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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
ある復讐者の一日
23/35

前編

 不動の周辺と義憤同盟についての説明回。

 ほんのりとした灯り……。

 闇の方が濃い室内。


 がやがやと賑やかな人の話し声がする。

 そこは酒場だった。


 席に座り、瞳を開けた不動は誰も座っていない対面の座席を見た。


「やぁ、久しぶりだねぇ。こうして会うのはさ」


 しかし、誰もいないはずの席から声をかけられる。

 その席には誰も座っていないが……。

 よく見ると、代わりに肉塊が置かれていた。


 肉塊は挽肉に近い状態となっており、骨ごと挽かれたのか所々に骨の欠片が覗いている。

 そうなって間もないのか椅子の下へぽたぽたと血の雫が滴り落ちていた。


 不動は答えない。

 それでも、肉片はさらに言葉を続けた。


「しかし、無茶な事をするもんだね。敵の懐に飛ぶ込むために、あえてとっ捕まるなんてさ。一歩間違っていたら、あんたは敵の虜になっちまってたよ」

「まったくだぜ」


 そう、同意の声を上げたのは、不動ではない。

 声は不動の左隣の席からだった。


 そこにもやはり、人はいない。

 あるのは、根元から折れた一振りの剣だった。


「この前だって、剣を折られちまってなぁ。俺の剣《力》を使わせてやってるってのに、あんな骸骨野郎に負けやがってよ。……まぁ、お前がドジってさっさと死んでしまうのも悪くねぇとは思うけどな」


