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チートスレイヤー【連載版】  作者: 8D
インタビュー・ウィズ・リベンジャー
20/35

十五話

 闇の中。

 蝋燭の灯り。

 暗い部屋。


 男は、蝋燭の灯りを手元の机へ置いた。

 蝋燭はすでに小さくなり、炎の揺らめきは低い位置にあった。

 机の上にあった一枚の書類が照らし出される。


「私の能力は、『ある程度』心理状態を把握した相手の意識を奪い、私のコントロール下に置くという物です」


 男の声が響く。


「でも、この『ある程度』、というのが厄介でね。とてもあやふやな部分でしょう? 何を以って『ある程度』に達するのか。なかなか判断の難しい所です。最初は、その条件の模索に苦心しました」


 男は笑みを含んだ声で語る。


「そして見つけたのが、この診断書です。だいたい、一枚完成するくらいに相手の事を書き連ねれば、発動する事に気付きました。これを書き終えた時、相手は私の意のまま動くようになる。言わばこの診断書は絶対遵守の契約書と言った所ですね」


 冗談めかして言い、そしてさらに男は続けた。


「ざっと判断した所で、サバイバーズギルト、メサイアコンプレックス、……自罰感情もあるでしょうか。まだいくつか複数が絡み合っているようにも思えますし、個人的には心理テストも受けてもらいたい所ですが……。まぁ、あなたの心を掌握するにはこれだけで十分。好奇心は後々晴らさせてもらいましょう」


 語りながら、男は診断書へペンを滑らせていく。

 そうして記される文字が、診断書の最後の行を埋めた。


「さぁ、これであなたも私の駒だ」




 僕が目を覚ましたのは、外からのノックが聞こえたからだ。

 それは、トーマスの部屋ではなく、控え室にある扉からだった。

 見世物ショーの時に、外へ出るために使う出入り口だ。


 隣を見ると、キャロルが眠っている。

 いや、彼女もノックの音で起きたらしい。

 目を開いた。


「僕が出るよ」

「私も行く」


 一人になるのが怖いのかもしれない。

 彼女はそう申し出た。

 僕は頷き、剣を取る。

 ノックされたドアへ向かった。


「どちらさまですか?」

「トーマスではないのか?」


 そんな問いが返された。

 低い男の声だ。


「トーマスさんの知り合いですか?」

「そうだ」


 気難しそうな声で、彼は短く答える。


「ジョエルさん?」


 キャロルが訊ね返した。


「ああ。キャロルか?」


 その名前を聞いて、キャロルがあからさまに安堵するのがわかった。

 知っている人物なのだろう。


「お父さんの友達。開けても大丈夫」

「わかった」


 僕はドアの鍵を開けた。


 ジョエルは体格の良い長身の男だった。

 全体的に筋肉質でスタイルが良い。

 丁寧に整髪されたオールバックの金髪。

 彫りの深い精悍な顔立ち。

 声の印象を裏切らない気難しそうな表情をその顔に貼り付けている。


 彼は僕を一瞥する。

 そこには敵意……警戒の色があった。


 しかし、キャロルが僕の腕にしがみついている所を見ると、その警戒が少し和らいだように思えた。


「……君は、フドウくんか?」

「え?」


 初対面の人間から名を呼ばれた事に驚く。


「トーマスから聞いている」


 トーマスはよく、興行の後に知人と会うと出かける事があった。

 もしかしたら、彼ともどこかの町で会いに行ったのかもしれない。


 その時に僕の話をしたのなら、僕の事を知っていてもおかしくはない。


「馬車を見かけたから会いに着たのだが……。トーマスは?」

「それは……」


 言い淀む僕に、ジョエルは目を細めた。


「……死んだ」


 答えると、凝り固まっていた彼の表情が初めて感情らしい動きを見せた。


 僕の腕を掴むキャロルの手にも、力が篭る。


「何だと……。何故だ……? 何故死んだ?」

「……殺された。召喚者に……」


 答えると、一瞬にしてその場の空気が変わった。

 これは……殺気?

