終章
闇の中。
もはや蝋燭の灯りが燃え尽き、光源はない。
暗い部屋。
そこには不動と倒れる召喚者だけがいた。
召喚者は首の骨を折られ、すでに息絶えている。
そんな召喚者を見ず、不動はぼんやりと闇を見詰めていた。
静寂と闇に満ちた部屋をノックの音が木霊する。
室内の反応を待つような間が空き……。
「不動。無事ですか?」
女性の声だった。
その声を聞き、ぼんやりとしていた不動の目に意思の光が戻った。
使用者が死ねば、解けるタイプの能力だったか……。
助かったな。
不動は床を見下ろしながら思う。
深い闇で見えないが、足元には召喚者の男が絶命している事だろう。
「カタリナ」
不動に名を呼ばれ、カタリナは扉越しにホッと息を吐いた。
「よかった」
答え、カタリナは扉を開ける。
光が、室内の闇を切り取る。
光にさらけ出された床の死体を一瞥し、カタリナは不動へ視線を向ける。
「よくここまで入って来れたな」
ここは、床に転がる召喚者の潜伏地だった。
彼は能力によって多くの召喚者を従え、この施設の守りを担わせていた。
召喚者は自衛のため、その施設の一番奥の部屋で不動への能力発動を試みていたのだ。
その警備を突破して、この世界の人間であるカタリナがここまで来られた事が不思議だったのだ。
いや、能力者が死んで他の召喚者達の呪縛が解けたという事なのだろうか?
それにしても早すぎる気はするが……。
「ジョエル様が護衛についてくださいました」
「ジョエル……」
その名を聞いて、不動はかすかに眉根を寄せた。
視線を部屋の外へ向けると、確かにジョエルの姿があった。
その背後。
この部屋へ至る通路には、多くの人間が倒れ伏していた。
「ジョエル様を止められる者なんて、この世には居ないでしょうから」
「そうだな……」
ジョエルは、暗殺ギルドで最強の能力を持つ召喚者だ。
どんな能力を持っているのか判然としないが、ただただ強い。
それは理不尽なほどだ。
そんな相手を殺す事になれば、どういう手段を使うべきなのか……。
不動はちらりと考える。
ジョエルを見ると、彼は一瞬だけ不動と目を合わせてすぐに背を向けた。
「出るぞ」
言って、ジョエルは元来た道を歩き出す。
「はい」
ジョエルへ答えるカタリナに対して、不動は黙ったままその後を追った。
外は闇に満たされている。
夜空の星も曇り空が隠していた。
不動達が出てきたのは、スラム街にある一軒家だった。
廃屋と見紛うほどのみすぼらしい家屋であるが、それは見せかけである。
この建造物の実態は、地下にある。
地下には三階に渡る階層があり、不動が殺した召喚者はそこを根城にしていた。
不動達がその一軒家から出てくると、向かいにあった路地の影から山城が姿を現した。
「無事でよかったよ。不動」
「ああ。標的も消せた」
「そう。なら、これで状況終了だね。帰ろうか」
山城は笑顔を作って返した。
仕事が終わり、その場で解散する。
尾行と目撃者を警戒し、それぞれが分かれて自身の潜伏地へ向けて帰路に着いた。
そんな中、ジョエルが不動についてくる。
二人きりで、路地を歩く。
まるで、あの日。
暗殺ギルドへ誘われた日のようだ。
そう、不動は思う。
「どうやって奴を見つけ、殺した?」
ジョエルは、不動に訊ねる。
「奴は、他の人間を操って生活に必要な全てを用意させていた。それも巧妙に、一人の行動を辿っても自分へ行き着けないよう、複雑な手法で……。存在する事はわかっていたけれど、所在はわからなかった」
一般人や召喚者が行方を晦ませるという事が、この町ではよくあった。
それは暗殺者ギルドの人間にまで及び、ギルドの人間も何人かが行方不明になった。
その行方不明になったギルドの人間を見つけて捕らえた所、何かしらの能力による洗脳状態である事がわかった。
だから、ギルドはその能力を使った召喚者を特定し、暗殺するよう依頼を発した。
その洗脳状態に対して魔法による解消が見込めなかった事から、相手が召喚者であろう事を悟った不動はこの依頼を受ける事にしたのである。
「奴は慎重で表に出てこなかった。だから、一度あえて捕まる事にしたんだ。能力を使うためには、絶対に姿を現すだろうから」
「なるほど。だが、返り討ちに合う可能性は高かっただろう」
「ああ。実際に洗脳された。だから、僕が行ったんだ」
「ん? どういう意味だ」
「僕には召喚者としての能力がない。たとえ洗脳されて敵に回っても、それほど脅威にならないから。そして、もう一つ。僕には奴を殺せるかもしれない切り札があった。その切り札が、上手くいった」
「それは?」
ジョエルは興味を覚え、訊ねる。
「何の事はない。ただの自己暗示だ。相手を操る能力者も珍しくはない。そういう奴に対抗するため、無意識下の行動時は一番近くにいる召喚者を殺すよう自分に暗示をかけている」