 剣は敵意を含ませた声で言う。


「それは困るなぁ。彼がいなくなると娘は悲しむだろうから」


 不動の右隣から声がした。

 そちらの椅子にも、肉塊が置かれており……。

 しかし、正面の席に置かれた物と違って挽肉にはなっていない。

 潰れておらず、ある程度筋肉の形を維持していた。

 そして、上に人間の頭蓋骨が乗っている。


「君は十分にやっている。今も娘を守り続けてくれている。私は感謝しているよ。ありがとう」


 頭蓋骨がカタカタと口を動かし、不動に感謝する。


「うるせぇ。俺には感謝なんかねぇんだよ。てめぇも挽肉にしてやろうか。そいつと合挽きにされちまえ」

「そいつはいい。ハンバーグに最適だな」


 頭蓋骨は剣の悪口あっこうに対して、冗談めかした口調で答えた。


「どうだい、マーサ? 私としては君と一緒になるのもやぶさかではない。美味しいハンバーグになろうじゃないか」

「やめとくれ。悪趣味だよ、トーマス」


 頭蓋骨の軽口を肉塊は嗜める。


「あんたもだよ。リョウジ」

「それくらいしかできないからじゃねぇか。自由に動けるなら、さっさと不動をぶち殺して、あんたと同じように挽肉へ変えてやるよ」


 剣はそう言って、笑った。


「君もまたおかしな夢を見ているな」


 別の声がする。

 見ると、誰かが床に立っていた。


 しっかりと人型をした人物。

 だが、彼は首がへし折れ、頭部は上下が反転していた。


「こんな悪夢を見るなんて、君の精神も相当に病んでいるな。診てあげようか? 私はその道のプロだよ」


 悪夢……。


 そうでもないさ。

 こんな物は、ただの夢だ。

 何も問題はない。


 そう思い、不動は瞳を閉じた。




 不動は覚醒すると、すぐにベッドから起き上がった。


 窓の外は、まだ闇に近い。

 それでも、ほんのりと明るくなりつつある。

 夜と朝の狭間だ。


 部屋には、二つのドアがある。

 互いに両端、対面の壁に設置されていた。


 不動は一方のドアを開けて部屋を出る。

 すると一歩で渡れるほどの短い廊下があり、その先にはさらにドアがあった。

 そのドアを開けて中へ入ると、そこは厨房になっていた。


 厨房はあらゆる調理器具が置かれていて、人一人が移動できる程度の広さしかない。

 その狭い厨房の中、一人の女性が寸胴鍋をかき混ぜていた。


 ドアを開ける音で気付いたのか、女性は不動の方を向いた。


「おはよう」


 笑顔で挨拶する。


「おはよう。キャロル」


 不動も彼女に挨拶を返した。


「早いね」

「目が覚めた。……席を並べようか?」

「少し早いと思うけど……。そうね。お願い」


 不動は頷くと、厨房から出て行く。

 自分の部屋へと引き返す。


 元々は、トーマスが使っていた部屋だ。

 今は、不動の部屋になっている。

 部屋には不動の私物は仕事道具以外に殆どなく、それらはベッドの付近に固められている。

 インテリアの類は一切なく、代わりにキャロルが営む商売のための備品が置かれている。


 かつて、大道芸のために使われていた大型馬車は、今料理屋の屋台として使われていた。


 馬車は三つの部屋に分かれていて、先頭からキャロルの部屋、共用スペース件物置、トーマスの部屋となっていた。

 しかし今は、共用スペースだった場所は厨房に換わっており、物置がないため店の備品は不動の部屋へ置かれているのである。


 不動は部屋に置かれた三脚の丸テーブルと二つ一組の椅子を外へ出していった。


 馬車の前へ全てのテーブルを並べ終わると、馬車の側面にある大窓が開いてキャロルが姿を見せる。

 それは厨房にある物で、店を始める際に増設した部分だ。

 大窓から直接、料理を客へ渡す事ができるようにしているのである。


「ありがとう。朝食にしよ」

「うん」


 キャロルに答え、不動は頷いた。


 外のテーブルへ料理を運び、二人向かい合って朝食を食べる。


 オムレツとレタスをパンで挟んだサンドイッチに、トマトのスープだ。

 昨日の残り物で作ったシンプルな朝食だ。


「今日はどうするの?」


 食事中、キャロルが訊ねる。


「ギルドに顔を出してくる」

「そう……」


 不動が答えると、キャロルは顔を伏せた。


「……ねぇ、フドウ」


 しばしの沈黙を経て、キャロルは彼の名を呼ぶ。


「もし、あなたが父さんの事で今の仕事をしているんだったら……。もう、辞めてしまってもいいと思うわ」

「……」


 不動は答えなかった。

 黙々とサンドイッチを食べる。


「もう、六年が経ってる。どんなに辛い事があっても、人間は忘れていくものよ。私だって、今はもうあの時ほど父さんの事を悲しんでいるわけじゃない」


 しかし沈黙を嫌い、キャロルは言葉を続ける。


「違うよ」