 わからない。

 ただ、ジョエルが怒りを覚えている事はわかる。


 決してこの男は、表情の豊かな方ではないだろう。

 それがこうも表情を歪ませている。


 それだけ、トーマスの死は彼にとっても大きな事なのだろう。


 不意に、ジョエルは深く息を吐いた。


「……わかった」


 さっきの溜息は強い感情へ区切りをつけるためだったのかもしれない。

 ジョエルは落ち着いた声で答えた。


 キャロルを見て口を開く。


「彼に代わって、これからは私が面倒を見よう」

「え?」

「今はまだ、どうするのか何も考えられないだろう」


 ジョエルはキャロルの顔を凝視する。

 彼女の表情には、隠しきれない疲労がうかがえる。

 顔色は悪く、泣き腫らした目にはクマもできていた。


 一瞬、ジョエルは痛ましそうな表情を作ると、それを消した。


「もう、興行など続けられないだろうが……。この馬車もこちらで預かる。処分するにも、思い出が多すぎるはずだ。もちろん、代わりに住める場所はこちらで手配する」

「……ありがとう、ございます」


 キャロルは少しの逡巡を見せながらも答えた。

 多分、一時とは言えこの馬車から離れる事に抵抗を覚えたのだろう。


 彼の言う通り、彼女にとってこの場所は思い出が多すぎる。

 でも、大事なはずのその思い出が、心を傷つける事もあるのだ。


 今は、傷つく事の方が多いと、ジョエルはそう思ったのだろう。


 この人は本当に、キャロルの事を思いやってくれる人だ。

 彼の態度から、それを察する事ができた。


 だから安心する。

 彼女を支えてくれる人間が、僕以外にも居てくれる事に……。


「とりあえず、今日は私が滞在している場所で泊まるといい」

「はい。彼女をお願いします」


 僕は礼を言う。


「何を言うんだ。君も来なさい」

「でも、僕は……」


 元々、この一座の人間ではない。

 出て行くつもりでもあった。

 トーマスの子供でもないし、ジョエルが僕の面倒を見る必要などない。


 これから先、キャロルをそばで支えていくつもりではあるけれど、彼の世話になるわけにはいかない。


「君が彼女のためにどれだけ尽力したのか、よくわかる。気付いていないかもしれないが、君は今とても酷い有様だ。そんな君を行かせるわけにはいかない。礼をさせてくれ」


 けれど、ジョエルはそう言ってくれた。


「お願い……一緒に、居て……」


 キャロルが懇願する。

 僕の手を掴む手が、強くなる。

 絶対に手放したくない物を手にするように、強く握る。


「大丈夫。僕はキャロルのそばにいるよ」


 そうして、僕とキャロルはジョエルに面倒を見てもらう事になった。




 ジョエルと初めて出会った時、彼がどんな人間なのか僕にはわからなかった。

 ただ、友人の死に悲しさと怒りを覚え、そしてその娘を慮る心ある人物であろうという事はわかった。

 義を重んじている人間なのだろう。

 そんな人に面倒を見てもらえるのなら、もうキャロルは安心なのかもしれない。


 現に、ジョエルに引き取られた後の彼女からは、少なくとも緊張が薄れたように思える。


 それは、僕も同じかもしれない。

 思えば、一つの所で居を構えて暮らすという事は、この世界で初めての事だった。

 戦奴としての生活を除外すれば、の話だが……。


 だからか、不思議な安らぎを感じていた。


 ジョエルがキャロルのために用意した家は、住宅地にある一軒家だ。

 その住宅地は、この町における中流家庭の家が軒を連ねているような場所だ。

 家屋こそ洋風であるが、日本で言う所の下町然とした雰囲気のある所だ。

 全体的に、活気の感じられる町である。


 住民は人懐こく、新参の僕達に興味を抱いていた。

 それも好意的な物が多く、みんな親切にしてくれた。


 隣の家には中年の夫婦が住んでおり、夫人の方は僕とキャロルを見かけると声をかけてくれる。


 夫人はおしゃべりが好きらしくて、いろいろな事を話してくれる。

 だいたいが長くなるその話に少しばかり困りはするが、彼女なりに好意的な態度を示してくれている事はよくわかった。


 彼女の陽気は、キャロルにとって良い影響を与える物である事がうかがえた。

 だから、僕は夫人と積極的に交流を持つ事にしていた。


 そんな夫人との会話で、ジョエルについての話が出た。


「じゃあ、あんた達ジョエルさんの紹介でここに住み始めたのかい?」

「ご存知なんですか?」

「ああ。あの人にはよくしてもらってるからね。あの人が支えてくれるなら、安心だね」


 夫人はどこか安心した様子で言った。


「キャロルちゃん。あんた、何か酷い目にあったんだろう?」