「そんな事で?」
「もちろん。それが機能する事は、実証済みだ。能力者の命令には抗えないが、何も命令されていない時にはしっかりと機能する。今回もそうだった」
相手の能力が意識を奪わず、行動を制限する類の物だった場合は機能しないという欠点はあるが……。
今回はうまくいった。
ちなみに相手の行動を制限する類の物である場合も、殺りようはある。
行動の制限は、精神に禁則事項を刻み込む手法である事が多く、その場合は自分の精神を騙せれば制限を意図的に外す事ができる。
かつて、不動が殺害するという意識を持たないまま、仇敵を殺した時と同じ方法である。
自己暗示、か。
不動の答えに、ジョエルは過去の出来事を思い出す。
それは親友、トーマスとのやり取り。
「最近、男の子を預かる事になってね。召喚者なんだが」
「召喚者……。大丈夫なのか?」
「そう判断したから、そばに置いているんだ。とても素直で、良い子だよ」
トーマスと共に行動するという事は、彼の愛娘もまたそばにいるという事だ。
彼は、娘を危険にさらすような事はしない。
なら、その召喚者に危険はないのだろう。
「その子がね。とても稀有な才……いや、才と呼ぶべきではないのかもしれないな。ある素養を持っている」
「それは?」
「演じる事」
トーマスは暗殺者としての顔を持っているが、同時に興行師としての顔も持っていた。
彼がその召喚者に見出した物とは、見世物に有用な才という事なのだろう。
「役に成り切る事が、あまりにも上手なんだ」
「そうか」
「役に成り切るという事が、どういう事かわかるか?」
そんなトーマスの問いをジョエルは理解しかねた。
否定の意味を込めて、首を左右に振った。
「自分が本当に、その人物であると信じる事なんだ。そしてどんな名優も、完全に自分を消す事はできない。どこか、自分が役の人物である事を信じきれず、自分が自分であるという意識を残している。しかし、彼が稀有なのは一部の隙もなく、自分を消せる事なんだよ」
「自分を消す? そんな事ができるのか?」
「稀に、そんな人間がいる。ただ……」
ジョエルが訊ねると、トーマスは苦笑して答える。
「正直に言って、これは異常だ。何の躊躇いもなく、一つの事を純粋に信じられる人間は狂っている。壊れているんだ。あれは自己暗示などという物ではなく、言わば一種の自己催眠状態。彼はそれを一瞬で強固に構築できる」
「召喚者としての能力ではないのか?」
「違う。この世界の人間でも、そういう能力の持ち主は稀にいるからな。それに自身の精神にのみ作用する能力というのはあまりにも、有用性に欠ける。神の加護という物は、もっと露骨な物だよ」
そこまで言うと、トーマスは憂いを帯びた目で虚空を眺めた。
「彼がいつ、壊れたのか……。それはわからない。戦奴としての経験か、同胞のからの裏切りか、心を通わせた傭兵団の喪失か……。この世界へ呼ばれ、経験したそれらの苦境が彼を壊したのか、それともこの世界へ来る前から、か……。とかく、彼はそんな喜ばしく思って良いべきかわからない物をその身に宿している」
そんな彼とのやり取りをジョエルは思い出した。
「ジョエルさん……」
名を呼ばれ、ジョエルは追憶から意識を戻す。
「何だ?」
「絶対的に正しいものはこの世に存在せず、その存在無き物を主張する者は愚か者だ。あなたはあの時にそんなような事を言ったな」
「ああ」
「なら、あなたは愚か者だ。あなたはその持論を絶対的に正しい物として主張している」
不動が言うと、彼は優しい笑みを作った。
「だから私は君が気に入っている。自らの愚かしさを露呈してでも、君を得られた事は僥倖だ」
ジョエルが答えると、不動は彼から視線を外した。
無言で二人は歩く。
そんな中、今度はジョエルが声をかけた。
「キャロルはどうしている?」
「表面的には元気だ」
「実際は違うと?」
「……わからない。僕には、彼女の心の中までは見えないから」
「そうだな……」
再び、沈黙が訪れる。
そして……。
「気になるなら、会いに来ればいい。きっと、彼女も喜ぶはずだ」
「……ああ。そうしよう」
短く言葉を交わした。
インタビューウィズリベンジャーはこれで終わりとなります。
不動は正義のために戦うわけでもなく、悪人だけを殺すわけでもないので、アベンジャーではありません。
このシリーズは、完結する予定のない連載を続けていく予定です。
書きたくなったらエピソードを追加していくという形で続けていきます。
すっごく遅くなると思いますが。
新キャラクターの話や今までのキャラクターの過去、いずれ不動の能力について、など明かされる日が来るかもしれません。
興味があれば、また読んでくださるとうれしいです。