 そんな彼女に、不動は否定の言葉を告げる。


「トーマスさんの事は、きっかけでしかないんだよ。今の僕を動かしているのは、僕自身の気持ちなんだ」


 不動には許せない事がある。

 心には常に消せない憤りがあった。

 その心のままに、今の不動は行動している。


 決して、それはトーマスのせいではない。


「そう……でも危険な事はしないでね」


 そんな言葉は聞いてくれないだろう。

 そう思いつつ、キャロルは自分の望みを告げる。


 数ヶ月前、不動は大怪我をしてボロボロになって帰ってきた事がある。

 キャロルはその姿を見て、震えが止まらなくなった。

 彼まで失ってしまうかもしれないと思うと、恐ろしくて堪らなかったのだ。


 一人になるのは嫌だった。


 幸い、彼を失う事はなかったが。

 もう二度とあんな不安を味わいたくはなかった。


「……そういえば、最近ジョエルさんに会ったよ」


 不動はキャロルの言葉に答えず、はぐらかすように話題を変えた。


「そうなんだ。あの人には、感謝してもし切れないわ。私が自立できるまで、いろいろと世話を焼いてもらった」

「そうだね」

「……もしかして、あの人も不動と同じ仕事をしているの?」


 不動は少し迷い、そうだよ、と答えた。


「そうなんだ」


 会話が途切れる。

 お互い、ひたすらに食事を続ける。


「……しばらく、この町。ジェクトに滞在しようと思う」


 食事を終えた不動が、キャロルに告げる。


「それは、朗報ね。この町での常連さんもたくさん出来て、結構繁盛してるから」

「不満がないならよかった」


 その時だった。

 一人の少女が二人へ近づいてきた。


 栗色の髪をした細身で、顔は歳相応の童顔である。


「おはようございます。キャロルさん」

「おはよう。ロッタちゃん」


 挨拶する少女に、キャロルが返す。

 彼女はこの店で給仕として働いていた。

 キャロルが雇ったのである。


「ロッタちゃんも来たことだし、開店準備しなくちゃね」


 キャロルは朝食の食器を持って、馬車の方へ向かった。


「フドウさんもおはようございます」

「おはよう」

「そういえば昨日、鳥の巣を見つけたんですよ」


 笑顔の作り、ロッタは脈絡もなくそんな事を言う。


「中には卵があって、もう少しで雛が孵るかもしれないんです」

「……そうか。それは孵った時に、落ちないよう気をつけなければならないな」


 ふふ、とロッタ小さく笑い、馬車の方へ向かった。


 不動も食器を片付けると、自室で準備を整えて馬車を出た。




 ベイルス国王都ジェクト。

 彼がこの町への長期滞在を決めた理由の一つは、この町にある義憤同盟の支部へ舞い込む依頼に召喚者絡みの物が多かったからである。

 召喚者を専門に仕事を請け負う不動にとって、都合が良かったのだ。

 そしてもう一つは、この国が大陸の中央に位置しているからだった。

 ここを拠点としていれば、遠征の際も動きやすいと思った。


 義憤同盟。

 義憤という感情を元に組織された暗殺者ギルド。

 創設者は不明。


 組織に上下関係はなく、規律も規範も存在しない。

 あるとすれば、自らの義憤を何よりも優先するという理念だけ。


 組織から抜ける事は自由であり、組織の事を誰かに話す事も自由だ。

 しかし、その行いを咎めて処罰する事もまた自由である。

 組織内の者に対しても、そこに義憤があるならば害する事も一向に構わない。


 それらは個人の判断に任せられている。


 組織というよりも一種の共同体に近いだろうが、それにしても無法が過ぎる。

 しかしながらこの組織には一定の秩序があり、それが規律なき義憤同盟を組織たらしめている。

 それは頂点と下位というシンプルな二層ではあるが、確かな序列が存在しているためだ。


 その頂点に立つのはジョエルだ。

 暗殺者ギルド最強の暗殺者。

 いや、彼の場合は暗殺などという手段を取らずとも、たいていの事は正面から対しても解決できる。

 それだけ彼の強さは異質であり、他の召喚者達を超越している。


 不動が確認しているだけでも、尋常ではない怪力と防御能力を持っている。

 人の体を無造作に捻り潰し、あらゆる能力の攻撃を受けても怯まない頑健さ……。

 それだけでなく、人伝に聞いた話ではさらに能力を持っているらしい。


 睨んだだけで相手の頭が吹き飛んだというが、人伝なので実際に何が起こったのかは定かでない。


 ジョエルは複合的な能力者なのだろう、と不動は思う。

 しかし、それだけしかわからない。


 彼が召喚者である以上、いずれ彼を殺す事になるかもしれない。

 そう思っている不動は、できるかぎり彼の能力を知って対応策を練りたいと思っていた。


 そして、そんなジョエルの強さ。