「え? どうして……?」

「あたしだって無駄に歳食っちゃいないからね。その年月で、いろんな人と接してきたんだ。なんとなく、わかるよ」


 夫人は優しい笑みを浮かべてキャロルの頬に触れた。


「辛いだろう? でも、あんたは大丈夫だ。ジョエルさんがついてるし、良い旦那さんだっているんだから」


 そう言って、夫人は僕を見た。


「いや、僕達はそんな関係じゃ……」


 僕は否定した。


「そうなのかい? だったら、さっさと一緒になっちまいな」


 夫人は強引だ。


「きっとこの子はいい男だよ。うちの旦那に良く似てる。きっと、幸せにしてくれるよ」

「はぁ……」


 キャロルはどう答えて良いのかわからないという様子で返事にならない声を出した。

 そして、僕の方をうかがうように見た。

 僕もキャロルの方を盗み見ていたから、目が合う。


 お互いに目をそらした。


「じゃあ、おばちゃんはそろそろ家事をしなくちゃならないから行くね」


 夫人はいつも勝手だ。

 言いたい事だけ言って去っていく。


 二人残され、少し気まずく思った。


 でも……。

 良い傾向かもしれない。


 彼女が怯え以外の強い感情を見せたのは、久しぶりだ。

 彼女の傷ついた心が、少しずつ癒されているように感じられた。


 キャロルの口数は以前に比べてとても少なくなっていた。

 それでも少しずつ……。

 少しずつではあるけれど、彼女の表情からは悲しみや疲労が和らぎつつあった。

 ぎこちなくはあるが笑顔も、時には見せるようになっていた。


 ここは良い環境だ。

 ここにいれば僕などに頼る必要もなく、彼女は安息を得られるかもしれない。

 きっとその日々で、彼女の心は癒されていくだろう。

 そう、あって欲しい。


 僕はそう願っていた。


 その願いが脆くも崩れてしまったのは、それから少ししての事だ。


 二人で買い物に出た時の事だった。


 夕食の買出し。

 僕達は大通りに面した食料品店を巡る。


 今夜はシチューだった。

 それもキャロルの手作りだ。


 最近の彼女は気が滅入っていて、家事に手がつかない状態だった。

 その間、食事を作っていたのは僕だ。


 けれどその日の彼女は「今日は、私が作る」と、申し出てくれた。

 ぎこちない笑顔を向けて。


 それが回復の兆しに思えて、僕は少しだけ安心した。


 料理の材料を買って、その帰り道。


「ねぇ、フドウ」

「何?」

「私のそばに居てくれて、ありがとう……」


 不意に、キャロルは礼を言った。


「礼を言われるような事じゃない」

「でも、もうあなたは自由よ。お父さんだって……もういない……。いつだって、どこにでもいけるじゃない。それでも、私のそばに居てくれた」

「……だって、家族じゃないか」


 僕は少しだけ躊躇ためらいつつ、そう答えた。


「ありがとう……。そう言ってくれて、本当に……嬉しい……」


 そう言った彼女の目元には、涙が溜まっていた。


「お礼を言うのは、こっちだよ」


 彼女は、僕を家族にしてくれた。

 居場所をくれた。


 この世界に来て、いろいろとあった。

 その殆どは、あまりにも無常で酷い事ばかりだったけれど……。


 僕はもう一人じゃない。

 彼女がいる。


 彼女が僕を必要としてくれているように、僕にとっても彼女が必要だ。

 互いに支えあって生きていけば、こんな世界でも僕はやっていける気がする。


 そうしてこの場所で穏やかに暮らしていけるなら、それもいいのかもしれない。


 傭兵団のみんなを待たせる事は申し訳ないけれど、少なくとも今は……。


 そんな事を考えていた矢先だった。


「あ……っ……。ああっ……!」


 キャロルが奇妙な声を上げた。

 悲鳴にも似たその声に、僕は彼女を見る。


 すると、彼女は今まで見た事のない怯えた表情で、大通りのある一点を凝視していた。


 目が大きく見開かれ、その体は小刻みに震えていた。

 おびただしい発汗があって、肌がびっしょりと濡れていた。


 何が、彼女をここまで怯えさせるのか……。


 僕はそれを探し、彼女の視線を追う。


「あ……」


 僕の口からも、声が漏れる。

 理解した。

 彼女の恐れる物。

 そして、その理由を……。


 大通りを行く人の流れ。

 その中に、トーマスの姿があった。


 しかしそれがトーマスであるわけがない。

 トーマスは死んだ。

 その姿を奪われて……。


 だから、今その姿で通りを歩くそれは、トーマスではなく……。


 トーマスを殺した召喚者。


 あいつ、この町にいたのか……!


