効果を付与できる。
追尾弾も使えるが、横山はその能力が気に入らなかったので使わなかった。
ちなみに、光線も放てる。
ついでに獣や鳥と意思疎通ができる。
名前 牡鹿(名前はまだない)
能力 超生命体
機械の体へと変身する能力。
変身後の体は自在に構造を変える事ができ、機械の類ならば体内へ取り込む事も可能。
それらの変化は元の生体へ戻っても影響を与えないが、再び変身するとその変化した状態になる。