 力への信仰が、この階級なき組織に階級を作り出している。

 この組織は、実質的に彼の信奉者達が運営し、秩序をもたらしていると言ってもいい。


 それがこの義憤同盟という組織の実態だった。


 この町の支部長であるカタリナもまた、ジョエルを様付けで呼び慕っている。

 彼の信奉者だ。


 ジョエルに従わない者もいるが、少数である。


 支部へ辿り着く。


 この町の支部は表向き、服飾を扱う店として営業している。

 店番の人間に木符を見せると店の奥へと入る事ができ、その先には本来の姿である暗殺ギルドの施設が続いている。


 地下へ続く階段を下りると守衛の立つ扉があり、そこでもまた木符を見せて扉を開けてもらう。

 扉の先はすぐに依頼の受付場となっており、多くの暗殺者達がいる。


 ラウンジがあり、そこに用意されたテーブル席で雑談をしている者もいれば、依頼を張り出された掲示板を見ている者もいる。

 掲示板には暗殺依頼が多く張られている。


 依頼の掲示板には目もくれず、不動は奥にある受付のカウンターへとまっすぐ向かう。

 彼の求める依頼という物は、掲示板に張り出される類のものではない。

 召喚者や転生者と思しき人物の暗殺依頼だ。


 そういう物は優先的に回してもらうようにしていて、カウンターで訊いて直接受けられるようになっていた。


「あいつ、召喚者殺しだ」


 ラウンジのテーブル席でくつろいでいた一人の暗殺者が言う。


「召喚者殺し?」


 同じテーブルに着いていたもう一人が訊ね返す。


「召喚者ばかりを狙うやべぇ奴だ」

「召喚者だって? そんなの相手にしてたら、命がいくつあっても足りねぇよ」

「だからやべぇんじゃねぇか。今でも生きているんだからな」

「でも、見た感じ奴だって召喚者だ。とんでもないスキルを持っているんじゃないのか?」

「いや、確かに召喚者だが能力はないらしい」

「マジか。それでも召喚者を殺せるなんて、化け物かよ……」


 暗殺者達が陰で自分の事を話している事も知らぬまま、不動はカウンターへと辿り着く。


「依頼はあるか?」


 訊ねられた受付嬢はにっこりと笑って応対する。


「フドウ様ですね? えーと、あなたへ優先的に回すよう言われている依頼が一つだけありますけれど……。ゴブリン退治ですよ?」


 カウンター下にある引き出しから書類を取り出し、それを見ながら受付嬢は懐疑的な口調で答えた。


「そうか。ならそれを受けよう」


 不動が答えると、受付嬢は釈然としない様子で首を傾げた。


 それもそのはずだ。

 ゴブリン退治など、本来暗殺者ギルドへ回される仕事ではない。

 むしろ、冒険者ギルドへ回されるような仕事だ。


 実際、この仕事自体が冒険者ギルドへ入った仕事である。

 暗殺者ギルドは表立って存在していないが、冒険者ギルドとは裏の繋がりがあった。

 その繋がりで、回ってきた仕事だ。


 受付嬢から場所を聞くと、意外と近い場所だった。

 行ってみなければわからないが、日帰りできそうだ。


山城やまぎは?」

「別の仕事の補助として駆り出されています」


 ならば、今回は一人で行くしかないだろう。


「それから、工房のスミス様から言伝を預かっております」

「直ったのか?」

「はい。そのようです。それから、ガルシア様からも会いに来て欲しいと」

「わかった。あとで寄る」

「最後に、支部長から顔を出すようにと仰せつかっています」

「カタリナが?」

「はい」


 何用だろうか?

 そう思いながら、不動はカタリナへ会いに行った。




 支部の地下は、表の店から想像できぬほどに広がっている。

 あらゆる用途の部屋と施設があり、工房、医務室、厩舎などもあった。


 不動は、部屋の一つである支部長室へと向かった。


 入室すると、そこには部屋の奥で書斎机に着くカタリナの姿があった。

 室内は全体的に飾り気がなく、四方の壁には書類棚の類が置かれていた。


 その中央に、応接用のソファーとテーブルがある。


「座ってください」


 不動は促されるまま、ソファーへ座る。


「何の用だ?」

「少しお願いしたい事がありまして」


 カタリナが言うと、部屋がノックされる。


「どうぞ。お入りなさい」


 カタリナの言葉を受けて、歳若い女性が入室する。


 いや、歳若いと言うよりも幼いと形容した方が良いだろうか。

 女性というよりも、少女と言った方がいいだろう。


 うっすらとした黒の長髪を三つ編みにして後に垂らした少女だ。


 彼女は片手にティーカップを二つ乗せたお盆を持っている。

 少女は柔らかく微笑むと、ティーカップをカタリナと不動の前へ置いた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 カタリナは礼を言うが、不動は何も言わなかった。