 確かに、あそこから一番近い町がここだ。

 だから、奴がここへ来ていたとしてもおかしくないのか……。


 不意に、召喚者が視線を巡らせようとする。


「ひっ……」


 キャロルは怯えた声を上げ、大通りから路地裏へと逃げ込んだ。

 僕もそれを追う。


 キャロルは薄暗い路地裏に入り込むと、そこで座り込んだ。

 頭を抱え、身を小さくする。

 まるで存在その物を消して、何かから身を隠そうとするように……。


「キャロル……」


 声をかけると、ビクリと震える。

 その肩に手をかけた。

 震えている。


「大丈夫……。僕がいるから……」


 欺瞞だ。

 そう思う。

 僕ではきっと、あの召喚者に勝てないだろう。


 それでも、彼女を安心させるにはそう言うしかなかった。


「……ええ」


 しかし言葉とは裏腹に、彼女の小刻みな震えは治まる様子がない。

 彼女は怯え続けていた。


 無理もない事だ。

 あいつの姿を見たのだから。


 あの時の恐怖が、蘇ったのだろう。


 ……そう恐怖だ。

 あの姿は、本来なら彼女にとって親愛なる父親の物。

 恐怖なんて覚えるものじゃない。


 でも今の彼女にとって、あの姿は恐怖の対象になってしまっている。


「立てる?」


 彼女は答えず、自力で足に力を入れようとする。

 でも、思うように立つ事ができなかった。


 僕は彼女に肩を貸して、立ち上がらせる。


「帰ろう。家に帰れば、安全だ」

「ええ、そうね……」


 僕は怯え続ける彼女を支えて、家路に着いた。


 震えは止まらない。

 彼女は怯え続けている。

 それは僕が支えていても、変わらない事だった。


 僕では彼女の安らぎにはなれない。

 安心させる事ができないのだろう。


 それでも僕には、こうして彼女の体を支える事しかできなかった。


 家に着くと、キャロルをベッドに導いた。

 彼女はベッドの上で毛布に包まり、身を縮こまらせる。


 彼女は、僕に手を握っていてほしいと言った。

 それに応じて、手を握る。


 震える手……。

 でも、とても強い力で握られる手。

 その震えが収まった時、彼女は眠りに就いていた。


 そんな彼女を眺めながら、僕は考える。

 この理不尽について……。


 どうして、隠れなくちゃならない……?

 どうして、隠れなくちゃならないんだ!


 悪い事をしたのはあいつの方なのに、どうして何も悪くないキャロルがこそこそと身を隠して逃げ回らなくちゃならないんだ!


 あの男は彼女の心を蝕み続けている。


 今の彼女にとって父親の姿は、恐怖の対象になっている。

 あの男は、彼女から父親との思い出すら奪おうとしているのだ。


 安らぎをもたらすはずの思い出を恐怖で塗りつぶそうとしている。


 彼女の思い出は、今もけがされ続けているのだ。


 何故、彼女がそんな思いをしなくちゃならない?

 そんな物は、彼女が負うべきものではないはずだ。


 その理不尽さに、僕は憤りを感じた。

 強く……強く……今までに覚えた事のないような憤りを……。


 何でこんなに理不尽な事がまかり通るんだ!?


 召喚者はみんなそうだ!

 まるで人を人とは思っていないように、この世界の人間を虐げる。


 マーサ、ジェシカ、傭兵団の仲間達。

 それにトーマス……。

 みんな、召喚者に殺された。


 能力を持つ事がそんなに偉い事なのか?

 いや、そんな事は断じてありえない。

 そう言い切る事ができる。


 なのに……。


 人間を何だと思っている!?


 それはあいつが強いからか?

 僕とキャロルが弱いからか?

 だから、キャロルはこのままずっと怯えながら生きなければならないのか……。


 そんなのは間違っている!


 憤りはさらに強くなっていった。


 そして……決意した。


 あいつが居る限り、キャロルが怯え続けなければならないというのなら……。

 あいつが生きている限り、キャロルの思い出を汚され続けるというのなら……。


 キャロルが、穏やかに暮らせるように、僕があいつをこの世界から排除してやる!


 殺してやる……!

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