 ティーカップは紅茶で満たされており、湯気が立っている。


「自己紹介なさい」

「はい。お母様」

「ここでは支部長と呼びなさい」

「はい。申し訳ありません、支部長」


 オルガは注意を受けて謝ると、次に不動へ向き直って笑顔を作った。


「オルガと申します」

「彼女は私の孤児院で預かっていた子なのですけれど、彼女たっての願いによりこの度義憤同盟の一員になりました」


 カタリナが彼女の事を補足する。


 不動は答えずに、オルガを見た。

 彼女は先ほどと変わらぬ笑顔を不動へ向けていた。


「今は私の補佐をさせていますが、彼女の志望は実行要員」


 つまりは、暗殺者志望である。


「一応同盟の訓練課程は修了し、成績も優秀だったのですが……。すぐさま実戦へ投入するには不安でして」


 カタリナは、表の顔として教会を運営している。

 そこには孤児院があって、孤児の面倒を見ていた。


 しかし完全なカムフラージュというわけでなく、彼女自身子供に対して思い入れがあるようだった。


 その孤児院で面倒を見ていた子供がこの仕事に着くというのだ。

 彼女としては、心配でならないのだろう。


「なので、あなたの補助として一度経験を積ませたいと思っています」

「僕に面倒を見ろと?」

「はい。ゴブリン退治の依頼を受けたそうですね。丁度いいので、それに連れて行ってあげてほしいのですが」


 どうですか?

 と、カタリナは問いかける。


「……引き受けよう」

「ありがとうございます。依頼料に礼金を上乗せしておきます」

「じゃあ、行こうか」


 不動は立ち上がる。

 その拍子に、テーブル上にあったティーカップに手が当たって、床に落ちた。

 カップが砕け、中身が床に広がる。


「すまないな」

「いえ、あとで片付けさせます。では、お願いします」


 不動はオルガを伴い、部屋を後にする。

 そうして向かったのは、工房。

 武器の作成や修繕を担う施設である。


 熱気に満ちた部屋の中では多くの職人達が金床と向き合い、一心にハンマーで鉄を叩いていた。

 地下空間で火を焚き続けているが、息苦しさは感じない。

 換気に関してしっかりと設備が整っているのだろう。


「スミスに会いたいんだが?」


 手の空いていた職人に、不動は声をかける。


「あ、はい。わかりました」


 職人が部屋の奥へ歩いていく。

 それについていくと、その先にタンクトップ姿の中年男性がいる。

 大柄の体は筋肉質で、その上からある程度の脂肪が乗っていた。

 剣の修繕を行う彼の黒い肌には汗が滲んでいた。


 彼がスミスである。


「親方」


 職人が呼びかけると、スミスは一度そちらを見る。


「少し待て」


 そう言って、剣を水につけて冷やす。

 熱による泡立ちと音が止み、赤熱化した剣が鈍い鋼の色を取り戻す。

 鍛え直された刀身をスミスは眺めた。


「まだだな」


 そう言って、スミスは剣を金床に置く。

 今度こそ不動達に振り返った。


「伝言を聞いたんだな?」

「ああ」

「六番の棚に置いてある奴を持ってきてくれ」


 スミスが言うと、案内してくれた職人が「はい」と返事をして工房の奥へ向かう。

 職人がすぐに籠を持って帰ってきた。


「作業に戻っていいぞ」

「はい」


 スミスに言われて、職人は元いた場所へ戻っていった。


 足元に置かれた籠には、一振りの剣と三丁の銃が収められていた。

 不動はその中から、鞘に納められた剣を取る。


「根元から折られていたからまだよかったんだが、少しばかり短くなっちまった」


 それは亮二の剣である。

 カダ村の一件で、転生者に折られた物をここで修繕してもらっていたのだ。

 スミスの言う通り、脇差ほどの長さに変わっている。


 この剣はどんな硬い金属で叩いても折れず曲がらずの品で、同じ素材の物を使わなければ鍛える事ができない。

 そのため、同じく亮二の体から生成された投げナイフを使って鍛える事しかできなかった。


 ナイフの側面を刀身に当て、その上からハンマーで叩いて鍛えるという作業は非常に困難である。

 この工房の長にして鍛冶の神エンデリアの加護を持つ転生者であるスミスでなければできない仕事だった。


 ナイフもまた、打ち直しの際に出た金属粉で地道に削り、叩いて出来た歪みを矯正せねばならないためとても地道で時間のかかる作業である。


 不動は鞘から剣を抜き、ゆるりと剣を振る。

 その際に起こる重心の変化を確かめた。


「僕にはこちらの方が使いやすい」

「そうか。ならよかった。で、他の奴だが」


 そう言って、スミスは籠の中にあった物を取り出す。


 リボルバー拳銃だ。

 籠の中には、他にライフルとショットガンがある。


 これは、前にコロール村を占拠していた召喚者が使っていた銃である。

 これらの鑑定と整備を頼み、スミスに預けていたのだ。


「拳銃はいくつかあったが、こいつだけダブルアクションで他は全部シングルアクションだった。後者は、部下に与えていたものだろう。中の銃弾も特殊な効果を持った物が一切なかった。裏切りを想定して、自分だけ良い物を使っていたんだろうな」


 コロール村の召喚者は、銃弾に特殊効果を付与エンチャントして使っていた。


「幸い、奴自身が持ってたのが少し。ライフル用追尾弾が六発、拳銃用炸裂弾と貫通弾がそれぞれ二十発と十三発、ショットガン用の貫通弾が六発、炸裂弾三発だ」


 鑑定スキルを以って調べた弾の特性をスミスは語った。


「炸裂弾とは?」

「対象に当たった際、文字通り炸裂する。拳銃の方なら当たった場所に大穴が開くし、ショットガンの方なら調理済みのこんがりミンチになるな」

「それは作れないのか?」

「いや、俺は修繕特化の特性しかない。そういう特殊な付与エンチャントは一切できねぇんだ。エンデリアの加護者と言ってもスキルはまちまちだからな」

「残念だ」


 感情の乗らない声で不動は答えた。


「ガルシアのスキルなら何とか再現できるだろう。……ムラはあるが。そっちに頼んでみたらどうだ? 運がよければ再現できるかもしれん」

「そうしよう」

「それにしても、スキルってのは奇妙なもんだよな。

 俺のユニークスキルは、修繕効果アップと素材節約の複合なんだが……。

 一回叩けば明らかにハンマーの当たってない部分が平らになるし、米粒程度の鋼が打っている内にナイフ一本分くらいまで体積が増えるんだぜ?

 どういう理屈なんだろうな?」

「そういう世界だ。としか言えない。考えても仕方がない。それより、銃の説明をしてほしい」

「おう。すまんな」


 スミスは銃の説明を再開する。


「と言っても、俺達のいた世界にあった銃とまったく同じだ」

「撃ち方を知らない」

「そうか。なら、今度教えてやる。今は、俺も忙しい」

「お願いする。こちらも用事があるから、気にしなくていい」

「わかった。それで、話を戻すが。拳銃のデザインはピースメイカーに似ているが細部の造形が違う。精度はかなり良いみたいだ。撃ち方さえ覚えれば、すぐにでも実践投入できるだろう。あと、ショットガンはソードオフにしておいた」


 そう言って手に取って見せたツインバレルショットガンは、銃身が短くカットされていた。


「お前にはそっちの方が扱い易いだろう。不具合があれば、その時はバレルを継ぎ足してやる。まぁ、俺の用事はこんなもんだ」

「ありがとう。その三丁はもうしばらく預かっていてほしい。拳銃とショットガンを携行するためのホルスターを用意して、ライフルには肩へかけるためのベルトを着けて欲しい」

「おう。任せろ」

「他の銃はスミスの判断で、必要な人間に譲渡しても構わない」

「わかった。それと気になっていたんだが、その子は?」


 スミスはオルガを顎で示して訊ねた。


「カタリナから、面倒を見ろと言われた」

「お前がぁ? 人選ミスじゃねぇのか? お前の受ける依頼は初心者が同行していいもんじゃねぇだろう」

「彼女の望みだ」


 そう言って、不動はオルガを見た。

 オルガはにこやかな表情でそれを迎える。


「まぁ、支部長の頼みじゃなぁ……」

「今回はゴブリン退治だ。特に危険はない」

「女性にとっちゃ危険だろう」

「何を思ってそう言っているのかはわかるが、それは日本の文化が生み出した幻想だ。現実はそこまで危険な存在じゃない。……あんた、アメリカ人じゃなかったか?」

「日本に住んでたからな」


 召喚者は日本に住んでいた人間ばかりだ。

 なら、それも当然の事だろう。




 不動は工房を出ると次に開発室へと向かう。


「あの、わざわざどうして工房に足を運ぶんですか?」


 その道すがら、廊下でオルガが質問してきた。


「受付で渡せば、直接行かなくてもやり取りできますよね?」

「その場合は、誰が修繕するかわからない。半端な仕事をする人間もいるから、一人信頼できる職人を見つけて頼んだ方がいい。何より、僕の剣は特殊だ。修繕できる人間も限られる」

「だからスミスさんなんですね」


 なるほど、と納得したようにオルガは言った。


「道具は生命線だ。極力大事にするよう心がけるべきだ」

「わかりました」


 不動のアドバイスに、オルガは素直に答えた。


 開発室へ到着する。

 武器防具や薬など、暗殺者達の助けとなる道具を開発する部門である。


 室内では研究員達が、実験器具の並んだ机で薬を調合していたり、何かの設計図を描いていたり、化学式が書かれた黒板を前に寄り集まって話し合いをしていたりしていた。

 そんな研究員達を尻目に、不動とオルガは部屋の奥に向かう。


 室長室という表札のかかった扉を開けて中へ入る。


 室長室の中は、そこへ至るまでに見た研究室を凝縮したような設備で埋められていた。

 研究器具や設計台もあれば、床には各種の本が平積みされていて、小さいながらも炉と金床まであった。


 そこには、机の前で何かの薬品を調合する男が一人。


 彼は細い体を、つぎはぎや色あせの目立つ布の服とズボンで包んでいた。

 まるで農村の村人を思わせる服装である。

 しかしボロボロの服装でありながら、その布地に一切の汚れはない。

 毎日同じ服を着ているし、もしかしたらそれが彼お気に入りのファッションなのかもしれない。

 そんなおおよそ研究者らしくないいでたちの彼が、この研究室の長ガルシアである。


「ガルシア」


 声をかけると、ガルシアは作業の手を止めて不動達を見た。


「やぁ、不動くん。いらっしゃい」


 儚い笑みを浮かべ、かすれた声で不動を歓迎する。


「それと……」


 ガルシアは不動の後ろにいたオルガを見ていた。


「オルガです。この度、実行要員に志願しました新人です。研修のため、フドウさんに同行するよう支部長から命令を受けて同行しています」

「ああ。そうなんだ。よろしく、オルガちゃん」

「はい。よろしくお願いします」


 お互い、柔らかな笑みを向け合って挨拶を交わす。


「何か用があると聞いた」


 そんな二人の挨拶に割って入るように、不動はガルシアに声をかける。


「ああ。ちょっと面白い効果で、実用性のある物ができたから君に使ってもらおうと思ってね」


 そう言って、ガルシアは何の変哲もない眼鏡を手にとって見せる。


「それは?」


 ガルシアは、不動に眼鏡を渡す。

 その際に触れたガルシアの手は、妙に冷たかった。


「かけて、魔力を通して欲しい。それで起動する」


 言われるまま、不動は眼鏡をかけて魔力を眼鏡へ通す。

 すると、レンズを通して目の当たりにしていた光景が瞬時に変わる。


熱感知サーモグラフィーか」

「そう」


 眼鏡を通した光景は、概ねが赤の世界だった。

 熱のある場所ほど濃い赤色をしていて、熱が低くなればなるほど色は淡くなり、次第に青く表示されるようになる。


「……赤外線方式だと思うか?」

「魔法が絡んでても、仕組みは一緒だよ。一応調べたから。なかなか有用だろう? 君なら、喜んでくれると思ったんだが、どうかな?」

「ありがたい。すぐ使う事になるかもしれないな」

「喜んでもらえてよかったよ」


 ガルシアはニコリと笑う。


「それで、頼みたい事があるんだが」


 不動はそう切り出す。


「こういう、特殊効果のある銃弾を作ってもらいたい」


 不動は言いながら、先ほど工房で受け取った特殊弾の一つを見せた。

 弾を手渡されたガルシアは銃弾を鑑定スキルで見る。


「できなくはないけれど、量産はできないよ。僕のユニークスキルは、ランダムだから」


 ガルシアはあらゆる効果を作成した物へ付与するというスキルを持つが、付与される効果はランダムである。

 信じられないほど良い効果が付与される事もあれば、信じられないほど悪い効果が付与される事もある。


 先ほどの熱感知メガネはかなり有用な物だ。

 しかも使い勝手の良さという点で、眼鏡に付与できた事は奇跡に近い。


 とりあえず物を作って効果を付与しても、用途と効果が合致しない事はざらにある。


 不動はどんな効果の物でも一度は利用法を考える。

 しかし、斬り付けた相手を猛烈な眠気が襲うゴムボールなどはさすがにどうして良いかわからなかった。

 催眠効果は有用だが、ゴムボールで斬り付ける事は難しい。

 できたとしても、そんな手間をかけるくらいなら食事に睡眠薬を盛った方が早い。


「残念ながら、この支部の開発室には複製スキルを持った召喚者がいない。量産はあきらめてもらった方がいいかな。その代わり、新しい効果の銃弾を作る事は可能だ。面白い物を作って見せるよ」


 本当に面白いだけの物ができあがる事があるので、不動は渋い表情を作った。


「使えそうな銃弾ができたら譲って欲しい。口径に関しては……スミスに訊いてもらいたい」

「わかった」


 熱感知眼鏡を受け取り、不動は開発室を出た。


「わざわざ呼び出されてまで発明品を渡してくれるなんて、開発室長に気に入られているんですね」

「かもしれないな」


 後をついてくるオルガが言い、不動はそれに答えた。


 ガルシアは本来、立場柄開発に携わらない。

 室長業務の片手間に物を作って、良い物ができればそれを活用できそうな相手へ品を渡している程度だ。

 能力のため、その品もハズレが多くなる。


 そんなガルシアの発明品を一番有用に使っているのが不動である。

 使えそうに無い物でも受け取って活用するからだ。

 そのためか、ガルシアから優先して発明品を譲渡してもらえる事が多い。


 不動が答えると、不意にオルガの表情が曇った。


「あの、不動さんは召喚者を憎んでいて、全員殺してしまう事を目標としていると聞いたのですが……。本当ですか?」

「ああ。本当だ」


 オルガの息を呑む音が聞こえた。


「スミスさんも、ガルシアさんも召喚者ですよね? いずれ、殺そうと思っているんですか?」

「……いずれは。そうなるかもしれない」

「そんな相手とどうして親しくできるんですか? 辛くないですか?」

「親しい方が好都合だからだ」


 親しくした方が便宜を図ってもらえる。

 それに、相手に付け入る隙もできやすくなる。


 能力のない不動が能力者を相手にするには、手段を選んでいられないのだ。

 相手を殺すとためならば、情すらも使って勝つ算段を立てている。


「だが今の所、優先度は低い」

「そうなんですか」


 オルガはホッとして表情を綻ばせた。

 想定より長くなったため、二回に分けました。

 後編の更新は明日か明後日の予定です。

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[良い点] ある復讐者の一日 前編  更新、嬉しく思います。フドウの未だ残る元々のまともさ、現在の精神状態の危うさが感じられる回でした。後編も愉しみです。
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